沸騰する祭×去らない熱

新巻へもん

男ってやつは

「撃て!」

 俺の号令で配下の3分の1が火蓋を切る。

 周囲を圧する射撃音が響いた。

 小銃から発射された弾がうなりを上げて飛び、斜面を登ってきていた寄せ手を吹き飛ばす。

 ざっと見たところ寄せ手の70名ぐらいが倒れていた。

 騎乗していた指揮官はもちろん首から上が消し飛んでいる。

 分厚い金属製の胸当てをつけた兵士も地を朱に染めながらぴくぴくと体をけいれんさせていた。

 無事なリッカ帝国兵も先ほどまでの勢いはなく顔に驚愕を張り付けている。


 まあ、連中にしてみれば国境を固めるはずのシャガール城に1兵もおらず不戦勝だったのだから無理もない。

 王都ミレースに全兵力を集めて最後の防戦をすると判断していたのだろう。

 ミレースに通ずる街道を見下ろすこの名前もついていない砦を一応接収するつもりでやってきた分隊を俺たちが鉛玉で歓迎してやったというわけだった。


 第1射手が下がり、後ろに控えていた第2射手が銃眼に小銃を固定する。

「雑兵は相手にするな。良く狙えよ。撃てっ!」

 再び轟音が響いてリッカ帝国兵がバタバタと倒れた。

「突撃!」

 腹の底から叫び声を上げて駆け出す。

 最初から開けておいた砦の門から200の兵が一斉に外へと飛び出した。


 坂道を駆け下りながら俺は長剣を引き抜く。

「うおおおっ」

 叫び声を上げてまだ踏みとどまっていたリッカ帝国兵に斬りかかった。

 一斉射撃で先鋒をしたたかに叩かれたため、敵さんは隊形の再編すらできていない。

 そこに遮二無二突っ込んで斬りまくる。

 この瞬間、この小競り合いの勝ちを確信していた。


 半ば放棄された砦を接収するつもりだったリッカ帝国兵たちはまさかこんなに頑強な抵抗を受けるとは思っていなかったのだろう。

 あっという間に制圧できた。

 ほとんど鎧も着ていない散兵は逃げ足も速く取り逃がしたがそれ以外は全て補足する。


 帳を降ろした馬車からだらしのない格好で出てきた帝国兵の親玉が虚勢を張った。

「痩せ狼が帝国に歯向かおうと言うのか?」

 俺は無言で叩き斬った。

 くそ。無腰の相手を斬らせやがって。

 傍らの優男に顎をしゃくる。

「後は頼む」

「へいへい」

 優男は馬車の中に入っていった。

 中にいる人間をなぐさめ励ますにはあいつの方がいい。


 砦で宴会するつもりだったのか置き去りにされた荷車には付近から徴発した食料が山と積まれていた。

 血潮と煙、食べ物の匂いがまじりあって鼻をうつ。

 三人一組で敗残兵を狩っていた部下が戻ってきた。

 黄昏時にも鮮やかなド派手な衣装をまとった男たち。

 軽傷者はいるようだが、こちらに死人は出なかったようだ。


 やけくそとないまぜになった高揚感が身を包む。

 勝ち戦はいい。どんなクソみたいな戦いでも負けるよりははるかにマシだ。

 負け戦で逃走に失敗すれば死ぬ。

 雇い主の盾となって死ぬなんて殊勝さは持ち合わせていない傭兵だが、料金分は働かなくてはならない。

 何と言っても評判が大切な商売なのだ。傭兵稼業も楽じゃねえ。

 そして、俺たちの今回の仕事はリッカ帝国兵1万2千を迎え撃つことだった。

  

「隊長。掃除は完了しましたぜ」

「よくやった。砦の両側に二隊ずつ見張りをたてろ。一隊は後方に隠しておいた馬の回収に向かえ。残りは交替で食事と仮眠を」

「相変わらず人使いが荒いぜ、俺らの隊長さんはよお」

「こりゃ特別手当貰わなきゃな」

 部下たちは軽口を叩きながら飯の支度を始める。

 副長のダナンが寄ってきた。


「近隣の村からさらわれてきて荷役に使われていた者が数人亡くなっていました。埋葬はどうしますか?」

「そのままにしろ」

「しかし……」

「時間が無い。死んだ者は生き返らねえ。だが、俺たちがここを守り切れなければ、もっと多くの人間が死ぬ」

「……了解しました」


 俺は頭の中で地図を思い描く。この砦から要衝のシャガール城までは通常の行軍速度三日の距離だ。

 シャガール城を放棄した部隊が砦を去ったのが二日前。

 セレスティア王国はシャガール城に詰めていた1千で1万2千の帝国兵を相手にできないと判断している。

 王都ミレースで敵を迎え撃つつもりだった。

 ミレースの城は湖畔に立ち美しいが防御に不向きだ。

 1千の兵を加えてもいずれは当然陥落する。

 後は目をそむけたくなるような地獄の饗宴が繰り広げられることになることが想像できた。

 帝国兵の指揮官ダルゼーは野獣のような男だ。麾下の兵もクズぞろい。容赦なく奪い、犯し、殺すだろう。

 戦いの度に見られる光景といえばそれまでだ。


 ただ、進攻してきているリッカ帝国もあと半月もすればイリヤート帝国から攻撃されるはずだ。

 二強国は慢性的に戦いを繰り返している。そんな中で守備をがら空きにして小国のセレスティア王国に攻め込むなんて狂気の沙汰だ。

 まあ、ダルゼーは何も考えていないに違いない。自らの欲望に忠実なだけだ。

 いずれにせよ、半月持たせればダルゼーは引き上げていく。

 引き上げざるを得ない。

 それまで遅滞戦術で1万2千名を引きつけておく。

 それが俺たちカブール隊が請け負った任務だった。


 勝ち戦の高揚の中で砦の中は年に1度の感謝祭りのような熱気を帯びている。

 敵の荷車から奪った食料を惜しげもなく使った料理が振る舞われていた。

 酒を飲むことは厳禁していたが、雰囲気に酔ったのか、いつもの裸踊りを始める奴がいる。

 優男がリュートをかき鳴らし、過去の傭兵たちの功績を歌った。

「いざ勧め。勇敢なる男たち」

 他の男たちは手にした金属製の串を打ち鳴らし、足踏みをする。

 1日の距離のところに1万を超える敵がいるとは思えない光景だった。


 先遣隊を粉砕した翌日にはリッカ帝国の本隊が姿を見せる。

 さすがに隊列を組んでいた。

 大兵力に驕って規律が乱れてくれていて欲しいが、500ほどを潰されたとあって気を引き締めたらしい。

 まあ、これで昨夜のうちに落ちのびさせた者は追いつかれずに済むかもしれない。


 1万を超える部隊は敵ながら壮観だった。

 傭兵生活が長い俺でもこれだけの数の兵士を見るのは初めてである。

 今までの経験ではせいぜいが3千程度同士がぶつかることが多い。

 ほんの少し前までは小国が乱立して集合離散を繰り返している時代だった。

 傭兵稼業にとってみれば最高の状況である。


 俺たちカブール隊は全員揃うと300をちょっと超える程度の人数だった。

 1国の兵に比べると人数はそれほど多くないが、最新兵器である火縄銃を使いこなしている。

 一度に200丁を運用できるというのは大きなアドバンテージだった。

 しかも、俺たちの使っている銃の方が口径も大きく練度も高い。

 一斉射撃を加える様は戦場に雷が落ちたようだと敵から畏怖された。


 ただ最近はリッカ帝国やイリヤート帝国が周辺国を併呑して版図を広げている。

 一度に繰り出される兵士の数がけた違いになるようになっていた。

 こうなると俺たちの存在価値は相対的に下がることになる。

 大国は俺たちなぞ必要としていないという態度を取るし、小国は度重なる戦いに疲弊して傭兵を雇う金がない。

 

 そのためにいくつもの傭兵団が解散した。

 すっぱりと仕事をやめて郷里に帰る者もいたし、どこかの国の兵士になる者もいる。

 そんな中で俺たちは今や最大の規模の傭兵団となっていた。

 今さら正業に就くこともできないし、大国と事を構えすぎていて行き場がない連中ばかりで構成されている。


 戦略的にはもうそれほど影響力を有していないが、俺たちは戦術的な価値はまだまだ有していた。

 時と状況さえ許せば昨日のように倍の敵を一方的に粉砕することもできる。

 リッカ帝国の矢面に立つことになったセレスティア王国がちょうど近くにいた俺たちを頼ったのは当然とも言えた。

 俺は十数日前のことを思い出す。


 ***


 宿営地を僅かな供回りを連れて密かに訪れたセレスティア王国のお姫さんは俺たちを雇いたいと言った。

 ただ、昨今の例にもれず王国には俺たちを雇うのに十分な金がない。

 するとナディール姫は驚くべき提案をする。

「では、不足分は私を自由にしてよいということでどうでしょう?」

 戦場で顔色を変えたことのない豪胆なダナンが目を見開いて絶句した。

 ナディール姫は澄ました顔をしていたがその手はわずかに震えている。


「えーと。意味は分かって言っているんですよね?」

「はい」

 俺の問いかけに言葉短かに答えた。

「戯れに言っていいことではないですよ」

「いえ。本気で言っています。恐らく敵の将軍はダルゼーです。リッカ帝国により王都ミレースが陥落すれば同じことになるでしょう」


「そりゃまあ、そうだろうが……。おひいさん1人で背負うこともないんじゃないかと思うがね」

「いくら危機に瀕しているからといって国民にこんなことを命じるわけにもいかないでしょう?」

「そりゃそうだ」

 気圧されぎみになる俺にナディール姫は確認をする。

「それで、この条件で受けてくださる?」


 ***


 俺は胸の内ポケットに入っている契約書の存在を服の上から確かめた。

 契約書を取り交わした相手の容姿を思い浮かべる。

 お姫さんという身分だけでも興奮ものなのに、色白の美しい容姿をしていた。

 約束の中身を公表したときに傭兵団が熱狂に包まれたのも無理はない。

 残念ながら敵が迫っていたので、お姫さんの義務の履行は俺たちがセレスティア王国を守り切ってからということにした。


 まあ、ご褒美にあずかれる者はそんなに多くはないだろう。

 初戦は勝ちを収めることができたが、まだ敵は1万以上も残っている。

 全軍で攻めかかってこられれば生き延びるのは難しい。

 その一方で俺たちを無視してミレースの都を目指されてしまうと、生き延びることはできてもナディール姫が無事では済まないだろう。


 慣れない土地で野戦をするつもりはないのかリッカ帝国軍は街道沿いに宿営地を築き始めた。

 とりあえず、これで半日を稼ぐことができる。

 ドンパチする楽しいお祭りは明日以降ということになった。

 砦の中は相変わらずの熱気に満ちている。

 そこかしこで戦友同士で次にお姫さんに会ったときのことを想像して卑猥な話をしていることだろう。

 結構なことだ。

 この熱意がある限り我が傭兵隊は最後の1人まで戦うことになる。

 勝敗は別にして、そのことだけは確信していた。


-完-

 

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