君は夏の妖精

功琉偉つばさ @WGS所属

君は夏の妖精

 「夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。」


 この前、授業で枕草子を読んだ。


「夏は夜がいい。月が輝いている満月のころは言うまでもなく、月が出ていない新月のときでも、ほたるが飛びかっている光景がいい。また、ほたるが1匹2匹と、ほのかに光って飛んでいくのも趣きがある。雨など降るのも趣きがある。」

 

という意味らしい。僕は確かに、


「夏は夜が一番いいよなぁ」


 なんて思った。なぜって夏の昼は暑すぎる。それに夏の夜は晴れていればとてもきれいな星が見えて過ごしやすい。


 夏休みのある日、僕は一人で夜に散歩に行った。暑すぎるからってずっとクーラーが効いている家の中に居たが、そろそろ動かないと運動不足になってしまうと思ったからだ。日が沈んだ夜8時。夕飯を食べて僕は一人でフラフラと夜の街を歩いた。

 

 そこら中で虫の音がする。


ジジジ…リンリン… 


 なんの虫はわからないが、人気が少ない住宅街に音が響き渡る。空には満月が輝いている。電灯が灯った真っ直ぐな道が闇に吸い込まれるほど長く続いているように見え、街は太陽が出ている頃とは全く違う雰囲気になる。


 僕はそのまま少し離れた大きめの公園に向かっていった。公園に近づいてくると、虫の数が多くなり、電灯には自分が蝶であるかのように振る舞っている蛾が見える。白い羽根が光に反射していてなんだかきれいだ。


 公園の中に入ると虫の気配がしてくる。流石に刺されたくはないので虫除けをする。小さな虫よけスプレーを体中にまんべんなくかけていく。虫よけスプレー独特の匂いがする。


 僕はそのまま夜の静かな公園を歩いていく。暑い空気の中に冷たい風がとおてっいく。


 そして公園の真ん中にある小さな噴水のところに着いた。午前中は小学生くらいの子たちが水遊びをしているけど、今はとても静かだ。水の流れる音がやけに大きく聞こえる。


 僕は噴水の縁の白い石でできたところに座ってゆっくりと深呼吸をした。このどんどん暑くなっていく夏、あまり吸うことのできない自然の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 ふと人の気配を感じて右の方を見てみると、白いワンピースを着た女の子が立っていた。黒くて長い髪が月の光に照らされていた。


 「こんばんは」

 

 女の子は僕に話しかけてきた。


 「こんばんは」


 「隣座ってもいい?」


 「いいよ」


 隣に女子が座ることが珍しいので僕は少し緊張した。


 「あなたも散歩?」


 「うん。夜のほうが過ごしやすいからね」


 「最近本当に暑くなりすぎだよね… 本当に嫌になっちゃう」


 「ね。君はこの近くに住んでるの?」


 「う…うん。すぐそこ」


なにか女の子は少し返答に困ったように詰まったが、僕は特に気にせずに続けた。


 「この公園いいよね。僕、昼間によく来るんだけど、夜はぜんぜん違う感じがする」


 「そうね。私もこの公園が好き。うんと小さい頃からいるから…」


 ブーブー ブーブー


 タイミングが悪く僕のスマホが鳴った。


 「あっお母さんからだ。ごめんね」


 僕は急いで電話に出る。女の子はニコッと笑った。


 『もう9時になるわよ。そろそろ帰ってきなさい。今どこなの?』


 「すぐそこの南風公園だよ。 うん。わかった。もう少しで帰るね」


 そうして電話を切った。


 「ごめんね。僕、帰んないと怒られちゃう」


 「気にしないで。あなたと話せてよかった」


 「君は帰らなくても大丈夫なの?」


 「私は…門限がないから」


 「そうなんだ。 じゃあ帰るときは気をつけてね。そうだ。名前言ってなかったね。僕は星野光ほしのこう。君は?」


 「私は…ナツ。そうだ、私はいつもここにいるから」


 「ナツね。わかった。じゃあ明日も来るね!バイバイ」


 そうして僕は公園をあとにした。


◇◆◇


 次の日、僕は夜になるとまた公園へ向かった。今日は少し遅くなるとお母さんに言って。でも、ナツのことは言わなかった。またなにか言ったら、お母さんにグチグチなにか言われるかもしれないからだ。こないだも


「あんた。まだ彼女できないの?」


 なんて言われて本当に困った。いないものはいないんだって。こないだは友だちと遊ぶ約束をしていたので、


 「約束に遅れちゃうから。じゃあ行ってきます!」


 といって逃れることができた。でも今回は夜だし、 約束もしているはずがないので逃げることができない。だから何も言わずに


「散歩に行ってくるね」


 とだけ言って家を出た。


 公園の噴水のところに着くと、昨日と同じ噴水のところにナツが座っていた。


 「こんばんは」


 「こんばんは。隣…座ってもいい?」


 「いいよ」

 

 僕だけが立っているのもなにかおかしな気がしたので、そう勇気を出して言ってみた。僕が自分から女子の隣に座りに行くなんて前代未聞の大事件だ。


 「昨日はごめんね」


 「いいの。気にしないで。私、一人で少し寂しかったところだったし」


 「いや〜それにしても今日も暑かったね。最高気温38℃だっけ?」


 「それくらいだっけ?でもとにかく暑かったね。地球温暖化のせいで夏が嫌いな人が増えちゃう… 私は夏が季節の中で一番好きなのに…」


 「僕も夏が一番好きだよ。寒いのが苦手だから」


 そんな感じに楽しく話しながら夜の公園を眺めていた。そして時間になると


 「バイバイ。また明日も来るね」


 「うん。待ってるね」


 そうして僕はまた一人で家へと帰った。


◇◆◇


 そして次の日、また次の日と、僕はまた同じように公園へと向かった。そしてナツと合って他愛もない話をする。そんな何気ない時間が僕にとっての最高の時間となった。


 ナツと出会って一週間が経った頃、僕はナツについて何も知らなかったので、勇気を出して聞いてみた。


 「そういえば…ナツって何歳なの? 僕は15歳。少し離れた北高校の1年生だよ」


 「私は…。私も…15歳」


 「そうなんだ。高校は?」


 「高校は…行って…ないんだ」


 「そう…なんだ」


 すこし気まずい雰囲気が流れてしまってなんだか申し訳なかった。


 「ごめんね、なんか言いにくいこと聞いちゃって。でも…」


 テンパってその後に何を言おうとしていたかわからなくなってしまった。


 「気にしないで」


 「そうだ。せっかく散歩名義でここに来ているんだし、少し歩こうよ」


 「そうだね」


 そうして僕らは夜の公園を歩いた。今日は満月で道がとても明るく照らされていた。


 「うわっ蜘蛛!」


 僕は情けなくも蜘蛛に驚いて大きな声を出してしまった。


 「あははっ」


 君は笑い出した。


 「なにさ、君は蜘蛛、平気なの?」


 「私は全然平気だよ。だって蜘蛛かわいいもん」


 「そう…か?」


 僕は信じられなかった。女子の「かわいい」の基準ってなにかおかしくないか?高校でも「〇〇先生かわいい」なんて言う人がいるけど…


 僕は虫にビビりながらも、ナツと話せて楽しかった。ゆっくりと二人で散歩をすると気持ちもだんだん穏やかになってきて蜘蛛のことも気にならなくなってきた。


◇◆◇


 それからというもの僕はナツと夜に散歩をするようになった。公園の中をまわりきったあとは、違う公園や近くの小川へ。小川は川のせせらぎが心地よく、とても涼しかった。そしてこのあたりではめずらしい蛍も見ることができた。


 ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。 まさにその通りだった。物事の綺麗さは今も昔も変わらないらしい。


 そうしてどんどん時間は過ぎていった。そしていつの間にか夏休みはあと1日となった。その日、同じように会いに行くとナツは悲しそうな顔でいた。


 「どうしたの?」


 「私、明日からもうここに来れないんだ。」


 「どうして?何かあったの?」


 「明日から夏じゃなくなるから…」


 「どういうこと? たしかに夏休みは終わっちゃうけど…」


 「実は…私は夏の妖精。夏にしかこの世界にいることはできないの」


 「妖…精?」


 「そう。妖精。本当は立秋のときにはもう消えてしまうんだけど、光と話したかったから夏休みの終わりまで神様にお願いしていたの。でももう無理みたい。そろそろ秋の妖精と交代しなきゃいけないの」


 「神様に…」


 「そう。だから…光。最後に付いてきて」


 そう言ってナツは僕の手をとって走り出した。


 「どこに行くの?」


 「私の秘密の場所」


 そう言うと、一緒に蛍を見た小川へ行き、川の中に飛び込んだ。僕は川底にぶつかってしまう…と思って目をつぶっていたが、そんなことはなく、いつの間にか僕たちは空に浮かんでいた。街の夜景がとてもきれいだった。


 「すごい…」


 「でしょ。ここが私。夏の妖精のお気に入りの場所なんだ。」


 そういってナツは僕のことをどんどん引っ張っていく。するといきなり目の前が明るくなった。


 「うわっ」


 「あははっ」

 

 僕はびっくりしてまたナツに笑われてしまった。


 「花火?」


 僕たちは夏祭り最後の花火大会の場所の上の空に居た。  


 「きれい…」


 「きれいでしょ。私は毎年一人でこの景色を見てサヨナラをするんだ。この花火大会だけは神様も私にこの世界に居てもいいってしてくれるから。だって『夏』祭りだもん。でもいつも一人で寂しかったんだ。だから光と見れて本当に良かった。あなたを公園で見つけたときにもしかしたらって思ったんだよ」


 「そうなんだ」


 「あ〜あ。もう夏も終わりか…あ〜あ寂しいなぁ…」


 そう言って君は目に涙を浮かべた。


 「今年の夏も終わり…終わりか〜」


 「ナツ。また来年、一緒にこの花火を見ようよ」


 「えっ?」


 「覚えていて、またあの噴水のところに来るから。今度は夜じゃなくて昼間でも」


 「覚えていてくれるの?」


 「当たり前さ。僕は君のことを忘れないよ」


 「じゃあ約束ね」


 そう君は僕に笑いかけて指切りをした。


 「私待っているから。あの公園の噴水で」


◇◆◇


 そうして僕は暖かい風に包まれるような感覚がした。気がつくとあの噴水のところに座っていた。


 手にはまだナツの温かな感覚が残っている。


 僕は空にもう一度誓った。きっとまたナツに会うって、この夏休みは絶対に忘れないって…


 星が一つキラッと光ったような気がした。


 

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