12.


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「おやっさんは?」

「奥でいつも通り見てるよ」


軽く手を上げ、挨拶とした隊長。

少しだけ体を横に移動し、内側へ招く女性。

自然と歩き始めた隊長の後に続いて建物の中に入り。

最初に感じたのは、外と比べての温度ねつと何かが焼ける匂いだった。


かぁん、と響くような物音。

何かを削るような、がりがりといった音。

定期的というか、ある種の空白を開けて響く槌の音。

そして度々聞こえる怒声と、それに対して返す声。


不思議なことに落ち着く――――村での同じ場所と比べても、明らかな差があるように感じてしまう。

きょろきょろと目線を向ける俺達へ張り付くように向けられる視線。

室内に入り、再びに視線が重なるまではそう掛かることもなく。

首を傾げたミモザが言葉を発する直前、此方の様子に気付いた隊長が先に口を開いた。


「んで、こいつが俺達のとこの新入りな」


合わせて手を伸ばされ、頭に手を置かれ。

振り払おうとするのを何が面白いのか、言葉にしない笑いを浮かべるのを見て少しだけイラッとする。

されるがままに、力を上手く受け流されている現状。

せめて振り払えるくらいには慣れないと、ずっとこんな事をされそうな気がする。


「へえ……ってことは新しい《騎士》サマ、ってことよね?」

「そーだな」


話に聞いていた”おやっさん”……それなりに年を取った老人か、その手前か。

その辺りの人だと思っていたのに、最初に見かけたのはほぼ真月歳も変わらないだろう見た目の女性。

向けられる目線を合わせるのがどうにも気恥ずかしく、周囲の室内を見回すように向けながら。

森の中で警戒をする時のような、周囲を見る見方で全員の行動を眼に捉えていく。


「……増やせたの? ほら、アレじゃん?」


そんな中で問われた言葉。

専属だから、というだけではなく……恐らくは知られていて当然な部分もあるのだろう。

《領主》に当たる人員がおらず、《騎士》を増やせないはずの現状。

そんな中で増えた俺、という異常を聞いても良いのか確認している様子。


「というわけでもう一人の紹介になるわけだが」

「ん? んん??」


その話題、からのミモザの紹介。

もう片腕を彼女の肩に乗せ……ようとして振り払われ。

睨みつける目線の後に、その眼が俺に向けられたのはどういう意味合いがあるのだろう。

少しだけ首を傾ければ、不機嫌さを隠すこと無く頬を膨らませているのが見えた。


「隊長さん?」

「はいはい、ちょっと失礼過ぎましたかね」

「え、敬語……? シャガさんが?」

「おう酷い言いようじゃねえか」


三者三様。

不機嫌、苦笑い、戸惑い。

俺だけがそれらを眺める立場のまま。


「前の《領主》サマの遺した娘……ほれ、昔話したろ?」

「……昔、ってーと」


メリア様、と唇が動くのが読み取れ。

表情を変えることなく、小さく頷く。


「え、それをシャガさんが見つけ出してきたって。

 探しに行く、ってのは聞いてたけど……どういう詩劇の一幕?」

「いやぁ、俺も正直驚くしか無かったんだけどなー」


他人事のように語る口調に呆れを零しながら。

女性は改めてミモザの方を向き、僅かに腰を落として視線の高さを合わせた。


「あ、あの……?」

「お姫様ねー……実在したんだなぁ」


戸惑うミモザに幾度も繰り返し頷く女性。

声を掛けようとして、伸ばされっぱなしの手が肩へと落ちてそれを止められ。

隊長の方へと目線を上げて抗議すれば、唇の先に指を一本立て押し黙るように命令される。


何故、と口に出してしまいそうになって。

二人の異性の間の、それでいて一方的なは。

彼女の側からすれば、その数拍の間で完了したらしい。


「なら、アタシからも挨拶を。

 エレイオ工房所属の鍛冶師、”ユズリ=エレイオ”と申します……ってね」


僅かに片足を後方に下げ、目線を下げながら頭を下げる形で礼を取った。

やや極端にも思える格好で、大げさにしか思えなくて。

けれど侮っている様子は何処にもない、不可思議な雰囲気を纏った型式ポーズだった。


「え、え~っと……ユズリ、さん? で、良いのかな?」

「そうですよぉ、お姫様」


一方的に会話の流れに呑まれているのか、何処か呆けた様子のミモザ。

そんな変化を見て、何かが面白いのかくすくすと笑う女性……エレイオさん。


女性同士の会話、と取れば良いのか。

《領主》と鍛冶師の会話、と取れば良いのか。


前者であれば介入する理由もなく。

後者であれば介入したほうが良い事……のような気もし。

改めて隊長へと目線を向ければ、軽く顎を差し向ける行動。


(……いや、今の会話をさせたかったのか?)


何を求めた故のものなのかを理解できず。

それなら最初から止めて良かったんじゃないのか、とも思いつつ。

されるがまま、言うがままに対応を始める。


「あー、エレイオさん? ミモザも戸惑ってるみたいなので」

「あん?」


此方の言葉に反応し、僅かに目線を向け。

もう一度目の前のミモザを見、こくこくと頷く彼女の姿を見て頭を掻いた。

灰に染まっていた髪の合間から地毛が見え、それもやはりくすんだ銀のような色合いが見える。


「…………見なかったことにならないかなぁ」

「流石に無理があると思うんだけども」


笑みを口の中で噛み殺すような音の後。

かつこつと響く足音を部屋に残し、隊長だけが動き始める。


「じゃ、同年代達は同年代同士で好きにしててくれ。

 俺はちょっとおやっさんに話通してくるから」

「え……は?」


俺達の方に近寄るわけでもなく、先程から幾つか音が響く部屋の側へと向かいながら。


「この場に俺達残してくのか義父オヤジィ!?」


けらけら笑い声を(多分)意図して残し。

後ろ手にひらひらと手を振りながら去っていく隊長に思いっきり声を投げ掛ける。


俺達互いの知り合いであるらしい一人が姿を消し。

叫んだ後に残されたのは、なんとも言い難い奇妙な空白の時間。


「……オヤジ?」

「え~っとぉ~?」


そして漏れた互いの心境に、目線が噛み合った。

多分、お互いが思ってることも同じようなこと。

大体あいつのせい。


「……ちょっと一旦落ち着いて、お互いの事を話し合うってのはどうだ?」


深い深い溜め息を漏らしながら。

何と言うか、悪い人ではないんだろうと思いながら。

向けた顔の先には何脚かの椅子と食卓。

ただ、その上に並べられていたのはカップと何枚かの丸められた書類らしきもの。

食事を取る場所、と言うよりは休憩や客人向けと言った雰囲気を感じさせる場所。


それを改めて見て感じたのは――――ずっと長くを過ごしてきた、小屋と同じような安心感。

長年使い込み大事にしている場所特有の、傷や痕を多数残した物品達。


物を大事にする人達なんだろうな、と。

納得を強く受ける、そんな家具達だった。


「賛成~」

「……そうするかぁ。 適当に座ってくれ」


のろのろと手を伸ばしたミモザに続け、エレイオさんが軽く首を振って賛成と口にし。

自分が先に座りながら食卓の上の書類を端のほうに押しやり、座ることを勧めてくる。


(素直に有り難いんだけど、その片付けの仕方で良いのか?)


そんな事を思いつつ。

俺も相手がミモザだったら同じようなことしてたな、と思い返しつつ。

当然隣に座ることを望む少女の行動に従い、少しだけ引かれた椅子に隣り合って座る。


目前にはエレイオさん……つい先程出会ったばかりの女性。

俺を蔑む訳でもない目線は、少しずつ慣れてきたとは言っても物珍しくさえ感じてしまう。


「えー……」


さて、改めて一度話をやり直すことにしたわけだが。

まずするべきとしては……多分、これからなんだろうなぁ。

向こうのことは知ってしまったが、こちらの事を何も教えていないわけだし。


「改めて、ミモザの《騎士》のスイだ。 スイ=ラグネ、ってことになるのかね?」

「同じく~……スイくんの《領主》らしいミモザだよ~」


名前の交換。

実際にはミモザの名前の後にも《領主》としての名前が付く形であり。

同時に代表としての名前ミドルネームもくっつくことになるとかなんとか。

だから正式名称は『ミモザ=S=イラリエ』、だったか?

この”S”に当たる部分は初代の《領主》から継いでるモノなんだとか。

だが固定名称というわけでなく、当人が付けることを許されているとかいう緩さ。


「あー……じゃあそっから聞くか。 お前さんとシャガさんが親子だって?」


名前、という変わっていくものに考えを巡らせていれば。

人差し指で何度か食卓を叩きつつ、エレイオさん側の疑問から話が振られる。


「義理の、って付くけどな。 つい一周期程前くらいからではあるが」


実際の日数とするともう少し前後はする筈。

ただそこまで細かいモノを伝えて変わるものでもなく、大雑把な解説で良しとする。


「シャガさんがそれを認めるとはねえ」


物珍しいものを見る目。

そんな目線を向けられる理由が分からないのだけど。


「何か詳しかったりするのか?」

「詳しいっつーか、アタシは子供の頃からの知り合いだからさ。

 あの人がそれを飲み込む……っていうか、受け入れるとは思ってもなかった感じ?」


それ相応に理由がある、というのだけは理解できる。

ただ詳しい内容は言おうとはせず。

それ以上の理由を口にしない理由、というのもまたあるのだろうと理解した。


「多分その内言ってくれるとは思うけどね。

 あの人が、自分の中で色々と飲み込めたらって前提の話だけど」


付け加えられた、そんな言葉を聞いたからこそ。


「なら……私からの質問だけど~」

「はいはい、どうしましたお姫様」

「ミモザ、って呼んで。 その呼び方嫌い」


一旦言葉が途切れ、その次に言葉を発したのはミモザ。


姫様、という呼び方を拒否しつつ。

のろのろとした口調は、普段俺と二人で話す時と余り変わらないように見え。

けれどその実、口調自体が彼女の内心を護るものだと俺は知っている。


だから――――相応に警戒しているのだろう、と思うのと。

彼女にそこまで警戒するのか、と同時に驚く俺がいる。


「それで~……まず確認したいんだけど、わたしたちの武具ってどうなるの?」

「武具……って、ああ」


そしてミモザが聞いたのは、ここにやってくる事になった理由の第一。

俺達専用の武具を、という話で案内されたのに自分だけ奥に行ってしまった。

今から追い掛けて拳の一発でも入れれば良いんだろうか。


「今日来た理由ってそれ?」

「え、聞いてないの~?」

「爺ちゃんなら聞いてるかもしれないけど、アタシはまだ何にも」


顔見せに来たのかなぁと思った、と。

僅かに目を細めたのは、理由をまともに述べずに一人勝手に動いた隊長への怒りか。

溜息を吐いて元の表情へと直ぐに戻したのは……もしかすると、日常的に似たようなことをしているのかもしれない。


隊長が去った方、建物の奥側から聞こえていた槌の音は気付けば途切れ。

代わりに幾つかの声や怒鳴り声に似たものが聞こえてくる。

詳しい内容までは聞き取れずとも、言い合っているのは恐らく隊長の声ではなさそうだと思う。


「え~っとぉ……ユズリさん?」

「んー?」

「ユズリさんもその、武具とか作ったりするの?」

「一応ね。 ただ、《騎士》とかの専用品はまだ作らせて貰ったこと無いんだ」


じろじろ上から下まで見た上での一言。

服装的に、とでも言いたいんだろうか。

それをどう捉えたのか、苦笑を浮かべた彼女の続けた言葉は。


「やっぱさ、『女に触られたくない』とか言う《騎士》サマとかは一杯いるんだよね。

 爺ちゃんは馬鹿らしい、って言ってくれるけどさ」


向けられたのは部屋の奥。

色々と抱えたのだろう感情が渦巻いているような目の色合い。


暫く顔を見せなかった時特有の。

俺達がこれだけ近付く前の。

色々と吐き出し合う前の、ミモザが湛えていた色の目。


(…………だった、よな?)


薄ぼんやりとしか覚えていない記憶。

正しく覚えているのが、あの夢の後のことしか無いのはどうなのだろうか。

今考えることではないと、思考の隅に再び考え事を積み重ね。


「ってことは……作り方は知ってるんだよな?

 《騎士》の武具を作る流れってどうなってるのか、聞いても良いか?」

「ああ、うん。 どうせ戻ってくるまで時間掛かるだろうし、説明するよ」


話を別口へと振り替えた。


今気になっていること。

あの目のままにしないことを優先し。


「…………」

「ミモザ?」


気付けば、少しだけ。

本当に少しだけ、冷たい色を秘めた目を俺に向けていた少女に問い掛けて。


「ん、なぁに?」


向けられた笑顔に。

なんでもない、と。

小さく返すのが手一杯だった。

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片翼の騎士、君と共に 氷桜 @ice3136

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