その喫茶店員、万屋につき

碧居満月

第一話 不思議な眼鏡

 通りすがりに見つけて立ち寄った雑貨店にて。黄土色のショートヘアにまつげが長く、美しい紫色の目をしたひとは、吸い寄せられるようにショーケースの中に飾られている、ある物を見詰めていた。それは、何とも色鮮やかで、爽やかな赤いフレームの眼鏡だった。普段からそれをかけることはない理人だが、この時ばかりは何故か、妙に惹かれていた。



 季節は春。麗らかな陽光が降り注ぐ最中、枝を大きく伸ばし、満開の花を咲かせた桜の木の下に、喫茶グレーテルはあった。

 昭和のレトロな雰囲気漂う喫茶店内にて、二人の青年がカウンター席に着いている。喫茶店のロゴが入った赤いエプロン、アイボリーのワイシャツと黒パンツの制服を、大人らしくもかっこよく着こなす彼ら以外、利用客はいない。表のガラス戸には『営業中』のプレートが掛かっていた。日曜の昼下がり、さっきまで忙しかった喫茶店は今、暇な時を迎えている。

「……と言うことで、お言葉に甘えて、店主のご老人から無料で譲り受けて来たのだけど……ご老人の言う通り、不思議な力が宿っている。そんな気配が、この眼鏡から漂っているからね」

 そう、理人は深刻そうに口を開く。カウンターテーブルの上に置いた眼鏡を見詰めるその隣には、ショートカットの黒髪の青年、あやゆうが座り、真剣な面持ちで眼鏡に目を落としている。

「それも、決して負の象徴ではなく、持ち主を危険から守ってくれる優れもの……なんだろう? もし、その人の言う通りなら、何もそんなに深く考え込む必要はないんじゃ……」

「そうだね。けれど……それとは別に、何か問題があるような気がしてならないのだよ」

「それって……」

 腕組みしながら眼鏡を熟視する二人。その間から顔を出した女子高校生のながはまさとが不意に口を開く。

「持ち主を守ってくれる、不思議な力の他にも、何かがあるかもしれないってことですよね。たとえば……どっかの大魔法使いが悪い魔法使いに呪いを掛けられて、眼鏡の姿に変えられてしまったとか」

「いや、流石にそれはないでしょう」

 ファンタスティックな美里の仮説に、苦笑した悠斗がそう、あり得ないと言いたげに否定する。と、その時。

「いらっしゃいませ」

 ガラス戸に吊してあるベルの音で客が来店したことに気付き、一旦作業を中断した喫茶店のオーナー、ふじみねとうろうさんが、カウンター越しからにこやかに挨拶をする。

「失礼……こちらに、VILLAINBUSTERSヴィランバスターズと言う名の、万屋よろずやがいると聞いて来たのだが……」

 清潔感のある焦げ茶色の髪に、ベージュのトレンチコートを着た男性客。見ため、二十代から三十代前半だろうか。精悍せいかんな顔つきの見慣れぬ男性客に警戒心を抱いた理人と悠斗、顔を見合わせ、意を決したように頷く。

「俺達がそうですけど……あなたは?」

 そう、悠斗が冷静沈着に尋ねる。依然として、精悍な表情をしている男性客が静かに返答。

「私の名は、ウリエル。アメリカ軍に属する者だ。日本政府の協力の下、極秘で行方不明者を捜している。我々だけでは力不足で捜索が難航しているのだ。故に、君達の力を借りたい」

「……ってことだけど、どうする?」

 徐にカウンター席へと歩み寄った軍人、ウリエルの頼み事。それを聞いた悠斗が真顔で理人にお伺いを立てる。

「軍人と言えど、依頼を断る理由が、現時点ではどこにもない。だから……引き受けるよ」

 腕組みしながら考え込んでいた理人は、しょうがないと言いたげな表情をするとそう返事をしたのだった。


 ***


 喫茶店員でもある理人さんと悠斗さんがバディを組む万屋、VILLAINBUSTERSヴィランバスターズにはさまざまな依頼が舞い込んで来る。仲の良いカップルや夫婦の浮気調査、紛失物、人に飼われている犬や猫など『家族』の捜索などなど。依頼人の殆どは現世の人間に扮し、その世界の中に隠れ住む『人ならざる者』である。

「もしも、ついさっき店を訪れたウリエルさんがそうだとしたら……それはそれはかっこ良くて、素敵な天使なんだろうなぁ」

 うっとりと心の声を洩らす美里の隣に立ちながら、黙々とグラスを拭いている燈志郎さんが『また始まった』と言うような顔つきをした。

 もっか、燈志郎さんと一緒にキッチンで作業をしながら店番をするアルバイト店員の美里は、天使、悪魔、魔法使いなどが登場するファンタジー小説を愛読している。なので、VILLAINBUSTERSヴィランバスターズの依頼人をファンタジー小説にリンクして妄想をしてしまうと言う、何とも困った癖があった。

「それもただの天使じゃなくて、位の高い四大天使のうちの一人で……天界の安全と秩序を護る神軍の総大将……素敵! 私が天使だったなら、間違いなく尊敬するわ!」

 頭上に輝く金色の光輪、背中にある純白の翼に加え、白シャツの襟元にきっちりと結わかれた青色のネクタイ、両肩に金色の飾り房付の留具があるコートを羽織った軍服姿のウリエルさんを想像する美里が尊敬の眼差しで、両手に持った泡だらけの食器を見詰める。隣で聞かされている身として、大人らしく耐えながらも燈志郎さんがすかさず、

「彼は神軍に属する大天使じゃない。単なるアメリカ軍の軍人だ。美里、妄想もいいが大概に……」と、真顔で注意するも、美里の妄想は止まらない。

「最初は上司と部下の関係だったのが、些細なことがきっかけでお互いを異性として意識し始めて……運命の女神に導かれ、かれ合った二人はいつしか恋に落ちて行く……」

「お嬢さぁーん……帰っておいでぇ~……」

「そんな大人の恋愛もす・て・き」

「……とりあえず、洗い物はその辺にしておいて、次の作業に取り掛かろうか」

 ウリエルさんへの妄想を爆発させて頬を赤らめながらも、語尾にハートマークを付けて言葉を締め括った美里、平静を装い、燈志郎さんが次の作業へ取り掛かるよう指示を出す。

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