第3話『あたり星』

 哲夫と淳の会話に聞き耳を立てていた麗子が、一時はクラムチャウダーの海に沈んだイヤリングを優しく布で拭きながら、ふと天井に掛かったディスプレイを見上げる。そこには、目がほどに光り輝く恒星の姿があった。麗子はさっと立ち上がって、観葉植物の方に声を投げる。

「ちょっとお二人、盛り上がってるところ申し訳ないけど、その強い光ってやつがちょうどそこに」

「「どこ!?」」

 男たちは同時に振り向き、間髪を容れずに息の合った返事をする。

「あっ、あの光は! あの恒星があるってことは、例の惑星のある惑星系に来たってことだよ。ほらほら! ちょうどあの恒星の脇に見えるのが、父さんの見つけた惑星だ」

 ディスプレイを見上げた哲夫が、目を輝かせ、その強い光とやらを指差しながら円卓のそばに舞い戻る。

「おっ、ついに宇宙人の星とご対面か! どれどれ……あの桃色に光っているやつか! いや待て、緑色っぽくも見えるな。でもベースの色は……白か?」

 淳は跳ねるような足取りで哲夫の後を追い、同じくディスプレイに魅入る。

 三人の声に釣られ、梨子も徐に腰を上げ、ディスプレイを見つめる。四人は円卓を取り囲み、まるでミーアキャットのような立ち姿で、同じ方向を見ている。


 綺麗な球とは言えない、ややゴツゴツとした惑星。それは恒星の光を反射して、ところどころ、淡い色彩を持って艶めいている。宇宙船がさらに惑星に近づくと、その惑星が複数の衛星を従えていると判明した。それらもまた、惑星と同じ組成をしているのか、宝石のように美しく煌めいている。白を基調とするものもあれば、稀に黒っぽいものもある。ベースの色は違えど、光り方はどれも似通っている。


「へぇ、なかなか綺麗な見た目をしているじゃない? 形はちょっとヘンテコだけど。それに、周りに小さい星もたくさん見えるわ。こっちも、悪くない艶をしているわね」

 麗子は惑星とその衛星たちに、まずまずの評価を下す。

「綺麗なのは……良いことね。でも肝心なのは、実際に私たちがあの星に降り立つことができるか、よね?」

 梨子は、ディスプレイに映った惑星と、隣にいる麗子が持つイヤリングのダイヤを交互に見て、そう言った。

「うんうん。そうだ哲夫、確かあの惑星では、酸素ボンベ無しでも呼吸可能なんだよな? そうだよな? あ、重力は? もしかして大ジャンプができたりして?」

 淳は興奮気味に、哲夫に尋ねた。

「えーっとまず、あの惑星を覆う大気の組成は、父さんが行った分光観測によると、窒素と酸素が体積割合で九十九パーセントで、その体積比はおよそ七対三。十分呼吸可能だね。で、重力も、地球よりほんの少し大きいくらいだって聞いてる」

 哲夫は、淡々とそう答えた。

「良いねぇ! じゃああとは……小型船が着陸できるような硬い地表があるかどうか、だよな?」

「だね。JAMAXAジャマクサ、地上の拡大映像を出して!」

「ジャマクサ? なぁに、それ?」

 梨子は、その聞き慣れない言葉に困惑する。

「 知らない? 『いことを、てオーケーな、レントな、シスタント』の略だよ。『JAMAXA』の後に指令を続ければ、大体なんでもやってくれる優れものさ」

「あらそう。でも私、的確な指示を出せるか心配だし、そういういかにも理系って話は、殿方にお任せするわ。ね、麗子」

「ええ、そうね。下手に指示を出して、宇宙船が墜落して地球に帰れなくなったりするのは、嫌だもの」

 麗子は、いつの間にかあるべき場所に戻った大粒のダイヤのイヤリングを弄りながら、そう言った。梨子は麗子の耳元で揺れる煌めきに、釘付けになっている。女子二人は、科学技術を行使する権利を、放棄した。

「仕方ないなぁ。そう言うことなら、お任せあれ。あ、映像が出たね」

 ディスプレイに映るのは、ゴツゴツとした岩肌のような地表。見るからに、硬そうだ。

「ほぉ、着地できそうだな。JAMAXA、地表の組成は?」

 JAMAXAは哲夫の指令に即時応答し、ディスプレイ上に元素名とその割合が次々と表示されていく。

「カルシウムが十パーセントだって? 地球の地殻の三倍はあるぞ。それに……」


 表示された文の最後には、『特記事項:炭酸カルシウムを極めて多量に含有』とある。

 

 哲夫は、その文言に何か思うところがあったのか、少し眉をひそめて、無言で淳の顔を見つめる。そこで淳は、すぐさま、哲夫を軽くたしなめる。

「まぁまぁ、哲夫ってば勘繰りすぎだって。所詮、予測値だろうし、あまり気にしないでおこうよ」

「うーん、気になるなぁ」

「でもさぁ哲夫、そんなこと言いながら、結局は降り立つつもりだろう? 地球から一三〇億光年、ここまで来たんだからさ。ほら、そうこうしてるうちに、目的地に到着の予感。だよな、JAMAXA?」

 JAMAXAは、ディスプレイ上に『Affirmativアファーマティヴe』の文字を出して、肯定する。

「そう、だね。わかった。じゃあ着陸用の小型船に乗り込もう。各人、防護スーツに着替えて、十分後にエアロックに集合で」

 哲夫たちは着陸の準備に取り掛かった。円卓の上には、冷め切ったクラムチャウダーが三皿、放置されている。


 十五分後。エアロックには、哲夫と淳が待機している。二人の背中には、控えめな大きさのバックパック。哲夫のバックパックの側面から垂れるストラップには、二酸化炭素探知器が括り付けられている。腕にはバンド型の通信装置が巻かれ、黒っぽい薄手のカーボンナノチューブ製の防護スーツを、頭頂からふくらはぎのあたりまでぴったりと纏わせている。両足の惑星探索用のブーツは、やけに厚底だ。淳が、その厚底ブーツの片方のつま先で、硬い床をトントンと鳴らしながら、宇宙船の最外壁さいがいへきにもたれかかる。彼のすぐそばにある、円形のハッチ横の強化ガラスの小窓の外には、着陸用の小型探査船へと繋がる筒状のドッキング接続器が伸びているのが見える。

「女性陣の集まりが悪いな」

 淳が待ちくたびれている。

「そうだね。偏見だろうか、女性っていうのは、いつもこうなんだ」

 哲夫が愚痴を言うや否や、メインルーム側の機密扉が開き、麗子が出てきた。彼女は浮かない顔をして俯いている。

「ちょっと、良くない報告が……」

 麗子は小声でそう切り出す。

「「というと?」」

 哲夫が心配そうな顔で、淳が怪訝な顔で、即時尋ねる。

「梨子……クラムチャウダーの貝に、あたっちゃったみたいなの。さっきからトイレにこもりっぱなしで」

 麗子がそう告げて振り返り、開いた機密扉の先、お手洗いに続く扉に目をやると、ジャア、と大きな流水音。

「なるほど、そう事情だったか。おうい梨子! 無理はしないで欲しいんだけど、一緒に行くのは難しそう?」

 哲夫は、水の音のする方へ、大声を飛ばす。

「うん、ごめん! いててて! ちょっと無理かも! いてててて! 私も行きたいのは山々だけど! うっ! いったぁい!」

 梨子の悶え苦しむ声が、船内に虚しく響き渡る。

「あぁ、ありゃ無理そうだな。梨子はお留守番で、俺たち三人で行くしかなさそうだ」

 淳がさらっと、現実的な提案をする。

「そんな! せっかく四人でここまで来たのに……」

 哲夫が肩を落とすと、今度は二酸化炭素探知器から、ピコピコと音が鳴り始める。

「なんだ、せわしないな……っておい哲夫、見ろよ! 探知器にとてつもなく巨大な反応があるぞ!」

 淳が探知器を手に取り、哲夫に見せつける。外面には、枠いっぱいいっぱいの巨大な円が表示されている。

「こっ、これは……巨大生物? クジラか? 恐竜か? 怪獣か? そんなの絶対に、見に行くしかないな!」

「おっ哲夫、やる気が戻ったか? 梨子には悪いけど、俺たちだけで楽しませてもらおうぜ!」

「うん! 梨子には、体調が戻ったらたっぷり土産話を聞かせてやろうと思う」

 哲夫と淳は梨子への心配はそっちのけで、やけに張り切り出した。

「はぁもう、これだから男っていうのは……まぁいいわ、これ以上は、言葉も出ないわ」

 麗子は辟易へきえきした。

 こうして三人は梨子を母船に残し、小型探査船に乗りこんだ。


〈第4話『星漁り』に続く〉

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