11.


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「帰ってお昼寝したい……」

「それが許されるわけねーだろーが」


鐘が五度程鳴り響いてから、どれほど時間が経っただろうか。

陽光の傾きだけで判断するのなら昼食間際。

けれど周囲の山々と比べたり、食事時特有の白い煙を見ることが出来た古小屋ではない。


「でも、疲れたのは本当だし~」

「あー……まぁ、色々振り回す必要があったのは分かるけど。

 俺と違って、適当で済ますのが許される立場でもなかったし」


多分、そんな愚痴を零すのが彼女なりの気分転換のつもりなんだろう。

隊長は隊長で「ちょっと用事済ませてくる」とまた一人でどこかに向かい。

草原の片隅に取り残された、ということから目を逸らしている側面もある気がする。

実際、俺にとっても少し前で内に抱えた悪い気持ちを吐き捨てる良いきっかけになってると思う。


半ば聞き流し、半ばは真面目に聞き。

ぱくぱくと口内に消えていく白いパンの量を引いた眼で見つつも、同じように腹を満たしていく。


(まー、俺よりはミモザのほうが立場的にも必要だよな)


ちらりと目線を降ろした先。

幾本かの中から一番マシ……当人曰く一番握りやすい、振り回しやすかったらしい長槍が一本。

『突く』ことしか出来ないのではなく、片面が刃になった『斬る』ことも可能な一品。

専用品を打って貰う前の見本と言うか、向こうにとっての参考用として与えられた武具。

手が届く範囲に置いているのだし、個人的にも気に入った証っぽいんだが。


(それはそれとして、俺の扱い雑だったような気もする)


ミモザの武器選びに掛かった時間に比べ、俺に掛かった時間は殆ど必要としなかった。


《騎士》として扱う、振るう刃自体は同じく専用品を作成するとのことだったけれど。

ザンカの両手剣、隊長の長剣などに比べると小回りが利くモノ、という大前提で選ばれていたと思う。


結局選ばれたのは、普段遣いの小剣と投擲用の側面も持つ短剣。

そして片刃の枝切り斧のような武具の三つで、漸くミモザの武具と金属の使用量が釣り合うかどうか。

まああまり重い物を持てるとも思えなかったので、否定出来るものでも無いからそのまま受け入れたけど。


「スイくんだって適当で済むわけ無いじゃん」

「まあ、そう、だな」

「って言うより、私より大事だって分かってる?」


ぶう、と頬袋を膨らませながらの言葉。

祭りの時でさえ食べた覚えも無い、白いパンの昼食の大半を食い散らかしたお姫様はご機嫌斜めだと告げている。


「分かってる分かってる、変なこと言ったわ」

「ま~……何となく分かっちゃうけどね~」


彼女の目線が俺の腰辺りに落ちる。

部屋から持ち出した、巻き付ける形で身に着けている……普段遣いの刃達。


「見た目だけは、スイくんのよりも強そうに見えるもん」


大元になる武具は今まで使っていたものを根底にする。

つまり、大事に大事に使い続けて摩耗してきた武具の外見は、ずっと仕舞われていた彼女の武具よりも更に汚く。

柄の部分だって、何度も張り替えた……所々が雑に張られた野生の動物の皮製に比べ。

恐らくは何らかの天恵か《魔》辺りの外皮を利用しているのか、鈍く輝き使いやすそうに見えてしまう。


「見た目だけじゃなく、切れ味って意味でもそっちのが上だろ」

「使い勝手だったらそっちの方が良さそうだし……安心は出来るよ?」


使っていれば、研いでいれば。

当然薄くなるにつれて鋭さは失われ、鈍くなっていく。

特に日常的に用いていた短剣辺りは露骨に変わってくるのを、実感覚として理解している。

元々使われていた金属自体の質が良くない、というのもあったとは思うのだが。

十月日に一度は新しく打って貰う癖は付けていたものの、年々切れ味は落ちる一方だったのも村の鍛冶師へ良い感情を抱けない理由の一つ。


それに対して言えば、武具を用いて護られた側のミモザが抱く印象は多分逆。

俺自身に……そう思ってしまう自惚れも有りながら。

日常的に触れ、見てきたそれらは。

嘗ての象徴に近いモノを与えているのかもしれない。


「どっちもどっちなんだろうけどさ……」


自分なりには理解している。

大きい武具を振り回すには腕力も、体格も足りない。

精々振るえるとしても、ミモザのような槍のような部類になるのだろうけれど。

一からそれを身につけるのなら、山で扱っていたそれらの武具のほうが噛み合うのは分かっている。

そして何より、二人が同じ武具を振るうが無いのも理解はしている。


だからこその言葉。

彼女の気持ちも、俺自身の気持ちも。

互いに分かる部分があり、理解しているからこそ二人でこうして言い合えている。


「それよりスイくん」

「んー?」

「ご飯いっぱい食べないと駄目だよ~?」

「って、言ってもなぁ……」


お前くらいにか、とまでは流石に聞けない。

聞けば額に皺でも寄せそうだ。


「今からいっぱい食べて、いっぱい強くなれば。お父さんくらいにはなれるかもしれないんだし!」


ぐっ、と握り拳に力を入れる姿。

苦笑いを浮かべて思ってしまったことを流しながら、嘗て困っていた一つが雪融けていくのを不思議と感じる。


「父上くらいになる…………あー、そっか。食べ物に困るってことは多分もう無い……よなぁ」


日常的に狩りを行ってきたとは言え、神々の機嫌次第では獲物が全く取れないのも良くあったこと。

だからこそ一日に食べる量は控えめになり、保存食を作って長い間食べ続けられるようにして。

その結果だけで言えば、背の高さや腕周りはミモザと対して変わらない程度に収まってしまっていた。


ずっと続くと思っていた日常が欠け。

今からでも、少しでも。

大きくなることを目指しても良いのだったら。


「そ~だよ。 私だけの《騎士》、なんでしょ?」


にっこりと笑う表情の奥に、少しだけ昔の姿が浮かんだ。


記憶に残る父は、何処か曖昧でボヤけている。


丸太のような太さの足腰を携え。

内側がみっしりと詰まった樹木のような頑丈さを持った腕で、子供ながらに憧れた大きな手。

何より、五の月日の頃の森のような。

新緑のような匂いを強く覚えている。


「……大きくなったほうがミモザは良いのか?」

「どっちでも。 絶対変わらないでくれると思うし」


そっか、と呟き。

ごぉん、と鐘が鳴り始めるのを何処か遠くで聞きながら。

草原の奥から、隊長が手を上げて此方に戻ってくるのを、唯眺めていた。


そんな横顔を、少女に見つめられながら。





「あー、一応言っとくぞ」


その場から連れ立ち、向かうことになったのは再び領都。

但し、騎士団の建物……《領主邸》(と呼ぶらしい)を挟んで反対側。

白く、黒く。

幾つも煙が上がっていた方向の更に奥とのことだった。


「何をです?」


少しだけ、意識して大きな声を出す。


鼻に届くのは、肉を焼く香ばしい香りと少しだけ変わった花の匂い。

昼食時だからか、市場の食事処には様々な人々が寄り集まり煩いくらいの騒音が聞こえる。

此処まで来る途中の旅路で見聞きしてきたそれらを更に一回りほど大きくしたそれらは、この辺りでは日常的な風景の一つなのだと。

精々収穫祭での小さな宴しか知らなかった俺達に取っては、その日常さえも大きな変化として捉えてしまう。


「これから向かう場所の話だ」

「必要なことなの~?」

「先ず大丈夫だとは思うけどな、おやっさんのことだし」


ちらりちらりと向けられる目線。

奇異、好奇、更に粘ついた感じ。

色々と入り混じった感情がミモザを中心に向けられ、そのついでのように俺へも向けられる。


……一歩だけ、彼女との距離間隔を縮め。

それに気付いたように、少しだけ気分を上向きにしたような言葉が隊長との間で繰り返されていく。


「おやっさん?」

「うちの団の専属鍛冶師……というか、鍛冶工房だな。

 何かがあった時、何かを頼んだ時。

 専属の団のものを何よりも優先する代わりに、色々と優遇を得るって契約を結んでんだよ」


市場を抜け、乱雑に立てられた建物の辺りへ。

決して二人では入るな、と強く言い含められながら早足で抜けていく隊長の後を慌てて追い掛ける。


じっと見られ続けている、という視線だけを感じながら。

腰、見えるように結んだ小剣の鞘へと手を伸ばしているからなのか、それ以上の変化はなく。


「えっと……それを利用して、私達の武具をお願いする~って話?」

「そうなるわけッスねえ」


だから迷惑掛けるようなことだけは絶対にすんな、と。

走りながらだから、途切れ途切れになる会話。


視線の波が急に引き、薄暗かった建物の影から次の通りへと抜ける。

木製の食器や何かが入った壺などの道具が左右に売られた大通り。

随分と、白黒の煙へと近付いた気がして。

同時に焦げ臭い煙と何かを叩く甲高い音が遠くから響いて聞こえ始める。


「金属鍛冶ばっかやってる人だから、基本は任せて良い。

 ただ自分の都合っつーか、要望はきちんと通さねえと後で後悔すんぞ」

「……だよなぁ」

「スイくん、それで苦労してたもんねえ……」


迷惑、というのがどういうことを指すのかを理解できているわけではないけれど。

話をすることの大事さ、意見を通すことの大事さは十二分に理解している。

、という前提条件を無視すれば――――ではあるが。


「あー、村の話か?」

「です」


俺達二人だけで通じる話。

必然的に浮いてしまう隊長。

話は深堀りすることも、されることもなく。

進み続ける隊長の後を追う俺達二人、という形は未だ崩れることはない。


段々と音が近付き、それに応じて見かける人の姿も変わっていく。

黒ずんだ、それでも尚筋力に満ちたような大柄の男性。

背丈は俺と同じくらいで、けれど全身が傷だらけの男性。

自身の身体と同じくらいの長さの槌を肩に、ずんずんと進んでいく女性。

そのどれもに、灰と焼けた鉄の匂いが染み付いているような気がする。


「この辺が鍛冶区域。結構出入りすることになると思うから道は忘れんなよ」


はい、と二人の声が重なる。


最初の大通りを左に折れ、その後は二本目を右に。

左右の建物の大きさが違う、何処か不安定な印象を与える道の奥。

先程通った道とは、幅が目に見えて違う……二倍近くは広がったその先。

石造りで大きく見える建物に備えられた扉と、小さな金属製の輪のようなもの。


「あれって?」

「あー、槌叩いてると声が聞きづれーんで。

 あの輪を扉に付いてる方の土台に叩き付けて音を出すんですわ」

「お客さんが来たよ~、って教えてるってことかぁ」


不思議がって問い掛けたミモザに、やはり乱暴な口調で返す隊長。

初めて会った時の堅苦しい言葉も何処かに消え、少しだけ距離が縮まっているのがよく分かる。

左右の扉、別の建物の入口を見ても同じような金属の輪と土台が据え付けられている。

やはりこの辺り全てが工房関係なんだろうと、不思議にも納得できるような気がした。


「ま、今では鍛冶関係の証みたいになってるってこった」


少しばかり意味深な言葉を口にしながら。

輪を掴み、扉に向けて二度三度と叩きつける。

かぁん、かぁんと響く音――――明らかに分厚く見える扉越しに呼びかけるには必要なこと、か。


『………………!』


そんな事を思っていれば。

扉の奥から誰かの声らしきものが聞こえた気がして。

数回の呼吸の後、その扉が内側から外側に向けて開かれる。


「はいよー」


ただ、其処に立っていたのは。

灰に煤けた髪を乱雑に纏め、あちこちの肌が薄く褐色に染まっている人。


所々が焦げた、頭から被るような……男が身に着けるような上着一つを身に纏い。

腕や首筋までもが露わになった、村では見たこともない露出度を持つ。

ほんの少しだけ目線を上に持ち上げる必要のある、胸も豊かに膨らんだように見えるが一人。


隊長の背後から共に顔を覗かせた俺達と。

扉を開けた隊長を見て、少しだけ緩めたようにも見えた態度を見せる女性と。

その眼が合ったのは、そんな時だった。

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