11
私は翌日、朝一番に学校に白状した。
エリミネートダウンを盗んで、なんの関係もない里内部長に罪を着せたこと。昨日の夜は、ゲームショップのガラスケースを叩き割って、ギミックを盗んだこと。
私は、あまりの事すぎたのか、逆にそこまで叱られる事もなく、梅津も淡々と弁償の金額を提示して、それで手打ちにすると言った。親に連絡も行った。母親は泣き崩れ、祖母は卒倒した。
学校側は、私に長期間の停学を言い渡したが、私は拒否した。
こんな話はすぐに出回る。停学したって、私を見る目はもう終わっている。いや、あの部長を巻き込んだんだ。あの頃よりも、きっとひどい扱いを受けるだろう。古刀だって、只野だって、秋光だって……私を軽蔑する。大貫と佐々岡が周囲にどう説明しても、そんな未来を変えられない。
こんな学校に、これ以上通う必要はないと思った。なにより、何も言わないでこんなことを実行した手前、采女や洗平、そして部長に、どんな顔をして会えば良いのか、わからなかった。
色々な経緯があって、私は転校することになった。私みたいな問題ある生徒を受け入れてくれる学校は、それほど多くは無かった。都会の方ではあったが、ここよりも離れた場所になる。
引越し先に、親や祖母は来ないと言った。もう愛想を尽かされてしまった。事件以来、ほとんど話していない。一緒に住んでもいなかった父親が、多少であれば金を出してくれるというので甘えた。私の家が、もう少しまともだったら、私はあのガラスケースを蹴破るのを、少しは躊躇ったんだろうか。
引越しまでは、手続きなどの煩雑な業務のせいで、数ヶ月ほどあった。停学扱いだったので、その間はずっと家にいた。誰か来るのかと思ったが、意に反して誰も私を訪ねて来なかった。その方が良い、と私は思う。
家を出る日。
たった一人で、私はこの街を出る。
風の噂に、知り合った人間の、展望が窺い知れた。
部長は、相変わらずシューティングゲームに勤しんでいて、都会の有名なゲームセンターに出入りをしすぎて、その界隈で顔を認識されたらしい。いつの間にか、結構名のあるプレイヤーとなっていた。それでも、勉強や生徒会業務にも手を抜かないで、模試の成績も狂ったような高得点だったと聞いた。
洗平は、格闘ゲーム大会にて、ついに初戦を突破した。それで喜んでしまったのか、次の対戦ではひどい負け方をした。だが、確実に上達をしていることは確かだった。卓球を忘れろとは言わないが、彼女にとって、格闘ゲームの地位が上がったのかもしれない。
采女のことは知らない。退院はしたと聞いた。相変わらず、探偵を目指しているだろう。なんでそんなに本気になれるのか、私にはわからない。
カビちゃんこと佐々岡は、三年前にギミックを盗んだことを、学校に証言した。彼女は、私が罪をかぶったことを、学校にも訴えていたが、あまり聞き入れてもらえずに終わった。彼女自身の三年前の罪は、それなりに過ぎたことだったので、数ヶ月の自宅謹慎で処理された。大貫も同様だった。大貫は、いつでも佐々岡の味方になっていた。カビちゃんのことは、大貫に任せようと私は思った。
只野、古刀は采女と仲良く遊んでいると聞いた。それ以上のことは知らない。
秋光は、あの時言っていた通りに、遠くの大学を目指すのに本気だった。さらに周囲から孤立しているという。
そんな近況を、知って私はどうするんだろう。
私は電車の窓から消えていく景色を、ぼーっと見ながらそう思う。
私は、自分を犠牲にして、みんなを守った。
自己犠牲を、美しいと思うタイプじゃ無い。
実際に、達成感なんか少しも無かった。
きっと私は、鬱屈していた。
それに、助けてもらって得た人生の、歩み方を間違えてしまったという思いもあった。
ただそれだけ。
どうすればよかったんだろう。
今となっては、その答えがずいぶん遠いものに思える。
転校先は、まあ、前の学校はややお堅い学校だった、と言うのもあるけれど、それは置いておいても、問題児を受け入れるような慈悲のある学校だ。つまり平たく言えば、あまり賢い人間はいない。
校舎だって汚かったし、草木の横にプールを作ってあるせいで、いろいろなゴミが浮いているのが、一番耐えられなかった。場所を考えれば良いのに、そんな頭も無いらしい。教師も偉そうだった。そうしないと、言うことを聞かせられないのだから、仕方がないのかもしれないが、そういう教師に着いていく生徒が、そもそも何人居るんだろう、という話になる。
共学だった。私が器物損壊を行った問題児だ、と言うことは知れ渡っていた。私は、新しい学校でも、まともな扱いは受けなかった。暴力的ないじめを受けることも、ままあった。
黙るつもりはないので、それらにやり返したりしていると、生傷が絶えなかった。教師には怒られたが、もう呆れられているのか、注意されるのみで終わった。それでも、いじめが止むことは無かった。私はそれに対して、ずっと抵抗していった。
疲れる。
なんで、生きてるんだろうと本気で思った。
こんな道しか選べなかった時点で、私の人生なんて、もうクソみたいなものだって言うのに。
ゲームをする暇は一切無かった。疲れて、家に帰れば眠り込んだ。それに、ゲームをするような精神状態じゃ無かった。私は、またあの虚しさの一歩手前のような状態になるのが、ずっと怖かった。
そんな、ある日だった。
転校して、二ヶ月ほどの時が流れた。
私の住んでいる部屋に、来客があった。
私はドアを覗き込む。
驚いてしまう。
ああ、
間違いない。
この女は、采女涼香。
どうして、私の部屋を知っているんだろう。誰にも教えていないのに。疑問に思ったが、采女が名探偵であることを、私は思い出した。
部屋に上がった采女は、私にゲームソフトを押し付けた。神宮寺三郎、時の過ぎゆくままに。そう言えば、誰かに貸した気がしていたが、この女だったのか。
そうして、采女は私の顔を叩く。
私は受け入れる。
「どうして、勝手なことをした……?」
「……あんたこそ」私は、泣いてる采女の顔を見る。「私の家に来て良いなんて、一言も言ってないけど」
采女は、私の話を聞かないで、部屋に放置してあったゲームをセッティングし始めた。全く人の話を聞かない女だった。今は、そんな気分じゃないって言うのに、この女はまだゲームに対して、そんな熱量があるのか。
用意しながら、采女は部長と洗平の伝言を、私に伝えた。「本当に、ありがとう。ごめんなさい」とこれが部長で「格ゲーの相手どうすんだよ」が洗平だった。二人とも、何も変わってないみたいだった。
采女が繋いだゲームは、スーパーファミコン。
「何をするわけ?」
「星のカービィ、スーパーデラックス。一緒にやるんだよ、津倉も」
「嫌よ。なんの意味があるわけ」
「娯楽に変な意味を求めるから、あなたが今、そんな死にそうな顔をしてるって、わからないかな」
私が? 否定は出来ない。まあ実際、死にたいと言えばそうだった。
私はコントローラーを取った。プレイヤー2だった。初めは采女のプレイを見ているだけしか出来なかったが、途中で私も動かせるようになる。
そう。
この感覚……。
カビちゃんと、ゲームをしていた、あの頃の空気。
あの時は、RTAだとか世界記録だとか、そんなことは頭に無かった。頭に無いのに、ゲームに夢中になれた。
私たちは、ゲームに没頭した。久しぶりの感覚だった。その間、私は今ここが引っ越した先の、クソみたいな環境だってことを、頭から消した。
そうしてクリアまで行き、
訪れた時から微妙に息が上がっていた采女は、ぐったりと私の足の上に頭を乗せて寝た。
無理を、してここまで来たんだ。
私は、この女にどれだけのことをしてもらったのか。
「……津倉の笑顔が見られて、よかった」
「作り笑いで良ければ、いくらでも笑ってあげるわ。口角を上げれば良いのよ」
「そうじゃなくて……本当に楽しそうで、良かった……」
「采。こんなところで死なないでよ」
「大丈夫……ちょっと疲れただけ……」
ゲーム画面は、スタッフロールとエンディングテーマが流れている。
采女は、ゲームを止めてほしいと頼んだ。
「私……エンディングは最後まで見ないタイプなんだ。どの作品も、私には早いよ……ここで終わってしまうみたいで、嫌なんだよ」
「ふん。エンドロールを見た回数は、人の誇れる数字だってのに」
エンディングは、流したままにした。
しばらくすると、采女は眠った。呼吸をしていることから、多分生きてはいる。
良い顔を、采女はしていた。
私は彼女を見つめながら、なんだか心に温かいものを感じる。
「ありがとうね、采女……」
いろいろ、ありがとう。
またやってみるか、私の楽しみとして、ゲームを……。
変なプレッシャーや目標も捨てて、RTAもやろう。
格闘ゲームだって、人に教えないといけない。
シューティングも、出来れば楽しいと思う。
出会っていないゲームも、山ほどあるんだ。
死ぬもんか……私を生かすのは、そう言った趣味しか無いんだよ。
私はそんなことを考えながら、アパートの外の記憶を、完全に遺却させた。
エンディングテーマを、片耳で聴きながら。
遺却するエンディングテーマ SMUR @smursama
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