第14話 騎士の誓い


 夜のお相手――。

 そのあまりにも直接的な物言いに、俺は思わず言葉を失ってしまう。


 タバサさんにとっては、男騎士というのは金さえ積めばなんでもやる人間という認識なのだろうか。

 それとも、これまでもそうやってお金で男をいいなりにしてきたのだろうか。


 なんにせよ、俺は金が欲しくて男騎士をやっているのではない。


 もちろんマイホームのためにはお金が必要だ。しかし俺には騎士としての誇りがある。それに、俺の童貞は運命の人に捧げると決めているのだ。


 それを男娼のような扱いをされては、さすがに気分が悪い。


 ……が、俺は沈黙を守る。

 言い返したくなるが、ここで怒りのままに言い返してしまってはルナさんの顔に泥を塗ることになりかねない。


 ルナさんとタバサさんの力関係も分からないし、なにより俺は庶民なのだ。男騎士という立場にあるだけの、ただの男に過ぎない。


「クロノ様、黙ってしまってどうされたのです? まだ足りませんか? 男騎士というのはなかなか強欲なのですね」


 扇子を口元に当てながら俺に近いてきたタバサさんが、その扇子を俺の顎に当てて、クイっと上を向かせる。

 華やかなドレスからは白い肌が覗いているが、まるで心は動かされなかった。


「ふふ。良いですわね、その反抗的な目……。屈服させたくなりますわ……」


 ニヤリと微笑んだタバサさんの目に、怪しい光が灯る。妖艶で、昏い欲望の色。

 

 こんな目をする人間に、俺は何度もあったことがある。そしてそのほとんどの人間は、俺をただのトロフィーとして扱うだけだった。


 隣に立つルナさんは唇を噛み締め、手をぎゅっと握り黙っていた。


 だがタバサさんの手が俺の顔に伸びてこようとしたとき、彼女はその手を掴み口を開く。


「……タバサさま。そこまでにしてください。さすがの私でも、そのような失礼な振る舞いは見逃せません」


 怒りを押し殺した声。

 その声色には恐怖も含まれているのかもしれない。

 視界の端に映る彼女の膝は、細かく震えていた。

 

「あらごめんなさい。てっきりあなたもお金で言うことを聞かせているものかと」


 全く悪びれた様子もなく、タバサさんはそう言い放ち、ルナさんに掴まれた手をパッと振り解いて、俺の耳元に口を近づけこう囁く。

 

「……もしその気になったら、いつでも私の部屋にいらっしゃいな。可愛がってさしあげます」


 俺はその言葉に無言で答え、それを見たタバサさんは面白くなさそうに鼻を鳴らして立ち去った。

 その場に、彼女の甘い匂いだけが残される。


「……申し訳ございません、クロノさま……」


 彼女の背中が人混みに消えてから、ルナさんが俯きながら俺に謝罪する。


「謝らないでください。ルナさんは悪くないです。……それに、ああいうことを言われるのには慣れてますので」


 俺は気丈に振る舞う。ルナさんが悪いわけではないし、あまり思い詰めて欲しくない。実際、ああいう目で見られるのにも慣れている。


 それこそ、男騎士になる前はもっと酷かった。対等に扱われることはほとんどなかったし、もっと直接的な言葉を言われたことも一度や二度ではない。


 しかし、俺の言葉を聞いてもルナさんの表情は晴れない。責任を感じているのだろう。


(このままでは良くないな。落ち着ける場所に行かないと……)

 

 俺は黙ってルナさんの手を引き、ゆっくりと歩き出す。

 そのまま人混みを抜け、大きく開け放たれたドアを抜け、ベランダに出る。


 優しい夜風が頬を撫でる。

 改めてルナさんの顔を見ると、その目元にはうっすらと光るものがあった。

 俺はそれを優しくハンカチで拭き取り、微笑みかける。


「……大丈夫ですから、ね?」

「うん……」


 頭を優しく撫でると、やっと落ち着いたのか、ルナさんは前を向く。


「……ありがとうございます、クロノさま。もう、大丈夫です」


 ルナさんは15歳とまだ若い。

 そんな彼女が、貴族である重圧を背負って、危険な旅をしてここまでやってきたのだ。それが、どれだけ大変なことか。

 

「ルナさんは笑顔の方が似合いますよ」

「……ふふ、ありがとうございます。クロノさまにそう言っていただけると、なんだか心の奥がポカポカします」

「さ、行きましょう。そろそろルナさんのですから」


 今回の舞踏会、ルナさんは大きな役目を背負っている。

 

 それは、ミスティライト家当主であるサニィさんとルナさんが共同で作り上げた魔道具の発表だ。


 ――【遠距離通信魔具】。

 遠くの人間と会話ができるという画期的な発明だ。

 前世でいうところのスマホのようなアイテム。

 まさに、世界に革命を起こすほどの大プロジェクトと言える。


 ルナさんは、そんな偉業を成し遂げた、まさに天才。この業績は、ミスティライト家をさらに飛躍させることだろう。


「そ、そうでしたわね……。お化粧は大丈夫かしら……」


 そう言って、鏡を取り出して髪を整えるルナさん。

 大きく崩れてはいないが、目元が少し赤くなっている。

 

「ルナさま、こちらへどうぞ」


 するとどこからともなくナナルさんが現れ、ルナさんの手を取る。

 

「な、ナナル!? いつからそこにいたんですのっ!?」

「ルナ様とクロノ様が良い感じになっていたところからですかね」

「そ、それは最初からと言うのですよ……まったくもう……恥ずかしいです」


 ルナさんは恥ずかしそうにしているが、その顔を見るにナナルさんのおかげで緊張は解れたように見える。


 ……良かった、さっきまでのルナさんは重圧に押し潰されそうになっていたからな。さすがナナルさん。


「それでは行って参りますね、クロノさま。……よく見ておいてくださると、嬉しいです」

「それはもちろん、特等席で見させて頂きますよ。もし怖くなったら、私の方を見て下さい」

「……ありがとうございます、クロノさま」


 そう言って、ルナさんとナナルさんはベランダから出ていく。

 その二人の後ろ姿を見て、俺は誓った。


 ――もう二度と、二人を悲しませないと。

 


──

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貞操逆転世界で成り上がってしまった蒼一点の男騎士 モツゴロウ @motugorou

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