第12話 敗北
湯船に近づいてきたルナさんとナナルさんは、なぜか湯浴み着を着ていなかった。
湯気でハッキリとは見えない。
だが確実に、そこには裸の二人がいた。
「どうして裸なのかといわれましても……。湯浴み着は
……衝撃の事実。
たしかに言われてみれば、貞操が逆転しているこの世界なら、そうなのかもしれない。
前世でいうと、女性用の湯浴み着しかないということか。……いや待て、それはそれでおかしい。
しかし事実としてそうなっているのなら、受け入れるしかない。
そうしている間にも二人は湯船に近づいてきて、仲良く掛け湯をしているではないか。
チラチラとそちらを伺うが、やっぱり二人とも何も着ていない。
そのことをなるべく意識しないよう俺は目を閉じて、宇宙の真理や人間の罪深さについて思考を巡らせる。
――瞑想。
欲を振り払い、俺は覚醒する。
「し、失礼しますっ」
「いい湯ですね、ルナさま」
目を開けると、まさに二人が湯船に浸かっているところだった。
完全に身体がお湯に沈み、白く濁るお湯のおかげで見えなくなる。
……勝った。俺は自分に勝ったぞ。
そう思ったの束の間。二人がすっと近づいてきて、その姿がハッキリと見えてくる。
「クロノさま。いい湯ですね」
「は、はい」
「……どうしたのです? 目を逸らして」
ルナさんが俺の顔を覗き込んでくる。
ザバっと波音がたち、ルナさんの上半身がお湯から出てしまう。
一瞬、視界の隅に映った彼女の肢体。
きめ細やかな真っ白な肌に、控えめな胸。
はっきりとは見えなかったが、今そっちを向いたら確実に見えてしまう。
俺は理性をフル動員し、彼女から目を逸らし続ける。
こういうとき、どうすればいいんだろう。
この世界の女性は、男性に対しての羞恥心があまりない。
前世では男が上裸でも恥ずかしくなかったように、こちらの世界では女が上裸でも気にしないものなのだ。
だからルナさんのこの行動は、彼女の羞恥心がないからというわけではない。
とはいえ、俺は前世の価値観で生きている。
女性の裸は見たこともない。
だが俺は決めているのだ。
初めて見る裸は、結婚相手のものだと。
「クロノさま、こちらを向いてください」
ナナルさんが言うが、そんなことできるわけもない。
振り向いたら、ルナさんとナナルさんの裸が目に入るだろう。
……まずい。そのことを考えると、頭に血が上りぼんやりしてきた。
このままではのぼせてしまいそうだ。
「俺、もう上がりますね!」
立ち上がり、俺は風呂を出ることを選んだ。
純潔の男騎士として、ここで倒れるわけにはいかない。
――俺は、負けない。
「……あ」
ザバっと勢いよく立ち上がったとき、強烈な立ちくらみが俺を襲う。
どうやらとっくに限界だったようだ。
――俺の記憶は、そこで途切れている。
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