第9話

 家の中に上がらせてもらい、案内されながら、客室に入った。


 宮野さんは雄介と私に座布団を用意してくれる。とりあえず、座った。


「もうちょいしたら、母さんがお茶とか持って来てくれるよ。待っちょーてぃ!」


「……はあ」


「あー、ごめん。どうも、ヤエマムニが抜けないさね」


「あの?」


「……お父さん、雄介君が困ってるじゃないの、悪いわね。さ、お茶と月桃餅げっとうもちをどうぞ」


「ありがとうございます」


 奥さんや娘さんがやってきて、湯呑や月桃餅というお菓子が盛り付けられたお皿を雄介や私の前に置いてくれた。やはり、湯呑からは民宿の部屋で嗅いだあの香りが立ちのぼる。昨日辺りに雄介が言っていたさんぴん茶のようだ。


「それにしても、雄介君とは久しぶりね。前に会ってから、十年くらい経つかしら」


「はい、お久しぶりです。久恵おばさん」


「あら、そんなに畏まらなくてもいいわよ。まあ、本当に長い間、会ってなかったものね」


 奥さんもとい、久恵さんはコロコロと笑う。白いものが混じる髪を肩の辺りまで伸ばし、薄水色のワンピースを着た穏やかそうな女性だ。隣にいる娘さんは私より、ちょっと上だろうか。彼女は髪をショートにして黒いティーシャツに、グレーのスラックスを履いている。快活そうな女性だと思った。


「あ、確か。雄坊と一緒にいる女の子は日野枝夕凪さんって言うさね。雄坊の彼女って聞いたんだが」


「あら、そうだったの!雄介君もやるわね」


「本当にね、雄介君。隅に置けないわ」


「久恵おばさん、それに史子姉も。からかわないでくれよ」  


「あーら、何を言うの。あたしと前に会った時は、夜中にトイレ行けないって泣いてたじゃない。一緒に付いて行ってあげたの、忘れたわけ?」


「……忘れてはないけど」


「なら、普通に紹介したらどうなの。父さんに紹介してもらう前に自分でそれくらいはやりなさいよ」


 ズバズバと娘さんこと史子さんは言う。久恵さんは苦笑いだ。


「……久恵、史子。儂はこれから、雄坊や夕凪さんと話さんといけない。ちょっと、席を外してくれ」


「そう、分かったわ。また、夕食を作ってくるわね。史子、行きましょ」


「分かった、じゃあね。雄介君、夕凪さん」


 雄介や私は軽くお辞儀をした。久恵さんや史子さんはお盆を持って客室を出て行く。二人の足音が遠のくのを待ってから、宮野さんは話し始めた。


「まず、雄坊。ミノサ御嶽についてはどれぐらい、調べた?」


「そうだな、守護龍の嵐月や妹に当たる月華ちゃんに聞いたり。調べてもらったりはした。けど、俺には石垣島の知り合いがいないし。だから、現地に来たんだけどな」


「そうか、嵐月様や月華様に。なら、ミノサ御嶽に伝わる言い伝えを教える。こちらでは有名な話だ」


 そう言って、宮野さんは訥々と語りだした。


 昔に、石垣島にはアイナというムロの娘がいた。ムロはこっちでいう女性の神官を指すんだが。アイナはまだ、十八と若くて。

 ムロの見習いの立場だった。そんなアイナは毎日、仕事を一所懸命にこなし、一人前のムロを目指していた。


 だが、ある日にアイナを見た琉球の王子がいたんだ。王子はアイナに一目惚れをして、無理に琉球に連れ帰ろうとした。アイナは当然ながら、抵抗した。そして、しまいにはアイナは御嶽の近くにある崖にまで逃げて。身投げしてしまった。王子はさすがに諦めて、琉球に帰って行った……。


 宮野さんの昔語りは終わった。私は何とも言えない気持ちになる。あの浜辺で見た女性、あれがムロのアイナさんだったのだろうか?

 よくは分からないが、そんな気がした。


 昔語りの後、雄介や私は宮野さんと三人でミノサ御嶽に明日には行く約束をした。

 夕方になっていたが、食事をいただく事になった。久恵さんや史子さんが作ってくれた八重山そばやオニササ、ゆし豆腐、パパイヤチャンプルーが食卓にズラリと並ぶ。居酒屋のしまんちゅのよりはあっさりしたおそばが特に、絶品だった。オニササは大きめのおにぎりに、鶏のささ身のフライを挟んだ物だ。これは雄介が気に入っていた。私もボリューミーながらに、美味しくいただいたが。

 ゆし豆腐はこちらも喉越しが良く、濃厚な味だった。パパイヤチャンプルーも美味しくて。気がついたら、満腹になっていた。


「ごちそうさまでした」


「本当にごちそうさまです、久恵おばさん、史子姉さん」 


「うん、たくさん食べてくれたから。私としては嬉しかったわよ」


 久恵さんはニコニコ笑いながら言った。史子さんも嬉しそうだ。


「ちなみに、八重山そばやオニササはあたしが作ったの。ゆし豆腐とチャンプルーは母さんだけどね」


「へえ、史子さんが。お料理、得意なんですか?」


「うん、昔から近くに住んでるオバァに教えてもらってたから。特に八重山そばはビシバシと仕込まれたわ」


「そうなんですね、凄く美味しかったです」


「あら、そう言ってもらえると作った甲斐があったわ」


 史子さんはニッコリと笑った。満面の笑みと言った感じだ。


「じゃあ、もう遅いから。俺達は民宿に帰ります。ありがとうございました」


「ありがとうございました」


「ああ、暗いから気をつけてな!」


 宮野さん一家に見送られながら、民宿に戻った。雄介と手を繋ぎながら、ゆっくりと歩き出した。

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白花(はくか)の巫女と銀月の龍 入江 涼子 @irie05

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