第17話「小物の狩りで肩慣らし」
追い立てられた恐獣の群れの地響きだ。
カタカタ……と、石が揺れて落ちていく。
熟練したフォースアーマーを着装した騎士が、上手く罠の位置へ誘導しているようだ。待ち伏せしているドォレムらにはバリスタと呼ぶほうが相応しいだろうクロスボウを固定装備されている。自走バリスタか。
恐獣の外皮も黒曜石の鏃が貫くだろう。
大魔獣、魔獣、恐獣というカテゴライズされるわけだが、厳密にはこれらは微妙に違ったりする。
かつて遭遇した、これから遭遇するクラーケンやヒルコは間違いなく大魔獣で、フォースアーマー騎士団でさえ全滅を覚悟し、複数の騎士団がいなければ討伐も難しいような都市を滅ぼすものが大魔獣だ。都市どころか毎年、地方領主だか小王国が、大魔獣に滅ぼされているという話もあったりする。
魔獣はもっと手頃な鯨未満なサイズの存在だ。精々……アフリカ象とか恐竜みたいなものだ。
じゃあ恐獣とは何か?
大魔獣と魔獣だとややこしいので、魔獣を恐獣と呼ぶことで区別をしやすくしているという説があったりする。ぶっちゃけ同じものとして魔獣と恐獣を混同する人間が大半だ。
だけど──違うんだ。
「ゲリュオネス・シュナーンは追い立て役のほうが
向いてそうだが、今回は待ち伏せ組だ。地面に足を置いて魔獣を受け止める。フォースバトラーと比べれば魔獣……ストーカーはずっと小さい。落ち着いていこう」
シュナーンは息を潜めている。
乗っている人間はそうはいかない。
ヴィシュタはともかく、ラクスミとウナンナは緊張していた。魔力タンクの効果だけを期待すれば充分だな。
問題はない。
2人乗りから4人乗りになったせいで、コクピットが解放されているほうが少し気になる。風除けのガードを前後に残しているし、超音速で飛ぶわけでもない、精々時速数百キロメートル前後なのだから飛ぶならゴーグルくらいあれば充分といえば充分なんだけどね。
今回は経験の浅い2人がいるから地上戦だ。
飛ぶのは怖い、凄く怖い。
「さて、大魔獣ヒルコの討伐の前に、周辺の魔獣の掃除から始まっているのはみんな知っているね?」
と、伝声管を開ける。
有線電話や無線機欲しいな。
「オレイステスとエカトンケイル部隊が、大包囲をしながら魔獣を追い立てている。最初は衝突もするだろうが彼らは精鋭だ。奇襲して殴り合えば血みどろの騎士と戦うことを諦めたストーカーがこっちへやってくる。それを討ち取るのがゲリュオネス・シュナーンと僕達の仕事だよ」
「ちょっと可哀想」
そう言ったのはウナンナだ。
ちょっと珍しい感じがした。
誰かが口を入れる前に僕から言う。
「ウナンナの言うとおりだ。殺さなけりゃならない。しかも今回は邪魔だから殺す。それは否定できない。気を引き締めてね。僕達は魔獣ストーカーを殺す。殺しにいったとき魔獣は生き延びようと全てを捨ててくる。油断していると死ぬか体を失うよ」
「わかった」
ウナンナは少なくとも言葉を返してくれた。
充分だよ。魔獣狩りになれるのはこれから。
「ヴィシュタ。シュナーンを任せる」
「任せて。いつものようにやる」
「ラクスミとウナンナは周辺を警戒していて。小さい魔獣はシュナーンの死角になるかもしれない。特に戦い始めたあと、足下への注意は散ってしまう。足元の窓からは特に警戒していてほしい。それと頭の上は何もないから、取りつかれたときには自衛がいることも気をつけて」
最悪、頭をもぎ取られることは言わない。
木々が軋む音が響いてくる。
鳥が甲高く叫び飛び上がる。
巨重がぶつかる音が響いた。
「……近いね。準備しておいて」
魔法がある世界の筈なのに、魔法感の無い場所だよまったく。もっとファンタジーであってくれ。黒曜石が動く魔法は凄いけど……もっと炎や水を見てみたい。
そういう魔法もあるのかな?
シュナーンを作って落ち着いているのかも。今までは調べようと、考えることもできなかった。だが今は目の前の役目を片付けるほうが先だ。
固唾を呑む音が聞こえるほど静まる。
騒がしかった森が……止まっている。
魔獣ストーカーはシュナーンに気づいた。
逃げている最中だと言うのに、冷静に、待ち伏せを見つけたんだ。様子をうかがっている。凄い賢いし冷静な連中だ。
「目の前に群れの残りがいる。様子をうかがってる。気をつけて。飛び出してくる。ヴィシュタ、対処はできそう?」
ウナンナが短い悲鳴をあげるのを聞いた。
魔獣は怖いよな。僕だってけっこう怖い。
「接近戦のクローを射てる。それに体を使えるし力はこっちが圧倒。暴れてるシュナーンをストーカーが抑えこむのは、鉄砲水を指先で止められたら可能かな」
「よし。ウナンナ。深呼吸だ。目つむっていても良い。ただし、下だけ見ていてくれ。何かが見えたら教えてくれれば充分だ。今もウナンナは魔力を供給してくれている。良い働きだぞ。それに後ろを見ろ」
ウナンナが振り返った。
僕は手を振る。
「ストーカーに取りつかれても僕のほうで援護する。心配するな。ちゃんと見てるからな」
ウナンナは頷いて前へ向きなおる。
次はラクスミだな。
「ラクスミ、気合い入れてよ」
「え? それだけ?」
「頼りにしてる。一番強い女の子だ」
「ま……まあ、いいけど!」
肌を流れていた風が寝るのを感じた。
これは……来る『タイミング』だね。
「!」
茂みからわざとらしい物音が響いた。
視線が奪われた瞬間だ。
『真上から』ストーカーが重力のままに奇襲してきた。樹上を渡ってきて、奇襲するシュナーンを奇襲しようとしたわけだ。
賢いストーカーが失敗した。
こっちには4人も目がある。
「ヴィシュタ、頭上からストーカー2匹」
シュナーンの鎌状の足が持ち上がり、フォースバトラーの巨体が棍棒のように振られた。ストーカーは短い断末魔をあげて体液とバラバラの外骨格として森に撒き散らされる。
シュナーンは足の位置を整えるように踏む。
既にシュナーンの巨体は立ち上がり、クローを展開して隠れている魔獣ストーカーの群れを睨んでいる。そしてエカトンケイルに追い立てられていたストーカーの群れが一斉に押し寄せた。
シュナーンは足で踏み潰し、長い首で串刺しか、棍棒のように1撃で薙ぎながら、クローでストーカーを鷲掴み鋭利な鉤爪で破壊する。
「放て」
シュナーン後方に待機していた部族戦士のドォレムが弓を放つ。人間が使うものとは比べ物にならない太く重い矢が、ストーカーが発達した前腕を前面に盾として、お祈りするように出したボクサーの防御姿勢を腕ごと貫いて背中を爆発させた。
ストーカーは決壊した堤防から流れる濁流のように押し寄せてくる。生きる為に死ぬことを選ぶような決死さを、無機質なストーカーの眼球に感じた。
シュナーンは踏み潰し、叩き潰す。
ストーカーの爪牙をものともせず戦う。
ストーカーは厄介だと判断したのだろう。命を捨てた特攻をしてくる数匹が、仲間を踏み台にしてシュナーンに組みついた。そのままよじ登り、生身が露出しているラクスミを直接狙おうと、おぞましいほど手足と顎を振るわせる。
「ヴィシュタ! 取りつかれた。ラクスミ側のクローで排除してくれ」と、僕は指示しながら斧とクロスボウを取り出した。人間の腕力でも魔獣に通すにはそれなりの武器がいる。
シュナーンが体を傾けた。
ストーカーが踏ん張れず滑り落ちて、シュナーンの足に破壊される。だが1匹は鉤爪でまだシュナーンについたままだ。
ストーカーの顎門がラクスミに迫る。
僕はストーカーに斧を渾身で投げつけた。
だがストーカーの複眼は僕を見ていて、前腕が容易く、斧を叩き落とす。前腕のガードが開いた。クロスボウのボルトがストーカーの頭部を上半身の神経節ごと粉砕する。ストーカーは体液をこぼしながら、下半身の神経だけでは踏ん張れず落ちていった。
「ラクスミ、生きてる?」
「死んだかと思ったぁ!」
「元気そうだ」
良かった。
もしヘイディアスが、フォースアーマーに乗れないからと、魔獣と肉弾戦する訓練に明け暮れていなかったら……危なかった。
初動が落ち着いてくる。
ドォレムが盾で壁を作り槍を揃えていた。激突したストーカーを1匹も逃すまいと捉えて振るう。その動きは騎士のフォースアーマーとはまったく違う、機械仕掛けの繰り返しというさまだ。
黒曜石で動く部位は少ない。
だからこそ魔力は低く済む。
代わりにバネなどで物理を溜めて放つ。
水車を利用した道具のような動きだね。
あとは作業そのもので魔獣は狩られた。
ストーカーがぶつかり倒すそれだけだ。
「フォースアーマーは周辺を警戒。ドォレムは半矢の魔獣にとどめを刺せ。魔獣ストーカーは擬死する。生死の確認には充分に注意しろ。毛が寝ていなければ死んでない。毛が起きてるは生きてる。毛が寝てるは死んでる。いいか。毛が起きてるは生きてる、毛が寝てるは死んでる、だ」
オレイステスの代わりに部族戦士に指示を出すが……やりにくいなぁもう! オレイステスに待ち伏せ組の指揮任せられたとはいえ不適切なだろ。まったく顔馴染みがいないのに……僕の声、震えてないよね?
「負傷者は?」
集計ではゼロだ。
良いことだよね。
完全に決まったからと言うよりは、フォースバトラーのおかげだろう。魔獣ストーカーは初見のゲリュオネス・シュナーンの撃破に固執した。シュナーンに手こずり、ドォレムのボルト斉射を受けて壊滅した。
立て直し、仕切り直しは魔獣には無理か。
地形捜査だとか威力偵察だけで引かれていれば、魔獣ストーカーも全滅は避けられただろうに。囮、斥候を出す余裕は、オレイステスの追い立てで猶予がないという判断を強制したからかも。
ストーカーは焦り強行突破に失敗した。
魔獣とはいえ冷静さの重要を思い知らされる。
僕は大魔獣ヒルコを前にして、この魔獣ストーカーのように判断を間違えない保証はあるのだろうか。
撃破した魔獣ストーカーの数は50を超えている。大半はボルトに貫かれたものだが少なくない割合でドォレムの白兵戦で倒れたストーカーがいて、それと同じくらいにシュナーンが仕留めたストーカーがいる。
激しくストーカーの群れと戦った割には、シュナーンが撃破した数は僅か5匹だけだ。部族戦士のドォレム乗りは伝説的だなどと煽てくる。ともに魔獣の血を被った仲間だからか、世辞だろう。
本当に大魔獣ヒルコと戦えるのか?
「ヴィシュタ。シュナーンに異常は?」
「問題ない、ヘイディアス。ただ……私が少し疲れた。ストーカーの群れとは初めてだ。凄く疲れた……」
「後片付けまでは辛抱して。操縦はこっちで受け持つ。魔力を借りるよ。なに4人もいればフォースアンプで僕にも動かせる」
「任せる、ヘイディアス……」
ヴィシュタは本当に疲れたような声で言った。そしてシュナーンの操縦の優先権を僕に渡す。
僕はシュナーンを動かした。
想像よりもずっと軽かった。
「ウナンナ、平気かい?」
彼女は無言で手を振る。
「ラクスミは?」
「気持ち悪い」
僕は首を伸ばす。
僕から見てシュナーン前方にいるラクスミは、魔獣ストーカーの体液を浴びているようだ。操縦席の栓を抜いて水洗いしないとだな、
「えらいことになってるねラクスミ。もう少し我慢して。片付いたら洗おう」
「うぅ!」
ラクスミは唸っていた。
だが想像より余裕がある。
泣き叫んだりしていない。
お漏らしはあるだろうがタフな新人だ。
僕の初陣なんて脱糞したものだしねぇ。
「みんな、ストーカーの後始末をするまでは我慢して。もうひと踏ん張りだ。オレイステスの部隊と合流するまでは再襲撃に注意! 気を抜かないようにね」
魔獣ストーカーが全滅したとは思えない。
何よりオレイステスから信号弾があがらない。通信をしあうことで連携をとるはずだは……問題でも起きたのだろうか?
魔獣ストーカーの群れが想像より大きく、2つに分裂して、追い込みのオレイステスの部隊を襲った可能性は否定できない。だがオレイステスは天剣十二勇士の精鋭であるし、騎士団のエカトンケイルも同様だ。
少なくともドォレムを性能で圧倒する。
万が一もある、か。
「すまない。オレイステスの部隊に伝令を出してくれないか。迷子になっていたらこっちへ案内してくれ。出すドォレムは4機以上だ。まだストーカーが潜んでいるかもしれない」
「了解です、ルナバルカ様」
足の速いドォレム4機が部族の旗印をはためかせながら森の奥へいるオレイステスの部隊を目指して入っていく。
無事に合流できれば良いんだけど……。
異世界転生した瞬間絶対絶命の大魔獣から姫様助けたが人類弱々なので巨人騎士(非人型)作ったる RAMネコ @RAMneko1
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