能力診断の判定ランクEの方は地獄行き

ちびまるフォイ

命が平等でも選択はしたいじゃない

この国では健康診断と能力測定が義務化されている。

一定以下の能力の人間は処分される。


「いやだ! 俺は今日だけ調子が悪かったんだ!

 助けくれ! 死にたくないーー!!」


今回の能力測定でも無能が消えていった。

俺は今回もトップ成績。


「無能はうるさいなぁ。消えるときすら迷惑かけるんだから」


自分ができることは他の人ができない。

他の人ができることは自分はできる。


「聞いたよ、今日もトップだったんだって?」


「まあ。これも通過儀礼みたいなものだから」


「うらやましいなぁ。こっちはギリギリだったのに」


「しょうがないよ。俺は有能みたいだし」


「ぐっ……本人がいうと……それはそれで……」


「マウントとってるわけじゃないんだけど」


神は残酷だ。

あきらかに人間に優劣をつけている。

みんな平等な能力を与えられればそれがいいのに。


「あのさ、なんで有能生存法ってはじまったんだ」


「それ有能判定のお前が言う……?

 よくわからないけど、社会の発展のためだろ」


「そうなの?」


「実際、無能を抹殺しはじめてから

 科学も発展したし、技術も上がっただろ」


「まあたしかに」


「有能な人間だけが残れば、より有能な人間が出てくる。

 無能は淘汰されるだけ。適者生存ってね」


本当の理由なんて庶民の自分が知るよしもない。

それでも無能を消すことが発展への近道なのだろうか。


その結論はどこか腑に落ちないものの、

それを明確に言語やデータで表現することもできなかった。



翌年の能力診断。



測定控室でお茶を飲んでいるときだった。

ドアがノックされる。


「……はい?」


ドアを開けるとフードを深く被った男が立っていた。

測定用の服も着ていない。あきらかな部外者。


「どちらさんで……」


言うが早いか、男は持っていた注射を俺の首に刺した。

なにかの液体が流れ込んでくる。


「なにをっ……!?」


「ぎゃははははは!! ざまあみろ!」


フードの男の顔に見覚えがあった。

去年、処分されたはずの無能だった。


「なにが有能だ! なにが優成種だ!!

 みんな、みんな消えちまえば良い!!」


「貴様! ここで何をしている!!」


無能判定の男はその場ですぐに殺された。

どういうわけか去年逃げ延びていたのだろう。


それよりーー。


「君、大丈夫かい?」


「え、ええ……注射を打たれたんですが……」


「一応診てもらおう」


健康診断も並行していたので身体を見てもらったが異常はなかった。

問題があったのはむしろ能力測定だった。


「100m 12秒……? ずいぶん遅いなぁ」


「はぁっ……はぁっ……そ、そんな……普段は10秒なのに……」


「測り直すかい? といってもそう変わらんだろうが」


何度計測し直しても結果は同じだった。

自分は無能として判定されるラインにまで落ちていた。


あの男が注射した薬がなんだったのかもわからない。

現実として自分の能力が弱体化されているのは確実だった。


「君は能力が劣るようだ。残念ながらここでお別れだ」


「ちょっ……おかしいだろ! 去年までトップだったんだぞ!

 なにかの間違いだ! 俺は無能なんかじゃない!!」


「その手の命ごいは聞き飽きたよ」


取り付く島もなかった。

流れ作業でトラックに詰められて処分場へと運ばれる。


そのときだった。

処分場の手前でトラックが停まる。


「さあ、ここで降りるんだ」


荷代にやってきた人は運転手とは別の人間だった。


「あなたは……?」


「私は無能世界の住人だよ。はやくこっちへ」


マンホールのふたが開けられる。

トラックから降りて地下に入ると、そのままトラックは走り去った。


地下に入ると、そこには明らかに人の生活が行われている活気に包まれていた。


「すごい……地下にこんな世界が……」


「ようこそ地下世界へ。

 ここでは地上で処分されることになった人間を救って、

 みんなで協力して生活しているんだ」


「こんな場所があったからアイツは生きていたのか……」


自分に注射を入れた男がなぜ1年も生きていたのか。

地下で息をひそめていたのだろう。


憎たらしい一方で、この地下世界がなければ

自分も今は殺されていたに違いない。


「あなたがここのリーダーなんですか?」


「ああそうだよ」


「本当に助かりました。危うく処分されるところでした」


「気にするな。人間の命に優劣なんてない。

 能力が劣るからって人の命を奪うなんておかしいだろ?」


「地下の人たちはなにか作っているようですが……?」


「そうだった。君にも話しておくべきだね。

 私たち地下住民が地上を奪還する作戦を!」


そこからはリーダーの熱が入った作戦計画のプレゼンが始まった。


「というわけだ。たしかに私達は地上の人間に比べ

 あらゆる能力が劣っているかもしれない。それは認める。

 

 だが、今や地上の人間よりも地下の人間のほうが多い。

 人間の団結が、能力以上の強さがあることを示してやるんだ!!」


「あの……ひとついいですか?」

「なにかな?」


「こんなザルの作戦じゃ、うまく行きませんよ?」


「え!?」


「俺に作戦の手直しをさせてもらっていいですか?」


「あ、ああ。それは構わない。いったいどこがダメなのか教えてくれ」


なぜダメなのかわからない。

何がわかっていないのかわからない。


それは無能がよく口にする言葉だった。

注射による能力減退効果は一時的なものだったようで、

すっかり本来のトップ能力である自分はその力を発揮。


穴だらけだった作戦計画をきちんと手抜かりのないものに仕立て上げた。


「すごい……! なんて能力だ。君はうちの参謀だよ!」


「そういうのはいいです。

 でも俺も人の命に優劣なんてないと思いますし」


「そうか! 同じ気持ちでうれしいよ!

 この作戦でかならず地上を奪還しよう!!」


数日後に作戦は決行された。

地上への反逆行為。


当初の気合と根性で押し通す作戦から、

知恵と工夫と数の暴力を最大限活かした作戦は大成功。


ついに地上は地下人間の手により奪還した。


「みんなやったぞ!! ついに地上を取り戻したんだ!!」


地下の人間たちは喜びの雄叫びをあげた。

地上に待っていたのは最先端かつ最高率に便利な環境。

地下での不便な暮らしにはもう戻らなくていい。


完全完璧に統制された地上世界を奪還したが、

ただひとつだけ誤算があった。


「り、リーダー」


「なにかな」


「この地上世界。生活に必要なあらゆるものは

 地上人間の数に合わせて完璧に決められています」


「それが?」


「地上の人間よりも、地下の人間のほうが数が多い。

 ここで全員が暮らしていけるだけのキャパはないんですよ。

 いったいどうすれば……」


インフラを整備するか。時間がかかりすぎる。

みんなが少し我慢するか。それも限界がある。


あれこれと知恵を巡らせる自分だったが、

先に答えを出したのはリーダーだった。


「なぁんだ、そんなことか」


悪びれもせず、さも当たり前のように告げた。




「それなら地上でやっていた能力診断をしよう。

 できそこないは地下に送り返してやればいい」

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