第33話 友のため

「終わったか…」


 カンナギの声にスルリと構えを解いたハイネルは微笑をカテラとセリに向けた。

 先ほどの戦いぶりが嘘のように清々しい微笑みだった。

 改めて体を眺める。

 狼型の獣人、女性型。筋肉質の肉体。赤い鎧に僅かに膨らんだ胸。よく見ると灰色の尻尾にリボンを巻いている。


「遅くなってすまなかった。改めて挨拶させてほしい。私はハイネル。騎士団第一団長をやっている者だ。そこに居るゼルとカンナギとは腐れ縁なんだが、まあよろしく頼む」


 深々とお辞儀し、あいさつの握手を求められ、セリはそれに答えた。

 もふもふの掌、感触は良い。

 カテラは少し離れたところでハイネルを眺めている。


「灼眼の羅狼。師匠と一緒にギシ領域で発生した史上最大の災害事象を鎮圧した獣人」

「そうか、君が『白兎』か。彼女にはよく話を聞いていた。ただ君は一つ勘違いをしている。アレは私達二人で解決した災害じゃない。多くの犠牲のもとに解決したんだ」

「どっちにしろあなたが英雄であることには変わりはない。会えて嬉しいわ」

「私こそ、だ。あの有名な白兎に会えるとは。導きに感謝しなければならないな」


 二人は握手し、小さく頷く。

 カンナギが空間に透写され、ハイネルの方を向いた。


「感動と久しぶりの再会だな。これ以上ないくらいベストタイミングだった。ありがとうハイネル」

「私とお前の仲だ、礼は良い。それより体はどうした?まさかあの人殻を壊されたんじゃないだろうな」

「まさか、だ。緊急事態になって転送させた。それより、エルンストは相変わらず最下層でお勤めか?」

「そうだな。彼は今も罰界海域にいる。奴、いや、カルムは中層全域の守護全域を担っている。彼がいる限り、上層には上がれないだろう」

「単刀直入に言う。ハイネル、中央を裏切れるか?」


 ハイネルは真顔になって、一直線に答えた。


「理由が友のためならば、当たり前に私は古巣を捨てる。それがたとえ世界の均衡を壊すことになっても、だ」


「すまないな、ハイネル。いつも無理をさせて」

「なに、別にかまわんさ。お前とは防衛戦役以来の仲だからな。これぐらいさせてくれないと割に合わんだけだ」


 ハイネルがカンナギの影を撫でるような仕草をして言った。

 カンナギはそれに応えようとしたようだが、透明な体ではすり抜けるだけだった。

 再び静寂が訪れ、辺りが静まり返る。

 カンナギが三度頷き、カテラとセリの方に向き直った。


「今後の事だが、とりあえず宿泊局に向かおう。それでどうするか決めようじゃないか」

「相変わらず勝手な物言いだなカンナギ、私達はお前の事を何も知らないのに」


 カテラの鋭い言葉に、カンナギは少しだけ間を開けて応える。


「それについてはすまないと思っている。だが、ゼルやハイネルと合流した今、隠す必要もなくなった。次はちゃんと答えるさ」

「そうだといいんだが」


 飽きれたような物言いに、カンナギは申し訳なさそうに頭を下げた。



 ▽

 果て村近くの宿泊局にて

 △


「さて、仕切り直しだ。まずは簡単に俺の職業から説明しようか」


 カンナギを中心に円になって座っている。

 ハイネルはセリの隣に座っていた。もふもふがセリの頬に当たっている。悪い気はしない。


「俺は上層の旧人類永続保存施設『白き楽園』の管理者だった」

「だった、ってことは今は違うわけ?」

「カテラの言う通り、今はナナシになってしまった。七草シリーズの襲来のせいだ。数か月前、突如現れた、七草シリーズを名乗る人殻に施設ごと乗っ取られた」

「僕と同じ、人殻…。でも七草シリーズは世界再生のために動いてるはず。管理者には手を出さない様になってるはずじゃあ?」

「それが分からないんだ。彼らは自らをナズナ、ゴギョウと名乗った。それと、真に世界を再生するもの、とも言っていたな。邪魔になる旧人類は私たちが管理する、とも」

「なにかバグが生まれたのかな…?それくらいしか思いつかないけど」

「とりあえずここの場面は今はもういい。俺たちは最上層を目指さなきゃいけない。そのためには中央都市群にあるターミナルに辿り着く必要がある。そのためには、中央の騎士団の包囲網を突破しなきゃいけないが、これをどう思う?ハイネル」


「まず、無理だろうな」


 ハイネルは至極まっとうな顔で答えた。


「一人一人が精鋭の魔獣処理屋に匹敵する騎士団相手に正面突破は不可能だ。騎士団長の私が言うんだから間違いはない」

「まぁ、だろうな」

「一点突破なら可能かもしれん。もう一人、味方をつければ、行けないこともない」

「誰?」


「無海のエルンスト。第三騎士団長で現在は最下層の罰界海域で一人、勤めを果たしている人物だ。私が、カンナギ、ゼルと並んで信頼する人物でもある」

「最下層って、そこまで降りろってこと?今から?時間がないし方法もないわよ」

「だから、こちらからワザと動いて、中央に呼びつけさせるんだ。会えば必ずこちらの味方になってくれるはずだ」

「はず、って。そんな確約もなしに動けっていうの?」

「そうだな、ある意味賭けに近いかもしれん。だが信じてほしい、必ず彼はこちらの仲間になってくれる。多少の行き違いはある可能性はあるがな」


 ハイネルはエルンストを信頼しきっているが、カテラたちにとっては眉唾の話だ。正直にいって信用ならない。もし裏切られたらハイネルは、彼女はどう思うのだろうか、と。カテラが考えていると、ハイネルが言葉を漏らした。


「友のため、だ。彼が裏切るわけがない」

「どうしてそこまで…」

「彼がカンナギやゼルと同じく防衛戦役の生き残りだからだ」

「そもそも防衛戦役ってなに」


 防衛戦役


 ギシ領域からの魔獣の根源は確かに、あの魔獣処理屋とハイネルが討滅した。

 だがその前の段階が存在する。

 ギシ領域からあふれた魔獣らを抑え込むための戦争、魔獣対人類の戦いである。

 片っ端から中央の騎士団と魔獣処理屋と深都屋が集められた。

 遺跡に潜航し、根源を討つためのルートを確保しつつ、あふれた魔獣を討伐する戦い。この戦争で生き残った人類は少ない。再生塔の天陽暦史上最大級の作戦だった。

 ハイネルはただ、そこに居ただけ。仲間の命を犠牲に、そこに辿り着き、あの魔獣処理屋の討滅を見届けただけだという。

 それが事実かどうかは誰も知らない。ただ、あの作戦において、記憶している者が、ハイネルしかいないというだけの事であった。


「それだけの戦いだ」


 ハイネルが説明し終え、息を吐く。


「そういう事。たしかその時代は殉教病が流行ったころだったわね?」

「そうだな…。よく勉強している。過去最大の犠牲を出した戦争に、最大の感染者を生んだ感染症。厄年だった。その時代に傾いた人類を立て直すために傭兵教会が設立した」


「それで、どうする。どう動くんだ」


 ゼルが口を開く。セリはいつの間にかハイネルの手を握って聞いていた。


「抜け道を使ってカルムに接触する。場合によっては倒す。それだけだ」

「裏切りがバレたら、貴女も抹殺対象になるのよ?それでも私たちと一緒に行くの?」


「無論だ。私は友のためにこの命を使うのだから」

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