ぼくと、むしと、マジックリン
花野井あす
ぼくと、むしと、マジックリン
突然だけれど、ぼくはムシが苦手だ。
正確にはセミとバッタとクワガタ、それからカブトムシ以外が苦手だ。
バッタはぴょんぴょん跳ねて愛らしいし、クワガタとカブトムシはなんと言ってもあの角がかっこいい。セミはつぶらな目がいいとぼくは思うのだが、なぜかこれだけは理解の得られたことがない。あのうるうるとした黒目、可愛いのに。
四種以外のムシがいやゆる「苦手なムシ」なのだが、この苦手にもランクがある。名前を口にするだけでも吐き気がするヤツから、まあ、遠目に見るだけなら……くらいのヤツまで。
もちろん、名前を呼ぶのも卒倒もののヤツがアイツだ。「ゴ」から始まるヤツで、北海道民には馴染みがないとかあるとかいう、アイツだ。化石で見つかってもまったく嬉しくないアイツは、とにかくヌルっと何処にでも入ってはテラテラと黒光りして、「フハハハ!一匹いると思ったら百匹いると思うぜ!脱皮したての白いのはレア度高めだぜ!」と主張してくる。
ぼくはソイツの名前すら呼ぶのがいやで、「平たいコオロギ」と呼んで忌避感を米粒ほどでも小さくしようとするのだが、そんなことをしたところで苦手が治るはずもない。部屋で見つけでもしたら、ぼくはへっぴり腰になりながらも、お高いお金をつんで業者さんへ(同居人が)即コールだ。
なら飲み屋さんの近くに住むなよ、というところなのだが、通勤時の利便性と日々残業による思考停止が「また今度……」と先延ばしにさせている。
これはまあ、極端なはなしだ。名前すら呼ぶのがいや!なんてむしろコイツくらいだ。
では逆に、遠目に見るくらいなら……というムシは何かと問われれば、チョウやアリ、カマキリなどが挙げられる。
え、セミはいけるのにチョウはダメなの?
ダメなんです。うっかり鱗粉に触ってしまってから怖いんです。でも遠目に見るだけなら綺麗だなあ、で終わるから。
アリは隊列を組んでいるのが愉快だし、カマキリはなんとなくあの鎌をかまえている仕草が愛らしい。でもアリはまあ、なんか触ると気持ち悪いし、カマキリは鎌が痛そうなので、観察するにかぎる、とぼくは思っている。もちろん個人の感性の問題なので、同意は求めない。……セミは可愛いと思うんだけどなあ。
微妙なラインなのが蜘蛛だ。
いや、蜘蛛は昆虫じゃないよ!
知ってます。蟲と書いてムシと読んでいるんです。
自分でツッコんで自分で回収するほど悲しいものはないのだが、執筆者はもくもくと書いてものをお出しするしかないので、こうしてひとり漫才をするしかないのである。
とにかく、蜘蛛のお話に戻そう。
ぼくは巣を張らない、ぴょーんぴょーんと跳ねる足の短いヤツは「見るだけなら嫌いじゃないヤツ」に分類している。ちっちゃい頃から「ぴょんぴょんグモさん!」と呼ぶくらいには親しみを持っている。
ちなみにこの蜘蛛の名はぴょんぴょんグモなどではなく、正しくはアダンソンハエトリと言い、ハエや蚊、平たいコオロギの赤ちゃんなんかを食べてくれるありがたーい蜘蛛だ。まあ逆に、こいつが生き生きしていることは、そういった害虫がいるということになるのだが……。
逆に、巣をはるヤツや足の長いヤツは大の苦手である。アシダカグモとかイエユウレイグモなんかである。すでに名前を例示したのでお分かりだと思うのだが、名前を呼ぶと悲鳴を上げる、というほどではない。が、見るのは嫌というくらいには苦手である。
だが悲しいかな。そういうヤツに限って荷物にくっついて持ち込んだりしてしまうのである。最悪、部屋の隅っこに巣をはられてしまったりするのである。ぼくの家はそこそこ綺麗にしているので、きっとそんなところに張ってもたいしたご馳走にありつけないだろうに。などと思っても、迷い込んだ子羊さんは平たいコオロギのような軟体生物ではないので出るにでられず、巣を張るしかないのである。
何を言いたいのかと言うと、ついこの間、その残念な彷徨える旅人を見つけてしまったのである。足がすらりと細長く色白さん(茶色)な、人間の女性ならきっと美人さんと呼ばれるたぐいのヤツなのだが、棚をどけたら目が合ったのである。
ぼくはビックリしたらたいてい、無言で固まるタイプなので、しばらく頭の中で「え?どうする?」と考えまくったものだ。ティッシュごしに触るのは嫌だし、でも放って置くのもいやだし。なのでぼくは「そこを動くなよ、ベイビー」と指さしながら恐る恐る後退して、トイレの花子さんとシャワーを浴びていた同居人に「ちょっと失敬」と言ってあるものを取り寄せた。
ここでようやく、タイトル回収というわけだ。ぼくは無言でありったけのマジックリンをかけまくり、相手を毒殺したのである。
完
ぼくと、むしと、マジックリン 花野井あす @asu_hana
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