あの頃の未来に、僕らは立てない。

 SFは未来を描いてナンボみたいなところがある。だけど僕は未来SFが書けない。最近書いてきた作品はいずれも時代設定が2020年代というコンテンポラリーなものばかりだ。それはなぜか。


 いきなり話は変わるが、歌の歌詞というのは、僕にとっては大抵が陳腐な内容で全く聴くに堪えないものだ。だから普段はヴォーカルのないインストゥルメンタルな曲しか聴いていないのだが、それでもごくたまに刺さる歌詞に出会うこともある。その一つが、スガシカオ「夜空のムコウ」のこの一節だ。


 あの頃の未来に 僕らは立っているのかな


 1998年にこれを聴いたとき、とてつもないセンス・オブ・ワンダーを感じた。そしてその3年後の2001年。それまで何度も見た映画「2001年宇宙の旅」をあらためて見かえした僕は、つくづく思い知らされたのだ。


 どう考えても「あの頃の未来」に僕らは立っていない。


 人間に反乱するようなコンピュータもなければ、月面基地も人工重力のある宇宙ステーションもない。そもそもPANAMなんて航空会社は消えてしまった。

 まあ、確かに「ディスカバリー」という宇宙船は一応存在していた。だがそれは木星に行けるような核パルスロケットエンジンなんか積んでなかったし、人工重力もないし人工冬眠もできない。余談だが筆者はワシントンDCのウドバー・ヘイジー・センターで本物のディスカバリーを見たことがある。外壁のセラミックコーティングが柔道着のようにザラザラした質感なのが意外だった。


 閑話休題。いや、もっと言えば1999年にマクロスが落ちてきてなかった時点で「あの頃の未来」は既にかなり色あせていた。そして2001年の2年後の2003年にトドメを刺された。この年登場するはずの、十万馬力と七つの威力を持つ少年ロボット「鉄腕アトム」は……生まれなかった……


 もちろんSFによる予言が的中した例も無いわけではない。「2001年」の映画では、ディスカバリーの船内でボーマンとプールが飯を食いながら今で言うタブレットPCのようなものを見ているシーンがある。小説版によればこいつには「ニュースパッド」なる名前が付いている。iPadの元ネタなのは間違いなかろう。残念ながら2001年には間に合わなかったが(iPadの発売は2010年)。


 だけど、そんな例は決して多くない。外れた予言の方が圧倒的に多いだろう。それもそのはず。そもそも、未来を確実に予測することは原理的に不可能なのだ。


 量子論はその不確定性でラプラスの悪魔をぶち殺してくれた。もちろん量子論が通用するのはミクロな世界。デコヒーレンスのおかげで僕らが日常的に生きているマクロな世界は量子的じゃない。しかし……僕らが生きている現実は、カオスが支配する非線形な世界でもある。だから、ミクロな世界のわずかなボタンの掛け違いが、バタフライ効果によって大きく増幅されていく。結果、確実な未来など誰も予測できないのだ。


 とまあ、こんな感じで、僕はすっかり未来というモノに失望してしまったのである。だから未来を描くSFが書けなくなってしまった。書いてもあっという間に陳腐化してしまう、と思うとどうしても書けない。


 いや、実はすでにやらかしてる。「捨てられたものたちの哀歌エレジーhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054892905721

 で僕は時系列データの機械学習アルゴリズムとしてLSTMを挙げているが、ご存じの通り今はもうTransformerの天下だ。たった数年でもこの有様。悲しくなってくる。


 てなわけで、全く未来モノが書けなくなってしまった。せいぜい現実と地続きの世界しか書けない。でも……


 そもそも、僕の原点とも言える眉村卓や光瀬龍といった作家たちのジュブナイル作品はみなコンテンポラリーなSFだった。それでも十分面白かったし、むしろ少年少女にいきなり超未来の世界を提示したところで、親しみを持ってくれるかどうかは難しいところだろう。


 それに。


 未来科学に頼らなくても、現代科学だって十分にワンダーなのだ。


 「微生物体の戦女神マイクロバイオーム・ヴァルキリーhttps://kakuyomu.jp/works/16817330656621608512 で僕は、現代科学からの逸脱を最小限に抑えた宇宙からの侵略ものを書いた。その結果「エ○チすると強くなるヒロイン」という「それなんてエ○ゲ?」的な設定が爆誕、しかもクライマックスでヒロインがビキニの水着で大活躍するというトンデモないお話になってしまった。


 まあこれがワンダーかどうかはともかく、こういう展開こそ僕が本来目指すべき方向性なのかなあ、とも思う。なので、やっぱしばらくは僕が未来モノを書くこともなさそうだ。でも気が向いたらなんか書くかもしれない(結局どっちやねん)。

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