第14話「ラクスミ予備重騎士」

「いらっしゃい。えっと……男の方」


 おっとりとした女性が扉を開けた。


 背は高い。


 均整の取れた体型。


 なぜか革製の軽鎧を身に着けている。


 まあ、ささいな問題だよ、狩人かな?


 妙齢な女性でつい胸がトギマギした。


「……どなた、なのかしら?」


 数拍空いて、僕は慌てて自己紹介した。


「僕はヘイディアスです。お呼ばれしたのですが……」と、僕は言いつつも、家の奥へと行ってしまったラクスミがちょっと恨めしくなる。


 あっ、ラクスミが戻ってきた。


「母さん! 忘れてた。ヘイディアスという男だ。じゃあ、部屋にいるから。ヘイディアスはどっちにくるんだい?」


「どっちと言われても……お母様、そう言うことですので、ラクスミの部屋へと上がらせていただきます」


「父ちゃんも知ってるんだ」


「まああの人が知ってるなら」


 と入って良いのか悩みながら入る。


 質素というかシンプルな家だった。


 あれよと部屋に引き込まれてしまう。


 極寒に変貌した外とは違い、中は暖かかった。燃料は何を燃やしているのだろうか。煙突から暴風で逆流しないのだろうか。不思議だった。


 思いのほか暗いな。


 影が溜まっている。


 影溜まりから黒曜石が擦れる音だ。


 ラクスミがボタンやベルトを外す。


「座らないのかい?」


「お邪魔させていただきます」


 ラクスミが服を着替えている。彼女は裸を気にするが下着姿は恥ずかしくないらしい。僕はそれから目を離しながら、先程の、ラクスミの母だろう女性について訊く。


「お母様ですか? お若いですね。しかも美人です。ラクスミさんと似てます」


「抱きたいの?」


「なんでですか」


「父ちゃんは許可してるよ。男をあげるてそう言うことだし」と、ラクスミはなんでもないかのように言う。彼女は着替え終わり、腰の紐を緩く閉めていた。絞られた腰に美しいなだらかな胸、臀部から太腿は豊か。黄ばんだ薄い生地の服は裕福さを感じない。


「じゃ、なんで来たの」


「なんでなんでしょ?」


 僕もわかんないんよ。


「あッ、うちのゲリュオネスて機械を動かすのに頑丈な人が欲しいんだ。ラクスミのお父上とか、しばらく暇とかとれないでしょうか?」


「父ちゃん工房で忙しいから無理だよ。それより茶を飲みかい。体が温まる」


「いただきます。それでは他に何か伝手とか知り合いでも紹介していただけると嬉しいです。多少なら金子があるので、心当たりがあれば紹介だけでも、損は」


 ラクスミが少し考えている。


 心当たりあると良いのだが。


「女でも問題ないかい?」


「まったく無問題です。元々は女性の方が座っていた場所ですし」


 ヴィシュタの代わりだしな。


「あと目的も知っておきたい。何でどんなことをするのか。金だけでは難しいな」


「乗るのはフォースアーマーより遥かに巨大なフォースバトラーのゲリュオネス・シュナーン。やってほしいのは恐獣の討伐です。一緒に僕も乗ります」


「ちょっとわかったよ。でもゲリュオネス? それにフォースバトラーてのはフォースアーマーとは違うのかい?」


「全然違うんですよ。見たらすぐにわかりますよ。フォースアーマーというよりも大型ドォレムのが近いかもです。フォースアーマーとは別物ですから」


「恐獣は倒せるのかい?」


「少なくともエカトンケイルの部隊を倒せる実績がありますので、倒せます」


 天剣十二勇士は黙っておいた。


 ただ……今更自覚する。僕にそんな力は無い。魔法を使えない、無能なんだぞ。磨り潰された黒曜石の1粒さえも動かせないだろう。


 僕は黒曜石を動かせない。無能であるから人数十倍働く必要のある無能なのだ。魔法が使えないならば自分の筋肉しか頼れない。そして魔法を前提にした、大型フォースアンプ付きフォースバトラーでさえ指の一本も動くことは決してない。


「どうかしたのかい?」


「いえ、なんでもありません」


「敬語はやめたらどうだい。ヘイディアス、浴槽であったときと雰囲気が固くなってる。仮面を被る道化の神のように仮面の語らせなくともいいんじゃないかい?」


「ですね。ラクスミ。それでいそう?」


「ヘイディアス。学生時代はあったかい? 仲間と一緒に学んだり、生涯の友になるようなのが大勢集まるんだろ」


「学園には通ってたよ」


 ラクスミの目が興味に光る。


 僕は『学生時代』の話をした。


 カーリア王家から奨学金なるものを貰い、国外の学校に通っていたことがある。勿論、僕は魔法が使えないのでそりゃあ『可愛がり』を受けてきたわけだ。


 あらゆる学科では受講も拒否された。


 魔法が使えるて、前提だったからだ。


 考えたら良い思い出あんまりないな。


「エパルタ金貨で支払いできるかい?」


 換金しないとだがリアー姫から銀行券を出して貰っている。エパルタ国立銀行のだ。


 僕は頷いた。


「じゃ、前払いに服を買うの手伝って」


「待って。『誰か』紹介してからだよ」


「目の前にいるんじゃないかな……?」


 ふふん、と、ラクスミが凹凸が優しげな凪いだ胸を逸らして言う。



「どうだい? かわいいかい?」


 ラクスミが、装飾が多く『資産』となるような衣服を当てながら言う。『前払い』することになった『報酬』を見繕うために付き合っている。


 シュナーンを動かす相棒だ。


 大枚をはらいましょ、てね。


 あちこちへ買い出しに付き合い『貢物』を要求されている弱者男性感な目にあっているのだが……。


「こっちにこないのかい!」


 ラクスミが手招きする。彼女は貢物を手に入れるたび、フォースバトラーが改造されていくように、改良され、美しく、変身を続けていく。


 けっこう、僕も楽しんでるかも。


 財布の中身は意外と残っている。


 ラクスミの贅沢が慎ましいからだ。


 黄金を大量にとか宝石とかは無い。


「んあ? ヘイディアスじゃないか!」


 げぇッ!


 市馬でオレイステスと遭遇する。彼は酒瓶に使い込まれた手提げ鞄を持ちつつ、隣に幼女みたいなのをはべらせていた。


 オレイステスは、ロリコンなのだろう。


 幼女趣味て奴か。彼は人気だろうしな。


 他人の性癖には口を出さない。


「……」


 ラクスミがサッと僕の後ろに隠れる。なんだと思う前に、オレイステスの隣にいた幼女も彼の後ろに下がる。


「準騎士は見つかったのかよ。こっちも見繕ってたのに……情報の共有、大切だぞ、ヘイディアス。まあいい、これをやるよ。前払いの端金に報酬を下げてもいいか?」


「これ? どれのことだ、オレイステス」


「後ろの奴隷女。市馬で騎士候補を見繕ってた。下手に市井の自由な奴を雇うと厄介だろ、裏に色々あるしな。その点、奴隷は換金されるために部族を出されるから、戻る場所も密告する先もない。一族に不幸があるからな」


「……奴隷、か……」


「おう。一緒に行ったほうが良かったか? もしかしてヘイディアスには悪いことをしたな……まいったな。また今度案内するから許してくれ」


 天剣十二勇士のオレイステスは言う。


「そっちは?」


 オレイステスがラクスミを指差す。


「ラクスミ。ドォレムの工房の娘。うちのシュナーンに乗れる健康で頑丈な体だから選んだ」


「随分と『支度金』を使ってるな」


「前払いだからな、オレイステス」


「あまり払いすぎるなよ、ヘイディアス。お前の計算がどこかはわからないが、金子が必要な機会は少ないくない。それにヘイディアスの金子はどこから出ているかを考えろ、自分だけでなく、利益をもたらなさきゃ次はなくなるぞ」


「……そうだな。ありがとうオレイステス」


「良いって。こっちは返品か?」


 オレイステスが買ってきた奴隷がビクリとする。深い褐色の肌、赤い目、灰色の切り詰められた髪。口を開けて息をする中で見える歯、爪などは少し傷んでいるように見える。


 オレイステスは『どっちに転んでも大丈夫』なように最低限の損得計算を出したグレードなのだろう。


 奴隷──前世では悪いこととされた。奴隷解放がスローガンで戦争ができるくらいの大義だ。だが実質的な奴隷も、名目の上での公然とした奴隷も世界中に溢れている。奴隷に助けはこない。気づかれも、差し伸べられる手も、報道番組の天気とご当地ニュースの間に挟まることさえない。


「名前は?」


 僕は屈んで彼女の手を握りながら言う。


「ウナンナ」


「わかった、ウナンナ。僕はヘイディアス・ルナバルカ。君の生活の面倒を引き受けよう」


「はい、ご主人様」


 ウナンナが両手を差し出す。


 僕はウナンナの手を包んだ。


「いいかい、オレイステス」


「ヘイディアスの懐が許すならなんでも。奴隷は資産だ。奴隷と嫁と羊は多いほど良い」

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