第14話 お姫様になる令嬢



 

「「クロード・シャルリエ第二王子!?!?」」



 数分前までは静かだったはずのテラスで、激しく動揺しているティファニーとフロランの声が上がり、「あ?他に人間いたのか」と今更二人の存在を認識したらしいクロードの声が漏れる。



「ちょっと、挨拶に行くんじゃなかったの?」

「もう終わった」

「早!!!ちゃんと挨拶した!?!?」

「したに決まってるだろ、しょうもねー世間話はヴァレリーとシャルルに押し付けた」

「…つくづく社交界向いてないわね」

「うるせぇ、お前の隣に早く行きたかったんだから仕方ないだろ」



 私の頬を親指の腹でそっと撫でて柔らかく口許に弧を描くクロードに、胸が高鳴っていく。



「クロード・シャルリエ様、お姉様とどういうご関係か存じませぬが、彼女はたった今酷い言葉を投げつけて私を傷付けたのです。謝罪して頂かないと私の気がおさまりませんわ」



 一体こいつはどれだけ私を嫌っているのだろうか。わざとらしく涙を拭う仕草をしながら顔をくしゃりと歪めるティファニーは、辟易するまでの猫撫で声でクロードに言葉を放った。



「何言ってんだ」

「ですから、そこにいるジゼル・ブランジェは私を品性の欠片もない低能で醜い女だと罵ったのです。それで私は深く傷ついて涙が止まらなくて…」



 とんでもない捏造してんじゃないわよあんた。一ミリも身に覚えのないティファニーの主張に思わず唖然としてしまう。


 そんな彼女の背中を擦っているフロランが「ジゼルだって、悪気があった訳じゃないよね?きっと何か腹が立つ事があってそう言ってしまったんだよね?」なんて言っている。


 どいつもこいつもふざけんじゃないわよ。私ってそんなにド悪党に見えるの?何も悪い事なんてしてないのに、どれだけ辛い環境でもひたすら頑張って生きて来たのに、それなのにこんな仕打ちしか待っていない訳?


 流石に疲れちゃうわ。私はただ幸せに暮らしたかったの。私だけの王子様と結ばれて、平穏で温かくて優しさに満ちた日々を送りたかった…「気色悪い事ばっか言ってんなよ」



 その場の悪い空気を一刀両断する様に、クロードの声がテラスに響いた。



「ジゼルがそんな事言う訳ないだろ。ジゼルはそんな卑怯な言葉を投げつけるような女じゃない、下らない嘘ばっか吐いてジゼルを陥れようとしてんじゃねぇよ」



 躊躇いもなく、私を疑う事もなく、真っ直ぐにそう放ったクロードに私の心が揺さぶられる。


 ティファニーの顔が明瞭に曇ったのが分かった。



「そ、そんな嘘なんて吐いてな…「黙れ。ジゼルを殺そうとした組織の残党を捕まえたから拷問すれば依頼主はティファニー・ブランジェだって簡単に吐いたと最近報告を受けた。ジゼルがショックを受けるかもしれねぇから伏せていたが、お前はそんな恩も知らずに嘘でジゼルを責め立てたな」」

「…っっ」



 クロードの発言にその場にいた他の人間全員が目を見開いた。


 もう時間も経っていたから犯人なんて捕まらないだろうと思っていたのに、諦めずに調査してくれていたの?それも、犯人がティファニーだって事まで知っていたの?



「な、何かの間違いですわクロード様。私がそんな事するはずな…「気安く俺の名前を呼ぶな。この一件は明日にでも報告書がまとまりブランジェ家は正式に騎士団から調査を受ける手筈になっている。良くて爵位降格、悪くて貴族名簿からブランジェの名が消えるかもしれないな」

「そんな…」



 明瞭に蒼褪めた顔をして震えだすティファニーへと歩み寄って顔を近づけたクロードは「今後、ジゼルに何かしてみろ。次はお前を極刑に晒す」そう告げて口角を持ち上げた。




❁❁❁




 星が瞬く空の下、ノットガーデンが横目に広がる道を私の手を引いているクロードは、何故かパーティーの会場に戻らず庭園の方をずんずんと進んでいる。



「クロード?そこは会場じゃないわよ?」

「分かってる」

「じゃあ何処に向かってるのよ?」

「何処でもない」

「はい!?!?」



 素っ頓狂な返事に驚嘆の声をあげた刹那、クロードが急停止したせいで私の顔面が思い切りクロードの背中にのめり込んだ。


 鈍痛の走る鼻を抑えて耐えていたらくるりと身体を反転させたクロードが、私の身体を抱き締める。



 どうしたのこいつ、情緒不安定?



「……フロラン・フィリップ」

「へ?」

「フロラン・フィリップがいただろ。お前、あいつの事好きじゃねぇか。お前があいつを見たらあいつの所へ行くんじゃないかって不安になって…連れ去ったけど行く宛てなくてここに来てた」

「は?馬鹿なの?」

「あ?俺はかなり真剣に……「もうすっかり、あんたの虜なんですけど」」



 自分でも驚くくらいあっさりと大胆な発言をしてしまった。


 私の言葉に目を丸くさせて瞬きを繰り返すクロードは「げ、幻聴か?」なんてとぼけた事を零している。



「あんたの甘い言葉に心がときめくし、あんたがいなくなると寂しいって感じてしまうの」



“私、クロードが好きで仕方ないの”



 白馬に乗った王子様に出会う事を夢見ていた。いつかきっと自分だけの王子様が私を愛してくれると信じていた。


 ねぇ、お母様。お母様が私にも王子様がいるって言ってくれたの覚えているかしら。



「…本当だな?俺を好きって言った事後悔しないな?」

「しないわよ、寧ろ私を射止めた責任を取ってくれなきゃ困るわ」

「頼んでも一生放さねぇからな」

「望むところね」

「ジゼル」



“愛してる”



 私がお母様に語った理想の王子様像からはすっかりかけ離れてしまったけれど、横暴で、口が悪くて、この国の不良とまで呼ばれているけれど、世界で一番愛おしい私だけの王子様にちゃんと出逢えたよ。



 パーティー会場の賑やかな音が微かに聞こえる中庭で、クロードはそっと私の唇にキスを落とした。




第14話【完】

捨てられて令嬢は、王国きっての不良集団に目を付けられる【完】





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捨てられ令嬢は、王国きっての不良集団に目を付けられる 蒼月イル @el1113

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