第2話『たからもの』

 数日後。哲夫は、恋人である湯浅梨子ゆあさりこと、友人の田西淳たにしじゅん本郷麗子ほんごうれいこを連れ、大型宇宙船を出発させた。

 

 彼らの過ごす船内は、無機質でメカメカしいものではなかった。船は自動操縦で、航行にはほとんど人の手を借りないため、ややこしいスイッチやボタン、レバーの類は極力省かれた設計。そういうわけで、過ごしやすさを優先し、地球にありふれている一般的な家庭と、さほど変わりない内装をしている。広大な円形のメインルームには、小洒落た家具の数々。ドーム状の天井の頂点からは、極薄のディスプレイが四台、互いにそっぽを向いてぶら下がり、部屋のどこからでも確認しやすくなっている。わずかにクッション性のある無地の絨毯が、床に丸く広がる。その上に大きめの円卓が一台と椅子が四脚。高い天井から部屋を見渡せば、大木の年輪のように、同心円状の模様が見えるだろう。本棚や食器棚。鉢にうわった背の高い観葉植物。一際目立っている、一見すると冷蔵庫に見える縦長の箱は、『なんでも生成装置』。なんでもとは言いつつ、そこから出てくるのは、食事や医薬品、それとちょっとした日用品のみ。部屋の壁の、家具の置かれていないところには、十二の扉が配置されている。扉はそれぞれ、乗員四人分の個室、洗面所、シャワールーム、お手洗い、実験室、倉庫、電気室、万一の時の操縦室、そしてエアロックへと続く。扉の多さはやや殺風景だが、奇抜な壁紙だと言い聞かせてしまえば、部屋自体は非常にくつろぎやすそうな雰囲気の空間だ。


 四人は、円卓に着いて、食事をとりながら談笑している。献立は、なんでも生成装置が作ってくれたクラムチャウダー。


「見てよ。これが父さんにもらった二酸化炭素探知器」

 哲夫は、手のひら大のボタン型の電子機器を、三人に披露する。

「へぇ、想像よりも小さいわね。どれどれ」

 隣の席の梨子がそう言って、哲夫から探知器を取り上げる。その際、円卓はガタッと揺れ、そこに載るクラムチャウダーの水面からは、貝殻がひょこっと覗く。

「ちょっと、返してくれよ。高価なんだから」

「高価って、私にはもったいないほど?」

「いや、そう言うんじゃないけど」

「なら、ちょっと触らせてよね」

 向かいに座る淳と麗子が、二人のやりとりを見て、肩を寄せ仲良くクスクス笑っているが、梨子はそんなことはお構いなしに、探知器をじっくりと観察する。探知器のあちこちを弄る彼女の手が、側面にあるスイッチを押し込む。すると、ピコン、と高い音が鳴ると同時に、表面の円形のディスプレイには、四つの輪っかが光り、大小に収縮し始める。

「あら、輪っかが出てきたんだけど。画面に四つ」

「それは、二酸化炭素の発生源を示しているんだ。僕たち四人の、呼吸の証拠」

「へぇ、そう。なんだか地味ね。もっと派手な演出があるのかと思ったわ」

 梨子は、探知器の仕様をあまり気に召さない様子。

「おいおい、梨子は辛口だなぁ。とても面白いじゃないか。なぁ哲夫、もっと詳しく教えてくれよ!」

 淳が興味津々で質問する。哲夫はそれに、嬉しそうに応答する。

「お、淳ならそう言ってくれると思ったよ。一定量の二酸化炭素が、一定周期で排出されている信号があるなら、それは生体反応を示す。つまり生物がいるかどうかがわかるってことさ。あくまでその生物のエネルギー発生方法が、好気性呼吸であることが前提だけどね。あと、二酸化炭素の量が増えれば増えるほど、円は大きくなる」

「なるほど。それで言うと、光合成が可能な植物は、そのレーダーにどう映るのか、という点が興味深いね」

「ほぉ、そう来たか。なら、そこの観葉植物で試してみよう」

 好奇心旺盛な哲夫と淳は、己が座る椅子を後ろに雑にはじいて席を立ち、部屋の端に佇む観葉植物の方に駆ける。


 円卓に残された女性陣、梨子と麗子は、スプーンを口元と皿との間で激しく往復させてクラムチャウダーを食らいながら、二人の無邪気な男子をやや冷笑的な目で眺めていた。

「まったく男って、二十歳になってもまるで子供みたいね」

 呆れる梨子は、空になった皿に、スプーンをカランと音を立てて置く。

「ええ本当に。はぁ、淳ったら、つまらない遊びのアイデアはすぐ思いつく癖に、私の新調したイヤリングには、ちっとも気づかないんだもの」

 伏せ目がちな麗子。彼女は皿の中身を半分ほど残して、そこにスプーンをうずめる。彼女の耳には、それはお姫様ごっこ用だろうか、と思うほどに大粒のダイヤモンドがはめ込まれたイヤリング。

「あ、そのイヤリング、ずっと気になってたのよ。とっても綺麗、似合ってるわ」

「ありがと」

「もしも、そんな大粒のダイヤのついた指輪で哲夫にプロポーズされたら、事実私はそう願っているのだけど、どんなに嬉しいことか」

「でも梨子、どうか気を悪くしないで欲しいんだけれど、今の哲夫にはそんな甲斐性があるとは思えないわ」

「そう、よね。私も実際、今はそう思ってる。確かに実家は太い。でも彼自身に、何か輝かしい業績があれば、いいんだけど……」

 梨子と麗子は、二人して円卓に両肘をつき、両手のひらをお椀のようにして、そこに顎を乗せ、哲夫と淳を凝視する。麗子はその姿勢のまま、イヤリングを、おそらく無意識に人差し指でこねくり回す。するとその片方が、目の前のクラムチャウダーの中へ、ぽちゃりと、沈んでしまった。

「「あっ」」

 二人は仲良く同時に、声を漏らした。


 一方、哲夫と淳は、部屋の隅、観葉植物の前で、二酸化炭素探知機に釘付けになっている。探知器のディスプレイには、円の収縮が三つ。ピコピコと音も鳴っている。

「ほぉ、意外だなぁ。同じ地点で酸素と二酸化炭素が発生するなら、相殺されて、探知器は反応しないと僕は踏んでいたんだけど」

 哲夫は父にもらった探知器を握りしめ、口をポカッと開けて唸っている。

「これは面白い結果だな。あ、でも待てよ。部屋の明かりが不十分で、この植物の光合成が呼吸を上回っていないから、円が消えない可能性だってある。強い光、例えば恒星の核融合による明かりなんかに照らされたら、話は変わってくるかもしれない」

「確かに! 淳お前、天才か?」


〈第3話『あたり星』に続く〉

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