エリヤとレヴィ
灯台に辿り着いたレヴィは、その内部に足を踏み入れた。
「ここに来たのは久しぶりだな……それに、夜に来るのは初めてだ」
レヴィに続いてエリヤが灯台に入り、ランプに照らされた細い螺旋階段を見てエリヤは慄く。
「これを登るのか!? エレベーターは?」
「そんなもんあっても、停電したら使えないだろ。さあ、先に行ってくれ」
渋々ランプを持ったエリヤが先に階段を登ることになった。
「昔の人は毎日何回も登ったんだ、今更何を怖じ気づいているんだ?」
「でも、何だか怖くないか?」
「確かに……」
しばらく人の踏み込んだ気配のなかった灯台の中は埃っぽく、上を見るとどこまでも吸い込まれていきそうな闇があるような気がした。レヴィに怖がりだと思われたくないエリヤは、勇気を出して階段を登り始めた。
「畜生、何段あるんだこれ?」
「高さはざっと三十メートル。段数は……わからない」
「いいよもう、とにかく一番上まで登ればいいんだろ!」
エリヤはこれほど急な階段を何段も登ったことがなかった。それに片手に持ったランプ以外の灯りがない場所も初めてだった。
「なんか出てきそうじゃないか?」
「出てきたとしても虫か何かくらいだよ」
どこまでも冷静なレヴィに、エリヤは吹き出した。
「現実的だなあ、君は」
「そうか? 自分では想像力は豊かだと思っていたんだけどな」
「よく言うよ」
二人で軽口を叩いていると、ランプの外にもどんどん光が広がっていくような感覚があった。レヴィに言わせれば「暗闇に目が慣れてきたんだろう」と言うと思ったが、エリヤは二人で階段を登っているからだと思うことにした。
ようやく頂上に辿り着いて、二人は灯台から見た景色に心を奪われた。灯りの消えてすっかり日が暮れた街は真っ暗だと思われたが、既にあちこちにかがり火が焚かれ、ほんのりとした灯りがいくつも確認できた。それから海に目を向けると、港の停電を受けて入港出来ない船舶たちの灯りも確認できた。
「なんだ、思ったより明るいじゃないか」
「でも、せっかく来たんだ。景気づけに大きいのを光らせよう」
レヴィはエリヤをランプを置く場所へ導いた。
「でかいなー……」
灯台のレンズを見たエリヤはその大きさに驚いた。人の背丈よりも大きくて渦を巻いたレンズに関心していると、レヴィに背中を小突かれた。
「この真ん中でいいのか?」
「ああ、こんなランプでもないよりマシだろう」
かつて光源があったと思われる場所に、エリヤはランプを置く。
「頼む、光ってくれ!」
ランプを置いて海上を見ると、レンズによって増幅された光が淡く遠くの方まで伸びていくのが見えた。
「やった、成功だ!」
喜ぶエリヤと反対に、レヴィは考え込んでしまった。
「本来はもっと強い光になるはずなんだけど、やっぱりランプじゃ光源には足りなかったか……? 本来はハロゲンランプくらいは欲しいんだけど、停電時で光源の確保は……」
考え込むレヴィの背中をエリヤは叩く。
「ま、とりあえず明るくなったんだ。細かいことは後で考えようぜ」
「でも……」
「後で僕も一緒に考えるさ」
エリヤの返事に、レヴィは顔をぱっと明るくした。それからエリヤは巨大なレンズに注目した。
「これ、どうやって回すのかなあ……?」
エリヤの知識では、灯台の明かりはくるくると回っているはずだった。するとレヴィが即座に疑問に答える。
「巻き上げ機の分銅を落とすんだ、でも、巻き上げ方は、知らない……」
「きっと、そのうち誰かわかる奴が来るだろう」
今頃になって、急に点灯した灯台を見て大勢の大人が駆けつけてきているのだろうとエリヤは想像する。そしてレヴィと灯台の頂上に座り込んだ。今頃になって足がガクガクと震え始めたことが、エリヤにはおかしかった。
「なあ、今度お前んちに遊びに行っていいか?」
エリヤが尋ねると、レヴィは応える。
「それは父さんが喜ぶよ。あと僕もひとつ」
ひと息ついて、レヴィが続けた。
「君と一緒にサッカーがしたいよ、エリヤ」
「もちろんだ、レヴィ」
座り込む二人の後ろで、巨大なレンズと石油ランプの作った大きな光が真っ暗な街と海上をどこまでも照らしていた。
〈了〉
ガラクタの灯台 秋犬 @Anoni
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