第15話「4人で1つ」

 ドォレムが鍬を打つ。


 荒地を掘り返し耕す。


 剣を振るう腕は土に振るわれていた。


 農機具のドォレムが、作られていた。


「良い感じです、もうちょっと下げて、ゆっくり……ゆっくり……ズレ無しです! そのまま降ろしてください、ゆっくりですよ!」


 大魔獣狩りの前に路銀稼ぎが必要とは思わなかったよ……フォースアーマーやドォレムが大量配備されているのに、畑を耕すのは人間の足腰と鍬だ。


 技術開発の怠慢でしょ……。


 捨てられたフォースアーマーを拾って、黒曜石を軽く修理して、農業用フォースアーマーで銀貨を稼いでいた。暇だしな。フォースアーマーと呼ぶとカドが立つのでドォレムということにしている。


 牛も馬もいない不毛の土地だ。


 少しは役にも立つのかな。


 僕はそんな軽い気持ちで、農業用ドォレムをこしらえたのだが好評だ。簡易フォースアンプが付いているので必要魔力も低い。苦労したのはフォースアンプ作りくらいだ。


「……」


 僕は、大魔獣を討ち倒すために、僕が使えるフォースアーマーを開発している。フォースアーマーは使えなくて、フォースバトラーなんて別物になっちゃったけど……とにかく、大魔獣を殺すために強力なロボットを作っている。


 魔獣そのものを利用しようと別アプローチにも挑戦して、まだ理想の半ばだがゲリュオネス・シュナーンも形にした。


 より強く、より硬く、より速く。


 大魔獣を殺すための、力なんだ。


 ただただ大魔獣クラーケンとの戦いで、無様で、みんなを失った自分が生きるための理由。そうでなければ死にたくなる……死ななければならないし。


 ヘルテウスは息子を失って、僕を恨んでいる。生きているからだ。僕もそう思う。恨まれるために生きるのが怖くて、必要とされたい。


 ……。


 荒地をドォレムが耕している。


 人間よりも大きく、力強く、農夫らが操縦して土を起こし、種を播く。たっぷりの水が汲み上げられて、乾ききった土が吸い込んでいく。


 ゲリュオネス・シュナーンを動かす。


 貧弱なシュナーンの足が重々しく動き、巨大なスキを引きながらドォレムとは比較にならないほど効率的に土を砕き、柔らかく、種子を迎える土が作られる。


「シュナーン。お前は……」



「大魔獣ヒルコ」


 何十両ものドォレムが曳く馬車の中で、大魔獣討伐の発起人であるオレイステスがあらためて大魔獣についての説明を始めた。


 大魔獣の討伐は国家事業だ。


 それでも大魔獣に滅ぼされる小国というのは、10年に1度は出てくる程度には人類の脅威だったりする。怪獣なわけだが、オレイステスは同じ部族の人間の戦士らだけで討伐隊を組んでいた。


 部族の利権関連だろう。


「大魔獣ヒルコは、フジツボを全身に生やしたトカゲみたいなヤツだと考えてくれ。かなり醜いが、全身が刃物みたいなのがヤツだ。近くで触れるだけで、黒曜石の装甲は削がれて挽肉だぞ」


「オレイステス。ヒルコの、空への対抗手段はあるのか? 岩を投げるとかフジツボから何か噴射するとかだ」


「確認はされていない、ヘイディアス。過去、ヒルコ討伐に出たのは5回。フォースアーマーを着た騎士、100人での総攻撃にヤツは生き延びてきた。騎士に大損害を与えながらな」


「接近注意のヒルコへ槍や剣で立ち向かったわけだ。調べたら感じと同じだな。ヒルコの外皮を貫けなかったとも」


「あぁ。1回めは剣と槍、2回めはフォースアーマー用の巨大クロスボウ、3、4、5回めの討伐はクロスボウの張力を引き上げているがどれも上手くいかなかった」


「……ゲリュオネス・シュナーンの最高速度と硬度で突撃すれば貫けるかも、か……」


 賢さの欠片もないパワー技もんだ。


 バカみたいにシンプルでわかりやすい。


「ヒルコは何をやったんだ?」


 と、ラクスミが無邪気に訊く。


「俺の部族の半分を食い殺そうとしてる。討伐するには不服な理由かもしれないね、お嬢さん」


「そ、そんなことは……」


 ラクスミは天剣十二勇士のオレイステスの棘のある口振りに狼狽えた。そんな彼女を庇ったのはヴィシュタだった。


「オレイステス」


 オレイステスは両手をあげた。 


 一方で、オレイステスが拾ってきた奴隷でありシュナーンへ乗る予定らしいウナンナは寡黙な沈黙を続けている。


 ゲリュオネス・シュナーン搭乗者が随分と増えた。僕、ヴィシュタ、ラクスミ、ウナンナの4人もいる。おかげで密閉式だったコクピットは開放式になり、最高速度が落ちているが、代わりに総合的な魔力量は4人分と桁違いに増した。


 予想外だったのは、想像よりも4人でバラバラの魔力を扱うことでのロス、非効率さが体感、高く感じない。むしろ多いほど単純に能力が向上している。


 理由は不明だ。


 シュナーンが部分的に魔獣を使っているハイブリッドであることと関係があるのだろうか?


 謎の現象は想定外だ。


 大魔獣戦前に不安だ。


 オレイステスとヴィシュタは顔馴染みだからか、2人は馬車の中でも良く会話している。


 僕含めて残りは、少なくともラクスミは、ちょっと居心地が悪そうだ。ウナンナはよくわからない。


 放置するには旅は長そうだ。


「最終的な目的地だが“龍の爪”と呼ばれている場所だ。昼は氷点下5度、夜はもっと寒い、黒曜石の黒々とした場所だそうだ。寒くなるぞ。今のうちにしっかり寝ておいたほうがいいかもだ。魔獣も頻出なんだそうだ」


「……」と、ラクスミ。


「……」と、ウナンナ。


 僕、無視されてるのか?


「オレイステスからどこに行くか聞いてるか?」と、話しかけてみたがラクスミとウナンナの2人は自分が訊かれているとは微塵も考えていないようだ。


 幼女軍団、お兄さんに優しくあってよね。


「あ、あー……魔獣て知ってる? 大きさは色々だが大きいのは城並み、小さければ人間の頭くらいの大きさなんだが、特に巨大で周辺の魔獣を抑圧するほどの、環境化している魔獣を大魔獣と呼ぶ。大魔獣は強力なフォースアーマーを着た完全充足の騎士団でさえ苦戦する怪物だ。直近だと、カーリア王国が討伐した大魔獣クラーケンとかだな」


 ウナンナは胡乱なままだ。


 しかしラクスミは反応した。


 良かった。ラクスミ狙いだ。


「ラクスミ。これから僕達が戦うのが魔獣だ。大きくて強いが、まず、ゲリュオネス・シュナーンの敵じゃない。有耶無耶は無視できるから安心だ。大魔獣ヒルコにだけ集中するんだ」


 オレイステスは大魔獣ヒルコについての情報をあまり明かしてはくれない。ヒルコとの戦いび臆すると考えているのか、あるいは、情報を伝える価値もない捨て駒として呼んだのか。


 何にせよ、僕はオレイステスをあまり信用していない。魔獣の群れにシュナーンを捨ててもおかしくはないのだ。最悪の事態になれば、フォースジェットを使って飛んで逃げる。オレイステスの騎士団は空を飛べないので振り切るのは簡単だ。


 オレイステスはヴィシュタと話している。


 フレンドリーを気取る彼ではあるが……少なくとも馬車の中では、信じている人間は選んでいるようだ。そこに僕……それにラクスミとウナンナは含まれていない。


 ヴィシュタに任せよう。


 ヴィシュタはけっこう信用している。彼女がオレイステスとの架け橋かもだしね。シュナーンは僕だけじゃ操縦できない。彼女は信用するしかないのだ。もしダメなら魔獣の群れに捨てられるだろう。


 僕はそんな半分冗談を考えていた。


 退屈そうなラクスミが目につく。


 ラクスミは、馬車での移動からしばらくして、忙しなく幌の隙間から外の景色を見ては戻ってくる。


「暇?」


 と僕はラクスミへ話しかけた。


 ラクスミは照れた顔で言った。

 

「こんなに馬車にいるのは初めてで……」


「まあ箱に詰められてるのと大差ないし」


「そう。座ってるだけじゃ落ち着かない!」


「落ちないでくださいよ、ラクスミさん」


「子供じゃあるまいし!」


 ラクスミの声が弾む。彼女には余程の退屈だったらしい。尻がまったく浮いていて、あちこちを移動する。不安定に揺れる馬車の中で彼女は時折おぼつかない。

 

 一方で、ウナンナは対照的だ。彼女は寝ているのか起きているのかわからない待機モードとでも言うべき、瞑想でもしているかのように不動で座っている。ラクスミみたいに動き回るのはともかく、逆に疲れないのだろうか?


 僕は窓から外を見た。


 馬車の骨組みに幌がかけられているが、幌には窓が縫い合わせられている。黒曜石を加工したものだ。便利なもので傷ができたとしても魔力を流して多少、再整形してしまえば傷が埋まる。いつも綺麗なままだ。窓1つでもフォースアーマーやドォレムと原理は同じというわけだ。


「ヘイディアスは退屈じゃない?」


 変わり映えのない景色に飽きたラクスミが、隣に腰掛ける。お話しの時間かな。親睦は深めておきたいし。


「すっごい退屈」


「やっぱり!!」


 ラクスミは花咲く笑顔で嬉しそうにする。


「工房にいた頃はこんな暇で退屈な時間なんてなかったからお腹がゾワゾワして落ち着かない。外で走り回ろうにも、置いてかれちゃうし、これじゃ部屋に閉じ込められてるみたい!」


「はっはぁー、ラクスミは落ち着きなしか。フォースアーマーの設計や研究してると、こーんな狭い馬車よりももっと狭い場所へ何日も閉じ込められるぞ」


「なにそれ!? お尻が黒曜石にならない?」


「お尻どころか全身がそうなる。骨がドォレムの骨になったみたいに動かなくなり、無理に動かせばバキバキと鳴るんだ」


「折れてる!?」


 そのときだ。


 ウナンナが鼻で笑った。


 ちょっと小馬鹿気味だ。

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