ある朝チート能力に夫が目覚めた時の妻の対処法

よし ひろし

ある朝チート能力に夫が目覚めた時の妻の対処法

 妻はいつものように朝食の支度を終え、夫を起こしにベッドルームへと向かった。


「あなた、時間よ」

 ドアを開け、声をかけると、すでに夫は目覚め、ベッドの上に半身を起こしていた。


「あら、どうしたの今日は?」

 いつもは体を激しく揺すらないと起きない夫が、一人で目覚めたことに妻は驚き、目を丸くする。


「うん、実は俺――能力に目覚めたしまったようだ」

 夫が真面目な顔のまま妻を振り向く。


「え? そう…、夢の話? それとも、あなたの好きな異世界アニメのことかしら?」

 妻が訊くと夫は重々しく首を横に振り、


「違う。俺自身が目覚めたのだ、特別な力に……」

 そう言って真剣なまなざしで妻を見た。


「え、ああ…、そうなのね。ま、いいわ。それよりも朝食にしましょ。会社、遅刻するわよ」

 夫の話をあっさりと受け流す妻。


「いや、会社には行かない。俺は崇高な使命を授けられたのだ。この新たな力で、世界を救うんだ!」

 夫がぐっと右の拳を握り締める。


「何をバカなこと言っているの。さ、早く起きて。朝食よ!」

 突然中二病を発したかのような夫をまるで相手にせずに、妻はベッドに近寄ると、そこから追い出すかのように夫の背中を強く叩いた。


「痛っ! ちょっと、信じてないだろう、お前」

 ベッドから立ち上がりながら、夫が目前の妻に抗議する。


「信じるとかどうでもいいの。とにかく会社にはちゃんと行って!」

 妻が怖い顔で夫を睨む。


「いや、ダメだ。今日は引けないぞ。天から授かったこの力、無駄にはしない!」

 いつもなら妻のひと睨みで自分の意見を引っ込める夫も、今日ばかりはと反抗する。


「あなたっ! わかってる、この家のローンがあと何年残っているのか? それに、来年には子供が生まれるのよ!」

 妻が自らの腹部を抑えて怒鳴る。まだ目立たないが妊娠三ヵ月だ。結婚五年目にしてやっと授かった待望の子供が来年早々には生まれる。


「いや、その、でも…。これは、運命なんだ、済まない、わかってくれ」

 珍しいことにまだ粘る夫。


「わかるわけないでしょ! ――あなた、世界と私、それに赤ちゃん、どっちが大事なの?」

 妻がとうとう究極の選択を迫る。


「いや、あー…」

 答えない、いや、答えられない夫。


「それに、なんなのよ、そのチート能力って? 世界を救えるほどの力なの?」

 妻の追撃。


「そ、それは――、その……、紙ぶ…、く……」

 夫が口ごもる。それを見て、妻が更に畳みかける。


「聞こえないわね。なーに、はっきりしなさいよ、勇者様!」

 嫌味たっぷりに言われ、夫が開き直った。


の中身を透視できる能力だ!」

 夫が叫び、どうだと言わんばかりの顔をする。


「へっ……、紙袋?」

 妻が拍子抜けしたような声を上げる。


「そうだよ、紙袋だよ。ビニールでも、布でも、皮でもなく、紙の袋の中身が見えるようになったんだよ。どうだ、凄いだろう!」

 やけくそ気味な夫の態度。それを見て、妻がカチンとくる。


「ほう、それでどうやって、世界を救うと? あなた、さっさと朝食すませて、出社しなさい」

 地の底から響くような低い声で妻が夫に詰め寄る。


「いやいや、特別な力だぞ。チート能力だ。きっと何か世界の役に立つ!」

 力を得たせいなのか、今日の夫は中々折れなかった。


「はぁ? その程度の力で何言ってるるの。特別ぅ? ちゃんちゃらおかしいわ」

 妻はそういうと、突然右手の指をパチンと鳴らした。

 すると、ベッド脇のサイドテーブルに飾ってあった数体のフィギュアが宙に浮かび上がり、夫めがけて飛んでいく。


「えっ、な、なんだ、これ…!?」

 動揺する夫。


「私の力、遣いの能力よ。フィギュアでもぬいぐるみでも、プラモデルでも、私が人形だと思えば、こうして自在に操れるのよ!」

 言いながら妻が手を振る。すると飛んできたフィギアたちが一斉に夫の顔面目掛けて攻撃を始める。


「や、やめてくれ。俺の大切なレムが――痛い! わぁ、目に入った、足が目に――」

 夫が両手で頭を抱え、フィギアから逃げ惑う。


「わかったぁ? あなた程度のちんけな能力で、世界をどうこうとか言わないの! しっかりと働いて、我が家だけ守っていればいいの。アーユーアンダスタンド?」

 身をかがめ床に縮こまる夫を見下ろし、妻が言い放った。


「わ、わかった、わかったから、もう許して……」

 半べそ状態の夫を見て、妻が右手をすっと振る。するとフィギアたちは夫を離れ、元の棚へと戻っていき、元のまま動かなくなった。


「さあ、朝食にしましょう。早くしないと遅刻するわよ、あなた」

 にっこりと微笑みを浮かべる妻。


「あ、ああ、わかった、頑張るよ、今日も、仕事……」

 消えりそうな声で答える夫。



 以上、ごく普通の家庭の、よくある朝の一場面でした。


 おしまい

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