第13話「カーリア・ゲーム」

「斜陽の王国を喰らえばより強大となる」


 エパルタ王が神獣の玉座で言う。


 張り詰めた空気が晴れることはない。


「テミストス。貴様の姪はカーリアの姫君らとも接触しているな。そこの小さいのには務まったか。やる気のないカーリアの姫の様子を聞きたい」


 あたしに話が振られる。


 養父であるテミストス将軍が受け、将軍の口からエパルタ王に話すよううながされる。


 面をあげるよう言われる。


 30歳を迎えたエパルタ王は、女性としての妖艶さを爛熟させたかのような美を放つ。男ならば彼女の色の匂いだけでふらつくだろう。


「カーリア侵攻は控えたほうがよろしいかと愚行いたします、エパルタ王陛下」


 養父のテミストスは止めない。


 ならば、あたしは話を続ける。


「ゲリュオネス・シュナーンを開発したカーリアですが、あれを開発したヘイディアスという男は敵国の優秀な技術者として見た場合はあまりに危険です」


「ヴィシュタ。お前もエパルタでは3本指の黒曜石を扱う巧者だ。そのお前から見てもか?」


「私から見ても『異常』なのです、エパルタ王。最初の1年は無碍に過ごす男だと私も思っていました。そこでカーリアの国力を浪費させるための協力をしました。しかし最初のゲリュオネスが完成した日から、ヘイディアスはそれまで積み立ててきた基礎を爆発的に活用させて新概念フォースバトラーとして別枠へと進化させているのです」


「テミストスからも聞いた。異常個体が現れたとな。大魔獣との戦いの後に頭角を出すとは皮肉な話だ。しかしヘイディアスは冷遇されているとも聞く」


「はい、エパルタ王。事実です。ヘイディアスはダクタス卿の強い反感を買っていて、聖工房では満足に開発ができない状況に追い込まれていました。しかし、ゲリュオネス・シュナーンを世に出したのです。大魔獣と近い力をです」


「あの小娘、リアー姫の近習であろう。何故だ。王家へと刃向かっているようだな、ダクタス卿は。部族ではなく王へ忠節する男だと思っていたが……」


「わかりませんが……ダクタス卿は、ヘイディアスを深く怨んでいます。クラーケンとの戦いでご子息がヘイディアスと一緒に戦っていたとか。ヘイディアスはフォースアーマーを着ても動かせないのの生き残ったのはおかしい、と。悲しみをヘイディアスへの怒りで上書きすることで忘れようとしているのでしょう」


「愚かなことよ。やはりカーリア人とは、相容れぬか……心の構造が違うのかもしれんな」


「ヘイディアスは違います」


「ほぉ。言ってみよ、ヴィシュタ」


「ヘイディアスは目の前で学友を全員、クラーケンの手で殺されています。しかし傷が最低限癒える2日後には、カーリア王との謁見で要求しました。大魔獣を討てる力を開発する工房が欲しいと。実際に、ゲリュオネス・シュナーンを作りました。死を喰らい大きくなったのです」


「エパルタの民族の大原則を満たしたと。我々が後悔という感情の一部が欠けたのは、エパルタの地が恐獣の跋扈する地域であり、人も、獣も、長らく命の価値が同じか、獣のほうが高かったからだと言う」


「はい、エパルタ王。ヘイディアスはカーリア人かもしれませんが、エパルタでやっていける似た心の持ち主です」


「……ヴィシュタの言葉は考慮しよう。よろしい。オレイステスの恐獣狩りに外人のヘイディアスを同行させよ。どちらにせよ不都合はない」


「ありがとうございます、エパルタ王」


 あたしは頭を下ろして後ろに下がる。


 やった!


 恐獣狩りね。



 王都ヘイラ最大の工房だ。


 フォースアーマーと似たドォレムを着た工匠が巨大なハンマーをふるい、ふいごを押し、坩堝を抱える。黒曜石が溶けるような猛熱が工房を満たしている。


「凄い……」


 僕は初めて本物を見た気がした。


 切り出した巨岩な黒曜石を、ドォレムが手動削岩機──回転ハンドルを回し続けることで自動的にハンマーがノミや楔のお尻を叩く道具だ。人間の腕だけでノミとハンマーを使うのとはまったく違う。


 工房は全てがドォレム規格だ。


 人間サイズには、大きすぎる。


 ヘイラ最大の工房では民間向けドォレムを作っているのだそうだ。これはオレイステスに聞いた情報だ。工房を見てみたいという我儘も彼の口添えでかなった。つまりはオレイステスの属する部族の工房というわけだ。


 天剣十二勇士のコネて凄いな。


 で、邪魔をしなければ見学が許された。


 ガイドは無し。


 忠告も、無し。


 しかし邪魔したらドォレムで頭を背骨ごと引き抜かれてしまいそうだ。そのくらい熱気と同時に殺気が充満している荒々しさが工房を満たしていた。


 ちょっと、怖い雰囲気だ。


 作られる物には興奮した。


 ドォレムだ。


 ドォレムてのは主に、民間用の機械全般のことだ。フォースアーマーと同じく魔法で動く黒曜石を基礎にして大小の道具から、重機まで全てドォレムということだ。


 全てがロボットで作られた社会てわけだ。


 凄い、という言葉が、僕の感じた全てだ。


「邪魔だよどきな!」


「すみません!!!」


 僕は怒鳴られた瞬間に、反射で謝り、壁の端にかわした。煤が分厚く張り付いた壁は服を黒くする。


 僕の前を溶けた黒曜石を坩堝になみなみいれて揺らすドォレムだ。大きい……フォースアーマーのような鎧ではなく、フレームだけを基本に、より大きく、力に特化して黒曜石総質量をおさえつつ割り切ったドォレムだ。


 ドォレムを操るのはほぼ裸の男だ。全身を煤で黒くし、さっきまで溺れてでもいたのかというほど髪から胸に全身が汗で濡れていた。


 なんでエパルタの工房にいるのかていうのは、単純に、オレイステスの誘いに僕1人では答えられないからだ。魔力があって頑丈そうな相方を探しにきた。


 健康優良児なら工房だろ、と。


 灼熱、筋肉酷使、生き延びてきたしぶとさと根性が備わっている人間が工房にいるはずだ。


 知らんけど。


「……?」


 坩堝が動かない。


 ドォレムが足を止めたままだ。


 見上げる。


 全裸の男。


 スケルトンなドォレムから見下ろしてる。


 なんだろうか。


 僕が声を掛けようとしたが、そのドォレムは何もなかったかのように歩いて行ってしまった。不思議なこともあるもんだ。


 声もかけられないし、ドォレムの工房を見学したら帰るか。話しかけたら殺されそうだ。


 換気されていなくて煤の黒い雪が降る工房から出ると、けほりと咳が1つ出た。防塵マスクとか考えなきゃだよな。今度、作って見るか。作るというか織るというか。


「おい、あんた」


「はい?」


 真っ黒になった顔をぬぐっていると声をかけられた。同じく真っ暗だが、工房の騒音の中でも聞こえた怒鳴り声と同じだ。全裸だ。ドォレムに乗ってた男だ。


「ちょっと来い」


 怖いんだけど。


 怖いんだけど!?


「はい……」


 僕は怪しい全裸男に誘われて、工房の奥へと戻された。男は無言だ。全然喋らない。僕も自分を寡黙なほうだと思っているが、僕よりも断然まったくこの全裸男は喋らない。


「ん」


 と、全裸男が指差す。


 でっかいプールだな。


 全裸男がプールに飛び込んだ。そして頭まで完全に沈んで、浮いてきたときには煤が流れ落ちつつある。


「そうか!」


 体を洗えと言ってるんだ!


 理解した僕はプールに入る。


 服ごと入っても大丈夫だよな?


 じゃぶじゃぶと流した。煤が水に溶け出して真っ黒に広がる。ごしごしと体を洗う。それは良いのだがプールの水深が3mくらいあるせいで立ち泳ぎしてないと沈んでしまう。


「風呂だー!!」


 甲高い声。


 続いて走る足音。


『地上』から響いてきた。


 なんだなんだ振り返る。


「え?」


「あ?」


 足を大股に開かれた下半身。


 しげしげした草原が見えた。


 直後、頭をもがれる衝撃に沈められた。


「素人に毛が生えた程度の工匠しかいない。借金で奴隷に落ちてたようなろくでなしだな。お前は噂の外人だろう。この工房に探しているようなのはいない」


 僕がプールに浮いていると全裸男がプールをあがりつつ、お尻を向けてそんなことを言いながら去っていく。


 いや、僕にぶつかった事件のほうが気になる。なんだ何が起きたんだ? 良い衝撃をもろに受けた。僕じゃなかったら首が折れてるところだ。


「父ちゃん! 男いるんだけど!」


「外人さんだ。飛び込みはやめろ」


「父ちゃんてばー!」


 親子らしい。


 父ちゃんと呼ばれた全裸男は、来た時と同じように黙したまま去っていく。残されたのは、胸と股を手で隠す少年だ。


「い、生きてる……?」


 と、少年に言われた。


「生きてるよ」


「生きてる!?」


 どざえもんみたいに漂っていた体を戻す。効いたが、もう回復した。よけられなかった僕が悪い。


「僕はヘイディアス・ルナバルカ。避けられなかった、ごめんね」


「いえいえ……てか、洗ってたんだ。俺様はラミ。つい、いつものくせで飛び込んじまった。怪我してない?」


「僕の体は丈夫なんだ」


「父ちゃん並みに頑丈な奴は初めてだ」


 ラミは急にしおらしくなり、怪我を心配してくれた。優しい少年かもしれない。例え怒ろうと決めていたとしても怒れないよね。


 僕は体の煤を落とす。


 真っ暗に汚れていたラミは、全然体を洗わなかった。きっと恥ずかしがり屋なんだ。チンチンが大人になっていないのかもしれない。

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