第13話 タバサ・ユークリス
翌日。
馬車から降りた俺たちを待ち受けていたのは、目が眩むほどの大豪邸だった。
ここは今回行われる舞踏会の会場。
そしてアーカニアを治めるユークリス公爵の屋敷でもある。
ルナさんの屋敷もめちゃくちゃでかかったが、この屋敷も負けず劣らず大豪邸だ。
「それではルナさん、参りましょうか」
隣に立つルナさんに手を差し出す。
今回の舞踏会は、俺がルナさんをエスコートする。
護衛として近くにいた方がいいのはもちろん、それはルナさんからのお願いでもあった。
俺としては頼まれずともそのつもりだったし、もちろん快諾した。そのときのルナさんはとても嬉しそうにしていて、こっちまで嬉しくなってしまった。
「……はい。行きましょう」
差し出された俺の手を、赤を基調としたドレスに身を包んだルナさんが取る。
――昨夜、風呂でのぼせた俺だったが、気がついたらなぜか部屋のベッドで眠っていた。
しかも、着ていたはずの湯浴み着からいつのまにか寝巻きに着替え終わっていた。ナナルさんが着替えさせてくれたのだろうか。
「……なんでしょう、クロノさま」
「いえ……なんでもありません」
少し後ろに控えているナナルさんを振り返ってみても、彼女はいつもと変わらない仏頂面だった。もし介抱してくれたならお礼の一つでも言いたいが、聞けるような雰囲気ではない。諦めて俺は前を向く。
舞踏会は年に一度、ここアーカニアで行われる伝統行事だ。
最大規模の社交パーティとして、貴族たちの交流を図ったり、結束を固めるために行われるこの舞踏会には、各地からたくさんの貴族が集まっている。
俺はルナさんをエスコートしながら受付を済ませ、会場に入る。
――そこはまさに別世界だった。
大きなシャンデリアに、埃一つないカーペット。
たくさんの料理が置かれた机が並べられ、ドレスを着飾った女性たちがグラスを片手に談笑している。
その豪華なパーティ会場を、ルナさんの手を引きながら進んでいると、談笑していた人たちが俺たちの方を向く。
「ねぇ、あれ」「ルナ様だわ」「ねぇ、隣の男性ってまさか……」「男騎士のクロノさま……!?」「じ、実在したのね……!」
俺たちの存在に、会場がざわつく。
この国の大貴族であるルナさん、そして唯一の男騎士である俺が一緒にいるんだ。注目されるのも無理はない。
ルナさんはその視線に怯まず、まっすぐに前を見つめ、人の波を割るように進んでいく。
さすがはミスティライト家のご令嬢、といったところか。背筋をピンと伸ばし優雅に歩く姿を見て、俺の気も引き締まる。
「あら、ミスティライト家のルナさんではありませんか」
広い会場の中ほどまで進んだとき、一人の女性がこちらにツカツカとやってくる。
黄色いドレスに、緩やかなウェーブのかかった茶髪。
間違いなく美人ではあるが、どこか近寄りがたい印象を抱かせる。
「……タバサ様。ご無沙汰しております」
「あら、そちらの方は?」
タバサと呼ばれた女性は、綺麗なカーテシーをして挨拶をしたルナさんを軽くスルーして俺の方に目を向ける。
「初めまして、男騎士のクロノです。以後、お見知りおきを」
少し失礼なタバサさんに内心ムッとしつつ、あくまで笑顔でそう返す。
「ふぅん……? あなたが
俺の名前を聞いたタバサさんは、俺を吟味するように足元から頭のてっぺんまで眺める。
その不躾な視線に面食らいつつも、俺は笑顔を崩さない。
「今回、クロノさまにアーカニアまでの旅路の護衛を依頼したのです。今は【月蝕の魔醒】ですので」
「あらそうなの。……私もいつか男騎士を侍らせて歩いてみたいですわね」
少し馬鹿にしたようなその言葉に、隣に立つルナさんがぴくっと肩を揺らす。笑顔は保っているが、ピクピクとこめかみが震えている。
「申し遅れましたわ。……私、タバサ・ユークリスと申します。よろしくお願いいたしますわ、クロノ様」
「え、ええ……よろしくお願いします」
そんなルナさんに気づいていないタバサさんは、優雅に、そして華やかにお辞儀をする。
どうやら彼女はユークリス家のご令嬢らしい。
「……ねぇクロノ様? もしよければ私と踊っていただけませんこと?」
「申し訳ございません。私はルナさんのエスコート役を仰せつかっておりますので」
タバサさんの突然の申し出。
俺は冷静に、そして丁重にお断りする。さすがにそんなことは出来るはずもない。
「ふぅん……そうですか」
俺の返事を聞いたタバサさんは不機嫌そうに鼻をフンっと鳴らし、持っていた扇子を俺の方へ向け、そして――。
「……ならいくら出せばいいんですの? 500万? 1000万?」
「はい……?」
「いくら出せば、私と踊ってくださるのかと訊いているのです。男騎士というのは、お金さえ積まれればなんでもするのでしょう? ――それこそ、夜のお相手なんかも」
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