第5話(最終話)『二枚目ナイスガイ』

 宇宙ホタテの近くに停泊する、巨大な黒蝶くろちょう真珠をお尻につけた、大型宇宙船。船内のメインルームには、再び円卓を囲む四人の姿。

「で、山頂の割れ目、正確には、二枚貝がパカッと開いたところから、それはそれは、美しい玉が放たれてね。もう私、驚きと感動のあまり、固まっちゃったわよ。梨子にも見せてあげたかったなぁ」

 麗子が、早速梨子に、土産話を聞かせている。

「本当、見たかったわよ。にしても、信じられないような話だけど、現実に起こったのよね。あの大きな黒蝶真珠が、何よりも、その証拠」

 不運にも母船で留守番していた梨子は、惑星、もとい宇宙ホタテでの出来事を、頭の中に思い描いているようだ。

「あ、そうだ。代わりに、と言っちゃあ何だけど、僕も今、梨子に見せたいものがあるんだ」

 哲夫がそう言って急に席を立つと、梨子の目の前で、片膝立ちになる。梨子は、困惑する。

「なになに? 楽しくなってきたわね。今度は何が起こるわけ!?」

「おっ! 今日は盛りだくさんだなぁ!」

 麗子と淳が立ち上がり、場を盛り上げる。すると哲夫は、どこからともなく、手に収まるサイズの、角の丸い四角い箱を取り出した。上質な、赤いベルベットの箱。左の手のひらの上に、その箱を丁寧に乗せる。そして、右手で箱を上から包みこみ、ゆっくりと、二枚貝のようにパカッと開いた。


 大粒の真珠の指輪。


 指輪は、緩衝材のスリットからピンと立ち、リングの頂点にあしらわれた乳白色の玉が、堂々と遊色効果を見せつけている。

「梨子、僕は君を愛している。さっき、あの宇宙ホタテの殻の大地の上で、摩訶不思議な現象の数々が起きている時も、君の顔がちらついた。死ぬかもしれない、もう君に会えないかもしれない、でもそんなのは嫌だ、そう、強く思ったんだ。今、こうして君のそばにいられるだけでも、奇跡だと思っている。でも、ただそばにいる以上の関係に、なりたいんだ。梨子、僕と、結婚してくれないか」

 哲夫は、凛々しい顔つきと、落ち着いた声で、そう告白した。

「まぁ……驚いたわ。哲夫、もちろん私もあなたのことを、愛しているわ。肝心のプロポーズへの返事は、宇宙に相応しい言い方をすれば……聞き間違いされちゃあ、困るから、こうよ。『Affirmativアファーマティヴe』、つまり『はい』よ」

 梨子はそう言って、指輪を構える哲夫の手を、両手でそっと握る。二人は立ち上がり、抱き合った。

「梨子、素敵な返事を、ありがとう。実は、この宇宙の旅を無事終えられたら、僕は梨子に、プロポーズしようと決めていたんだ。本当は、地球に到着してから、と思っていたんだけど、居ても立っても居られなくて」

「もう、それでも遅いくらいよ。私、ずっと待ってたんだから」

「待たせてごめんよ」

 哲夫は梨子を、いっそう強く、抱きしめた。

「よかったよかった。にしてもその指輪と箱、デジャヴだなぁ。まるで帆立貝から、真珠が飛び出たみたいで」

 淳の指摘には、明らかな含蓄がある。

「本当に。まさか哲夫、あの惑星の正体を最初から知ってた?」

 麗子が冗談混じりに尋ねる。

「あはは、さすがにそれはないよ。さ」

 哲夫は、わざとらしくそう言った。

「玉だけに、ね。そういう私は、大物実業家一家に嫁入り、の輿ってとこかしら? で、この白玉のついた指輪をそろそろ……」

 梨子は、哲夫が持つ真珠の指輪に視線を移す。すると哲夫は、梨子を抱いま、彼女の左手の薬指にそれを通してやった。


「これでよし。じゃあ、地球に戻ろうか。JAMAXA、進路を地球に設定。それと、何か音楽が欲しいな。僕たちの輝かしい前途に相応しい、珠玉の一曲を頼む」


〈完〉


【拙作にお目通しくださり、誠にありがとうございます。八月中は引き続き、『カガクラ夏のSS祭り』をお楽しみいただけると、幸いでございます】

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この惑星、生体反応あり。 加賀倉 創作 @sousakukagakura

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