最終話 その後のティローネ家

 マリクが目覚め、ミシェルと大喧嘩をした後、二人はひどく疲労していたため数日間休んで学園へ戻った。


 それから初めての休日。

 家族四人でテーブルを囲み、温かい紅茶を淹れ、マリクの焼いてくれたショートケーキを切りわける。


「学園では大丈夫?」

「ええ、みんなから心配されましたが普段通り接してもらってます」

「兄さん大勢に囲まれててすごかったんだよ」


 今回のマリクの症状は重症だったものの、暴走自体はよくあるものとして特に大騒ぎになることはなく、以前と変わらない日常が戻ってきた。


 変わったことは、マリクは一人で抱え込むことをやめ、ティナや先生に少しづつ相談をするようになったことだ。


「あの時は本当にどうなることかと思ったわ……。寿命が縮むかと思った……」

「メリッサのそれはシャレにならないからやめてくれ……」

 エドアルドが苦い顔をする。


「本当に迷惑をおかけしました……。これからは一人で抱え込まないようにします」


「それにしても、二人は学園でしっかりと学んでいるようだな。魔法の腕が上がっている」


「ありがとうございます!」

「へへっ」

 マリクがふにゃっと笑ってお礼を言い、ミシェルは嬉しそうに照れた。


 みんな成長してる。

 あの日から感じる、自分への疑問。

 私は今まで何を成し遂げたのだろう。



 メリッサはバラが咲く庭で一人座っていた。

 あれから三年が経った。


 マリクはすでに学園を首席で卒業し、領主エドアルドの補佐として実務を通して領主の勉強を続けている。ミシェルも今年学園を卒業する。

 

 ティローネ家の跡取りになるのはマリクだ。

 魔法も剣の腕も申し分なく、本人のやる気も充分だ。


 ミシェルは卒業後、外交担当として交渉へ出たり、視察へ行ったりして働くことになっている。


 それと同時に、マリクの手助けもしてくれる。

 マリクが「国を良くするために、ミシェルの知恵を貸してくれないかな」と言った時、ミシェルは「兄さんが無理しないよう見張りがいるからね」と返した。


 エドアルドが引退した時は二人でこの領地を背負っていく。


 足りないところを補いあって、互いの良いところを活かしあって、きっとこの領地をより良くできるだろう。


 ちなみに、ミシェルが他国の文化、歴史への知識量やコミュニケーション能力などの手腕を買われ、ユービール国の外交官としてスカウトが来るのはもう少し後の話だ。




 喜ばしいことだが、いよいよ本当に二人の手が離れていってしまう。いつでも会えるけれど違う場所に行ってしまうような感覚になる。


 メリッサは最近つい自分の事を考えてしまう。


 お稽古は続けていて、貴族の演奏会で演奏できるようになった。


 けれど、転生して、この世界で生きてきて何かを成せただろうか。

 転生したなら何か成し遂げなければならないのではと不安になる。自分は役目を果たせたのだろうか?


 すっとケーキにフォークを刺す。有名店の作ったショートケーキだ。 

 ショートケーキはナグラート領の新たな名物として人気になりつつある。


 有名店のケーキも美味しいのだけど、やっぱりマリクの作ったものが一番美味しいとメリッサは思う。


 それに……悩んでいるから味をあまり感じない。


「珍しい。そんな顔をしてケーキを食べているなんて」

 エドアルドがメリッサの向かいの席に座る。


 彼は手慣れた手つきで紅茶を注ぐ。

 メリッサが紅茶を入れ忘れていることに気づき、彼女の分も注いでくれた。

 メリッサの好む量のミルクと砂糖を入れることも忘れない。


「実は……」

 手もとに置かれたミルクティーをティースプーンでくるくると混ぜながらぽつぽつと話していく。


 自分がこの数年間で何をしてきたのか、みんなが何かを成していく中で一人取り残されている気がすること。気づいた時には堰を切ったように不安を打ち明けていた。


 言い終わった時にはエドアルドは目をぱちくりさせていた。が、すっと真面目な顔つきに戻る。


「自分のことを過小評価しているな。メリッサは、ちゃんと成している。昔言っただろう。メリッサがいてくれて良かった、と。気づいてないかもしれないが、メリッサがみんなを変えたんだ。ミシェルもマリクも、私も」


 エドアルドに真剣な声で言われ、メリッサのアクアマリンのような瞳が輝いた。


 最初にこの世界へ来たときのことを思い出す。


 転生した時、やることがないと悲嘆に暮れていた。その時にミシェルを見て、彼を救いたいと思ったのだ。


 最初はミシェルのために行動した。


 ミシェルとクッキーを作っている時にマリクが来て、マリクはお菓子作りが好きになった。


 エドアルドがメリッサに話しかけるきっかけもミシェルが明るくなったからだ。

 不器用でうまく家族に接することができなかったエドアルドも、今では良好な関係を築いている。


 自分のしたことが今に全て繋がっていた。

 

「やっと気づいたか?」

 エドアルドが笑っている。


「ええ」


 メリッサは自分でやりたいことを見つけ、自分のできることを続けて、ミシェルの笑顔を取り戻した。

 そしてその行動がみんなを動かし、今のティローネ家に繋がる。


 その結果に満足かと聞かれれば、満足だとはっきり言える。


「やっとわかったわ」


 エドアルドが「そうか、よかった」と、優しく微笑んだ。


 でも、手に入ったものはそれだけじゃない。


 メリッサはエドアルドをじっと見つめる。


 この世界に来て、最初に諦めた恋もできた。それは今では愛に変わっている。


 私はこの人とこれからも生きていく、いいえ、この人と生きていきたい。


 この世界に、ティローネ家に来れて良かった。

 今では強くそう思える。


「私は幸せです」


 メリッサは笑い、甘い自分好みのミルクティーを飲み干した。




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異世界転生したら次男が剣と魔法の才能がなく落ちこぼれと言われていたので他の才能を探してみます ~その結果家族仲にも変化が訪れました~ namu @namupotato

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