第16話「ストーカー」

「揺られてるのによく寝る」


 大きなあくびを出してしまう。


 馬車の車列は仮設の駅らしき場所で替えのドォレムへ付け直しては2日は走り通しだ。随分と山の奥地へと入ったようで、防寒具をしていてもちょっと寒い。


 ラクスミとウナンナは特に寒がりなようで、今は2人とも、僕を暖房と寝具代わりに眠ってしまっている。馬車に乗っているだけでも疲れるものだ。


 馬車が足を止めた。


 車列を指揮するものが言う。

 

「馬車を円陣防御へ! 残りは円陣の内側へ野営の用意だ。日が暮れるまで時間はあるが急いで用意しろ! 訓練通りだ。半分は周辺警戒、半分は設営だ。設営が終わり次第、夕食に取り掛かる」


 テキパキと馬車から部族の戦士が降りる。


 ここからは魔獣の危険地帯というわけだ。


 夜通し走れば襲撃されてしまう。


 馬車を城壁代わりにするのは、前世の記憶で言えばフス戦争のボゾバハラトバだろうか。ウォーワゴンだ。馬車のスリットにはフォースアーマーを着た戦士が、斧槍や弓を持ち、外向きに警戒についていた。


 中型魔獣までは近づくこともできないだろう。例え、象ほどある魔獣であろうとも、完全武装で警備するフォースアーマーの団に飛び込めば、たちまち、槍衾か矢のハリネズミだ。


 だが大魔獣はクジラほどはある。


 来れば。蹂躙されることだろう。


 設営にモタモタとする人間はほとんどいない。機械のように寡黙に素早く丁寧に仕事をしている。見ているだけで芸術のような無駄のない動きだ。1呼吸するたびに目に見えて進んでいく。部族戦士とオレイステスの部隊は、という前書きがあるが……。


 僕らの班は苦戦していた。


 設営に一角を空けてもらっているのだが、かろうじておっかなびっくり寝床を作れる“上級者”は僕程度で、ラクスミとウナンナは縄を張ることも結ぶこともできないのだ。


 全部、僕がやったともさ!


 設営が終わったのは当然に、どの班よりも遅く、へとへとのまま夕食となった。土を盛って窯を作り、班ごとに鍋を煮込む。料理の火が野営地を明るくしていた。


「やれやれだな……」


 と、僕は言いながら、鍋をお玉で混ぜる。良い頃合いだろう。僕は各自のお椀に夕食をよそい、ラクスミとウナンナに渡してまわる。


「なにこれ」


 ウナンナが夕食を嗅いでいる。


 野生児か、お前は……。


「雑炊だよ。米、干し魚……塩漬けの鮭だ。それに塩も入れてドロドロまで一緒に煮込んでる。かなり熱いから気をつけてね」


 僕は黒曜石のスプーンで雑炊を食べる。舌や頬が火傷するほど熱いので、息を吹きかけて冷ましてから食べる。体に良さそうな柔らかさとあっさり味だ。


 冷まして、食べる。


 ゆっくりと胃袋を満たした。


 ウナンナがスプーンを出してきた。彼女のスプーンにはすくわれた雑炊があるんだが……なんだ?


「冷ましてください」


 いや、別にいいんだけどね?


 僕はウナンナの雑炊の息を吹いて冷ます。何度か吹きかけているうちの耐え難い熱の湯気は消えていた。それをウナンナは警戒しながら食べる。


「あちッ」


 ラクスミだ。彼女は冷ますのが足りなかったようで熱くてスプーンを落としてしまっている。


「大丈夫? 火傷は?」


「へ、へーき……」


 ラクスミは舌を出して冷ます。


 ラクスミ火傷してなければいいのだけど。


 僕は泥だらけになったスプーンを拾い、適当な布切れで汚れを落とす。ラクスミへは代わりのスプーンを渡した。


「ちょっと熱すぎたか。ゆっくり食べよう。この後の歩哨にはラクスミとウナンナは入らないしね」


「あの、なんでですか?」


 と、ラクスミが不思議に言う。


「たぶんかーなり今夜は負担あるよ」


「?」


 ラクスミはよくわからないという顔だ。


 魔獣狩りは本当に初めてなんだろう。僕も、転生してからは初めてだ。だけど学園の野外実習にはいつも参加していた。初めての魔獣狩りでは……不安で野営中に眠れなかった。森や海から聞こえてくる遠吠えに震えて、いつ襲撃してくるかわからない、生身の人間では対処の難しい魔獣の縄張りで一晩を過ごす。


 凄く緊張する。


 毎年、新入生は夜明けを寝不足で迎える。


 たぶんラクスミとウナンナもそうだろう。


 周囲をフォースアーマーの精鋭が守っているとわかっていても、心はそうはいかないものだ。


 鍋を火から外した。


 鍋を混ぜて冷ます。


 揺れる火に照らされて、ラクスミとウナンナの顔が浮かぶ。2人ともどこか不安そうな顔をしている。当然だろう。ここは魔獣の領域なんだ。


「ラクスミとウナンナは魔獣狩りは初めて?」


「私の仕事は工房の小間使い」


 ラクスミは答えるのが早かった。


「……」


 ウナンナは沈黙したままだ。スプーンの上の雑炊へ念入りに息を吹いて冷ましている。無視している。会話に入らないようにしている。しかしそんな彼女も、急に静かになれば気になって目線をあげた。


「……」


「……」


 僕とラクスミが丸い目でウナンナを見る。


「雑用の奴隷だから……魔獣は知らないよ」


 降参した沈黙のウナンナが口を開いた。


「魔獣を知ってるのは僕だけてわけか。見習いに奴隷に、下っ端ばかりてわけだな」


 ぽかん、と、ラクスミの手に打たれた。


「魔獣とついでにフォースアーマーについて話そうか。知っておいたほうが良い。ドォレムの専門家はラクスミだろうが、フォースアーマーは僕も詳しいし、新式のフォースバトラーであるゲリュオネス・シュナーンには一緒に乗るしね。大した話じゃないさ」


 魔獣の話やフォースアーマーの話をしていたのだが、数分と経たずにラクスミもウナンナも眠り始めてしまった。


 猫を転かすように2人を誘導すると、こてん、と、僕の肩や膝に倒れてくる。彼女らは寝まいと抵抗しようとしていたが睡魔に負けた。


 すー、すー、と、すぐに寝息だ。


「興味ない話をされるとこんなもんか」


 やれやれ、と、肩をすくめる。


 前世……と、仮定する地球人だった頃もこんなだったな、そう言えば。巨大人型兵器だロボットだてのはニッチなジャンルだ。興味を持つ人間も、聞く人間も少ない。


 ラクスミとウナンナはそっち系だろう。


 シュナーン乗せるのが悪い気してくる。

 

 だが大魔獣を討伐するには必要だ。そしてラクスミとウナンナは欲しいものがあったからこそ話にのってきたのは間違いない。命をかけなければならないほどの願い……僕には、本当にあったのだろうか?


 あるに決まってるだろ。


 大魔獣クラーケンを思い出せ。


 大魔獣は討伐しないとなんだ。


 沢山の人を守れば贖罪になる。


 きっと……きっとそのはずだ。


 でなければ生きていられない。


 僕はしばらくして、もたれかかってくる、子猫のようなラクスミとウナンナを外した。すっかり体は、身動きできなかったせいで固くしびれてしまった。2人には悪いが少し体をほぐさせてもらう。


「……鍛えないとな」


 少女を1人ベッドに入れるのも重労働だ。


 命は、重かった。


 僕は起きる気配のないラクスミとウナンナを確認して野営地の中を散歩した。ほとんどは眠っているが、歩哨や見回りで起きている人間も少なくはない。


「はやく寝ろよ。明日の響くぞ、旦那」


「はーい。軽く気分を紛らわせてきます」


「魔獣の遠吠えで眠れないのはよくある」


 森からは魔獣の遠吠えが時折聞こえてくる。見張りの当直でもない──若くて経験の浅そうな──戦士がカードゲームをしていた。


 僕は苦笑していた。


 ラクスミとウナンナは図太いらしい。


「ちょっとフォースアーマー見てきます」


 と、僕は待機姿勢で吊るされているフォースアーマーが固まっている区画に立ち寄る。一般的なフォースアーマーと比べれば規格外に巨大なフォースバトラーであるゲリュオネス・シュナーンも一緒だ。


 フォースアーマーは駐機用のフレームというべきか、アンコウあるいは鹿を解体する時に引っ掛けるような物に黒曜石の鎖で吊り上げられていた。ハッチは解放されたままでいつでも騎士や従士が滑り込んで魔力を流せる。


 月や星があるとは言え、夜の暗闇の中でも、蛍が燃やす火のおかげでハッキリと彼女らの姿は、フォースアーマーの姿は浮かんで見えていた。


 巨大人型兵器……と言うには小さい。


 ゴリラ程度だろう。


 パンダとかくらい。


 だが人間と比べれば遥かに大きい。


 立ち上がった状態で並んでいるフォースアーマーが林立する光景は、魔獣の群れと生身で直面したのと変わらないような威圧感と恐怖を起こした。


 影が揺れる。


「ヘイディアス?」


 フォースアーマーが並ぶ光景の中に知り合いがあいた。オレイステスだ。彼は何人かの従士と話していたが、話は終わっていたようで、従士らは散ってしまう。従士の仕事にはフォースアーマーの整備もあるのだ。


「こんばんは、オレイステス」


 と、僕は手でも挨拶しながらオレイステスに近づいた。彼が立っているのはエカトンケイルだ。天剣十二勇士のエカトンケイルには、シュナーンの傷がまだ残っていた。動作に問題はないはずだ。黒曜石の収縮を利用して、大抵の損傷は埋めることができる。


「このエカトンケイル、傷が残ってる」


 僕が不思議を口にすると答えてくれた。


 オレイステスは腰に手を当てながら言う。


「あぁ、お前との興行でつけられた傷だ。ゲリュオネス・シュナーンと史上始めて戦った証は残しておきたくてな。魔獣と変わらない巨体に勇敢に戦ったと箔もつく。箔は大事だぞ」


「そういうものかい」


「当然だな。お前も天剣十二勇士の騎士団を単独で撃破したんだから有名人だってこと忘れるな。有名は有名なりになすべきことがある」


「なすべきこと……」


 蛍の火に照らされるフォースアーマー、エカトンケイルを見上げる。寒冷な山岳の白と黒の迷彩がされていて、ファッティな設計だ。力があり頑丈だが、平均よりもやや硬い黒曜石のせいで騎士の素質がやや高く要求される欠点があるフォースアーマーだ。


 僕は絶対に動かせないフォースアーマーだな。


「ヘイディアス。俺も、ゲリュオネス・シュナーンの話を聞いてみたかったんだ。エカトンケイルの秘密を教えるからゲリュオネス・シュナーンを教えてくれないか」


「ちょっと不平等だな。もっと情報を積まないと話しは難しいよ。僕が単独で作ったわけじゃないしな。いろんなところと協力してるぶん迂闊に話すと首が斬られてしまうよ」


「それもそうか。フォースバトラーてのは興味が合ってな。実際、エカトンケイルが並んでいたのに薙ぎ払われたわけだしな……異常な戦闘力だ」


「大魔獣を単独で撃破する為だからね」


「納得だ。圧倒できて当たり前か」


 はっはっはっ、と、オレイステスは笑う。


 前世地球でよく見た笑い方だ。本気ではない。嘘とまでは言わないが、利用する為の情報を集めるような人間はこんな感じだ。よく笑い、愛想が良い。


 魔獣の遠吠えがした。


「いやに魔獣が鳴くな、オレイステス」


「あぁ……ストーカーだよ、ヘイディアス。連中は体の色を変えて足跡も隠して近づいてくる。野営地に侵入して人間を攫うなてこともある。厄介な群れさ。注意をひいて、反対側から来る知恵もある」


「賢い連中だな、オレイステス」


「まったくだ。だが今、ここにいるのは俺の騎士団と部族の戦士だ。ストーカー狩りには慣れてる。慣れてるからと油断もできない強敵だが、少なくとも、他所の国の行商人の一団みたいに無知に全滅てのは無いさ。襲撃されたら手を借りるかもだがな」


「その時は任せてくれオレイステス」


「ゲリュオネス・シュナーンを頼りにするぜ」


 また魔獣、ストーカーの遠吠えだ。


「朝も早いから寝ろて、さっき歩哨にも注意されたから寝るよ。邪魔して悪かった、オレイステス」


「いいさ。男同士仲良くやろうヘイディアス」


「ありがとう、オレイステス」


 と、僕は離れた。


 寝床に戻ると、寝ていた筈のラクスミとウナンナが起きていた。


「襲撃?」


 と、ラクスミが真剣に言う。


 外から魔獣の遠吠えが聞こえていた。


 なるほど?


「いや、ちゃんと守ってもらえてる。ちょっと散歩に行っていただけだ。安心して寝ていてくれ。2人が寝るまでは僕も起きてるさ」


「……余計なお世話だから」


 ラクスミに注意されてしまった。


 そうして今夜の眠りへと入った。


 翌朝──。


「出発だ」


 僕達の長い一日が始まった。

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