第34話 七草襲来

 一行は宿泊局を出て、中央都市群に一直線に繋がる、旧軌道列車の道である『グァネル廃線』を進んでいた。

 セリは疲れからか、眠ってしまい、気づけばハイネルの背に収まっていた。

 背中のもふもふがまるで毛布のようだったとは後で聞いた話だ。

 ゼルが時折、道端に生えている薬草を採取し、歩きながら調合を済ましていたのをセリはよく覚えている。

 広く続く金色の草原は、やがて湿地帯に姿を変えた。人間は一行以外見えることはない。雨がぽつぽつと降りだしている。


 目線の先に黒い服装の人影が立っていた。

 セリはハイネルの背からその人影を見て言葉をつぶやいた。


「ナズナ…?」


 記憶にはない。ただ、直感的にそう思っただけだ。


 ニヤリと笑った気がした。

 瞬きの間にその人影は目の前に移動していた。青い髪。短髪。


 ハイネルが槍を抜いていて、ゼルがセリを背から引っ張り下ろしていた。


「敵か!!」


「判断が早いな、素晴らしい人類だ…!私はナズナ、お前たちの…敵だ!」


 顔つきは女性だ。

 だが、人間ではない。人殻。人の殻を被った兵器。

 セリと同一の七草シリーズの一人。


「どけ」


 ナズナが回転蹴りを放ち、ハイネルは瞬間、柄で受けた。

 凄まじい力、受けきれずに、横に吹っ飛ばされる。


「セリ、邪魔者を片付けて、二人で話をしよう」

「お前は、誰だ?!」

「私とセリの仲じゃないか、それとも忘れてしまったの?母様に言われたことも」


 頭に激痛が走る。セリの頭に合成音声が響く。


『とうをのぼれ、セリ。おまえはちょうていしゃ』


「ぐぅうう!!」

「アハッ!思い出した?」


 楽しそうに笑うナズナの目の前にゼルの拳が迫る。

 ナズナはそっと、手を置いた。そうセリには見えた。

 気づいたときにはゼルが空中に打ち上げられていた。しかしゼルもこの程度では止まらない。空中で体をひねり、そのまま踵落としを繰り出す。

 ナズナは少しだけ体を避けて躱すと、ゼルの胸に手を当てた。ゼルの体が数百メートル後ろに弾き飛ばされた。セリは動けない。一瞬の出来事だ。

 カテラが、セリの肩を引き、後ろに倒れさせた。すぐさま、引き金を引きスコーピオンを数発撃ち出す。

 ナズナはホーミングする弾丸を事もなげに叩き落とし、一息でカテラに肉薄した。


「遅いな、人間!」

「ッッ…!」


 咄嗟に黒鉄で飛来する一撃を防いだが、それでもその威力は地面を軽く拉げさせるほどの力があった。一瞬でカテラも行動不能に陥る。


 倒れ込んだセリは何とか立ち上がろうとしていた。気づけば目の前にナズナがいる。

 殺される。


「邪魔者はいなくなったね?じゃあ話そうか。大体今日は、お話に来ただけなんだからね」


 頬を膨らませナズナが言う。セリは咄嗟にニライに呼び掛けていた。


「ッ…!ニライ!色付鬼!!!」

「使わせると思う?あの三人に与えられた力なんてさ。ずるいよね」


 振り下ろされた足が、セリの右足を砕いた。


「がっ…あああああああ!」

「知ってる?色付鬼は痛みを受けすぎると起動できないんだよ?」

「…まだだ、起動!!」


 光が瞬時にセリの体を包み込む。ナズナは真顔になって光の塊を蹴り飛ばした。

 セリはそのまま数メートル後ろに転がる。


「まあいいや、お姉さんとして教育しなおしてあげるよ、おいで」


 セリの足は再生し、鎧が体を包む。

 セリは立ち上がって大剣に変化した剣を抜いた。


「お前はなんだ!いったいなぜ!」

「少しだけお話、しようか」


 セリが降りかかった大剣をナズナは簡単に受け止めた。そのままぐいと顔を近づける。息がかかる距離で囁く。


「母様からの伝言だよ、よく聞きなさい。お前はもういらない、ここで朽ち果てろってさ」

「母様?」

「私はお姉さんだし優しいから、先に教えておいてあげようと思ってね」


 セリの頭に赤い髪の長髪の白衣を着た女性の姿が浮かぶ。

 顔は絵具でぐしゃぐしゃに塗りつぶされているようで分からない。


「いい?セリ。あなたは選ばれた人殻なの。誰かのために動ける素晴らしい人類なの。それを忘れないで」


 優しい声だった。

 そうだ、思い出した。彼女は母。僕たちの、七草の母。


「母さんは…そんなこと…言わない!!」

「やぁっと思い出した?フフ、遅いよセリィ!!」


 ずぃとナズナに押され、後ろに数歩下がる。

 大剣を地面すれすれに這わせてそのまま上空へカチ上げるように切り払う。

 このスピードでは遅い、だが。ナズナは躱さなかった。一撃をもろに受け、右腕が落ちる。

 だが。


「まさか色付鬼を使って、この程度なの?セリ。興ざめ。」


 ナズナが指を弾いた。強烈なインパクトがセリを襲う。

 吹き飛ばされかけて、どうにか大剣を地面に突き刺して勢いを殺した。

 ぜえぜえと荒い呼吸をし、なんとか呼吸を整えようとする。

 パシャリと、鎧が氷解し大剣もただの剣に戻る。時間がもう過ぎ去ったのだ。


「色付鬼の使用限界か…。まったくお笑い。つまらないなぁ!」


 ナズナが拳を振り上げる。

 その間に槍が突き刺さった。ハイネルが投げたものだ。


「貴公の相手は私だ!人殻!」


 少しの間に走り込んできたハイネルが、間に割って入った。


「チッ、もう回復しやがったのか…」

「滾れ!赤雷よ!!」


 バチバチと槍が唸りを上げ、赤い雷光を発生させる。

 ハイネルはそれを構えナズナを睨みつける。

 ナズナは右腕を拾い上げ、肩透かしのジェスチャーをした。


「はぁ。もういいよ。どうせ今戦ったって、ゴギョウに怒られちゃうだけだもんね。今日は大人しく帰ることにする。またねセリ。次会うときはきっちり殺してあげるから!」


 ナズナの周囲の空間が凪ぎ、瞬きの間に姿が消えていた。


「助かった…のか…うっ…」


 セリの意識は暗転した。

 セリの口から洩れた言葉は、誰に聞かれるまでもなく溶けていった。

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