第4話『星漁り』

 やや湿り気のある地面。静寂の中で、二酸化炭素探知器の反応音が、一定の間隔で、ピコン……ピコンと虚しく鳴っている。土とも砂とも岩とも言えない地表を、軽くえぐりながら踏み締めていく厚底ブーツが六つ。それらが残してきた足跡は、オパールの遊色効果の如く、妖しく輝いている。見渡す限りの地平線。今、哲夫と淳と麗子の三人は、無事着陸した小型船から離れ、惑星を探索中である。なだらかな起伏の続く大地には、ところどころ苔のようなものが生え、緑っぽくなっている部分も散見される。遥か遠くには、頂上が尖った、山と思しき大地の高まりがそびえる。奇妙なことに、その山を縦に真っ二つに切り裂くように、長大な溝が走っている。


 ピコピコピコピコ、と探知器からの音が、急に騒がしくなる。

「何? やけにうるさいじゃない」

 痺れを切らした麗子が、哲夫から探知器をひったくる。

「おいおい、乱暴だなぁ」

 哲夫は大して抵抗もせず、大人しく探知器を麗子に譲ってやる。探知器のディスプレイには、母船で見た大きな円とは異なる、無数の矮小な円が表示されている。

「反応はこんなにたくさんあるのに、動物を全く見かけないのはどうしてなの?」

 不思議に思う麗子。

「あれじゃないか、微生物がウジャウジャいるんだろう? あ、ってことは、船内は実は、無菌だったのか?」

 淳の頭にも、疑問が湧いてくる。

「えーっと、実は、目に見えない大きさの生物に反応するように、探知器の感度を上げてみたんだ。で、淳の言う通り、これだけの反応があるってことは、好気性の細胞がたくさんいる証拠だね」

 哲夫がそう答える。

「なんだ、そういうことなら事前に言ってくれよ」

「あはは、ごめんごめん。あ、ちょうどそこに水溜りがあるね。せっかくだから、どんな生物がいるのか調べてみよう」

 濁った、小さな水溜り。哲夫はそのそばにしゃがみ込むと、バックパックから簡易計測キットを取り出す。中身は、万華鏡のようなレンズ付きの小さな筒に、ごくありふれたスポイト。スポイトの先を水溜りの表面につけ、水を吸い上げる。その水を、筒の蓋を開けて中へと垂らす。蓋を閉めて、レンズを覗き込む。ひしめき合う微生物たち。彼らの体はレンズによって拡大され、グロテスクな細胞構造があらわになっている。

「ねぇ、何か見えるの?」

 麗子が哲夫のそばに寄って、尋ねる。

「そうだなぁ……これはミジンコかな? あとは、ゾウリムシみたいなのも。色んな形の微生物が、たくさんいるね」

「あぁ、あのエイリアンみたいで気色悪い奴らね」

 麗子は、苦虫を噛み潰したような顔をして、水溜りから離れた。

「でさぁ……肝心の巨大生物は? あるのはせいぜい苔くらい。まだ虫けら一匹すら見かけない。それじゃあ遥々やってきた甲斐が無いってもんだよ」

 淳は、小さい生物には、興味が無い模様。

「そうだなぁ、大きな反応円の出ている方角はどっちだっけ……麗子、探知器、ちょっと返してもらうよ」

「はい、どうぞ」

 哲夫は麗子から探知器を取り返すと、感度を少し下げてみた。すると画面の右下、現在地から南東方向に、大きな円の一部が表示される。

「二酸化炭素の発生源は、あの溝のある大きい山の方角だね」

 哲夫がそう言って指差した山の頂上には、さっきまで見えなかった煙のようなものがモクモクと漏れ出したのが見えた。次の瞬間、探知器はピピピピピピピ、とこれまでにない程のけたたましさで、鳴り始めた。

「なんだあれは……っておい哲夫、探知器の大きい円が消えたぞ!?」

 淳が探知器の異変を指摘する。麗子はというと、立ち尽くし、ただただ山を見つめている。

「消えた……!? どういうことだ? 考えられる可能性は…………」

 哲夫は考えを巡らせる。

「あれだ、あの中にきっと怪物がいるんだ。その怪物が巨大すぎて、反応円が画面上に収まりきっていないだけ、とか? 探知器の測定域を極限まで広域化してみよう!」

「ああ、してみるさ」

 哲夫は淳の言う通りにしてみるのだが、いっこうに目当ての円は表示されない。山からの煙の噴出は激しさを増す。そして鳴り止まないピピピピピピピピ、という探知器の音。さっきより一オクターブほど音が高くなっている。かと思えば、次はドドド、と地鳴りが聞こえ始めた。

「まずいことになってきたな。っておっと! 今度は揺れ始めたぞ!!」

 淳は思わず体勢を崩す。地震、それも大きな揺れ。

「転ばないように、姿勢を低くしよう! 麗子も、ぼーっとしてないで、ほら」

 哲夫の合図で、皆、その場で片膝をつく。

「待てよ、揺れてるだけじゃない! あの山のいただき、溝の幅がどんどん広がってないか? 地割れだ! 大地が、裂けだしたんだ! 次は何だ、巨大噴火でもしてしまうのか!? 俺たちは、どうなってしまうんだ!?」

 淳は、次々と起こる惑星の異常に、物怖じしている。

 地割れが、まるで一閃の稲妻のように、太く走る。そしてそれは、太い、どころではとどまらず、まるで怪獣が大顎を開くかのようにさらなる広がりを見せる。

「あれは大地が割れているんじゃない。開いているんだ! おい、溝がこっちまで来るぞ! 避けろ!」

 哲夫は、淳と麗子の手を取って、引き寄せる。

 大地の裂け目は、彼らの目の前を横切っていく。地面はバキバキと破砕され、屑が撒き散らされる。あっという間に、彼らのいる場所は、険しく切り立った崖へと一変した。対岸は、人間の身体能力では到底届かないほどに離れてしまった。そうしてできた溝は、クレバスの深淵しんえんのようで、吸い込まれてしまいそうなほどに、果てしない漆黒の奥行きが続いている。彼らを襲った地殻変動は、そう長くは続かず、ピタリと止んだ。三人はしばらくの間、言葉を失わずにはいられなかった。

「間一髪、だったな」

 淳は、そう言った後、口をぽかりと開けたままになっている。

「ああ。惑星が大人しいうちに、引き上げた方が良さそうだな。また同じようなことが起こるかもしれないし。僕たちが乗ってきた宇宙船は……無事みたいだ」

 哲夫は、遠く離れた、豆粒大の小型探査船の降着脚こうちゃくきゃくが、確かに地を踏み締めているのを確認して、そう言った。

「よかった。なら早いとこ向かおうか」

 淳は、宇宙船の方向に歩き出す。

「待って」

 麗子がボソリと、だが力強く呟く。

「どうした?」

 淳が立ち止まり、麗子の方へ振り向くと、彼女は、数分前まで山の頂だったあたりを指差している。今はもう、山頂はパカッと割れてしまっているのだが、妙なことに、割れ目からは正体不明の艶めいた輝きが覗いている。

「なんだ、あれは?」

 淳が目を細めて、その輝きを観察しようとする。すると、ゴゴゴゴ、と惑星が再び揺れ始める。

「はぁ、また始まったか……」

 哲夫が溜息をつく。だが今回の揺れは、すぐにピタリと止んだ。

 そして次の瞬間。

 山頂の割れ目から、乳白色の玉が、ポンッと、大砲の玉のように、空めがけて真っ直ぐ射出された。玉は一つだけではなく、ポンポンといくつも打ち上げられる。

「おいおい今度は何なんだ! ってちょっと待てよ、あの玉、何だか見覚えがあるぞ? えーっとあれは……」

 淳は思い出そうとする。

「確かに……あ! あの玉は……さっきこの惑星のそばで見かけた衛星とそっくりじゃないか!!」

 哲夫が叫ぶ。

 次々と連射される玉。乳白色のものもあれば、黒光りするものもある。それらは、共通して、思わず見惚みとれてしまいそうな淡い緑色や桃色の干渉色を放つ。

「……真珠」

 黙っていた麗子が、ボソリと呟く。彼女は玉の美しさに魅了され、直立不動している。

「真珠? 何言っているんだ麗子、あんなに大きな真珠があるわけないだろ! でも待てよ……確かに、真珠のような光り方をしているかもしれない」

 淳は麗子の突拍子もない主張に、半信半疑である。

「そうか、そうなのか! ああ、わかったぞ……ここは、ここは惑星なんかじゃない!!」

 哲夫が、さっきよりも大きな声で、叫ぶ。

「なんだって? おい哲夫、そりゃどう言うことだ?」

 淳は、哲夫の両肩を掴んで、激しめに揺らす。

「この惑星全体が、一匹の、生きている貝なんだ! そう、言うなれば、宇宙ホタテ!!」

「はぁ!? 宇宙ホタテだって!?!? 何だ、宇宙に漂う貝がいるって言うのか? そんなことって、あり得るのか?」

「そうとしか思えない! だからこそ、二酸化炭素の反応も、レーダーに収まりきらないくらいにとてつもなく大きかっただろう?」

「た、確かにそれは説得力のある説明だ」

「よし、決めた。あれを一つ、地球へ持ち帰ろう」

「おい哲夫、正気か?」

「うん、もちろん。遥々やってきて、こんな大変な目にあったんだから、お土産の一つくらいないと割に合わない」

「そ、そうか。でもあの玉っころは、とてつもなく大きそうだぞ? どうやって運ぶんだ?」

牽引けんいんビームさ。父さんがくれた巨大宇宙船は、フルカスタムだからね」

「さすが、そう来なくっちゃ。じゃあ梨子に連絡しないとだな」

「だね。調子がどうだか、心配だけど、出てくれるだろうか」

 哲夫は、腕の通信装置のボタンを押す。すると、すぐに反応があった。

「あ、哲夫? 惑星探索はどんな感じ? ちなみに私の方は、すっかり調子が良くなったわ。なんでも生成装置に作らせた胃薬を飲んだら、腹痛がピタッと止んだの。すごいわね、あれ」

 梨子が、元気良くそう言った。

「それはよかった。で、急ぎでお願いがあるんだけど、JAMAXAに頼んで、牽引ビームを使って欲しいんだ」

「牽引ビーム? 何それ?」

「惑星での収穫物を、特殊なビームで吸い寄せる機能だよ。とんでもないものが見つかったんだ」

「そんなのがあるのね! あ、そのとんでもないものっていうのはひょっとして、さっきからあなたたちがいる惑星からポンポン飛び出ている、キラキラしたボールのようなもののことかしら? 気になってたのよね」

「ご名答。話が早くて助かるよ。じゃあ、牽引を頼んでいいかな? 梨子が好きなのを一つ、選んで欲しい」

「えっ、本当? 私が選んでじゃっていいの?」

「ああ。君の感性に、任せるよ」

「了解よ! じゃあ早速。JAMAXA、牽引ビームを、あの黒っぽい玉に使って!」

 梨子の合図で、上空で数珠のように連なっている玉の群勢から、黒い真珠が一つ、引き抜かれて、他の仲間たちとは別方向に、不自然な軌道で移動し始めた。

「おおっ、梨子は黒蝶くろちょう真珠を選んだか。お目が高いな」

 哲夫は、梨子の選択に感心する。

「ほぉ。牽引ビーム、なかなかの性能じゃないか。なぁ、麗子もそう思わないか?」

「……なんて綺麗な黒蝶真珠」

 麗子は、真珠の黒に吸い込まれそうになっている。牽引ビームの方に夢中なのは、淳だけのようだ。三人は玉が昇っていくのを見届けると、小型船に戻って、母船に帰投した。


〈最終話『二枚目ナイスガイ』に続く〉

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