〈第4話 お風呂で眠くなるのは、何かと危ない〉
(夜の自宅。バタン、とリビングの扉が閉まる)
「あ、おかえり……兄さん」
「えと……夕飯は……? 『食べてきた』? なにそれ、先に言って。……お父さんお母さん? 例にもれず今日も遅くなるって。……まったく、みんなホント勘弁してほしい……」
(チャイム音と共に『お風呂が沸きました』のアナウンス)
「……え? 『じゃあ、ちょうどいいから、今からお風呂にしようかな』? 待って待って、私が沸かしてたんだけど?」
「やだよ。……『疲れてる』? ……いやいや、私だって疲れてるし。なのに兄さんに譲らなきゃいけない意味がわかんない……っ」
「じゃんけんで決める? そっちの方が手っ取り早い? ……確かに。このまま兄さんと会話を続けるくらいなら、じゃんけんの方がマシかもね。……じゃあ、いくよ? ……じゃーん、けーん……」
◇◇◇
(シャンプーを泡立てる音。シャワー音。浴室で風呂桶を置く音にエコーがかかる。湯船に入り、お湯に手をくぐらせてリラックスする兄)
(が、徐々に睡魔に襲われて、お風呂の音が遠ざかり、フェードアウトする)
「……さん、……ぃさん、……ねぇ、おきて」
(再び音がフェードインし、徐々にエコーのかかった妹の声がはっきり聞こえる)
「……兄さん、ダメ! ……さすがにお風呂で寝ると、溺れて死んじゃうよ?」
「……ほら、寝ない寝ない。……ああ、もう……ダメだってば」
「……なんで、ここにいるのかって? そりゃ、いつまで経っても出てこないし、声かけても返事ないし、さすがに心配になるよ……?」
「……で、中入ったら兄さん湯船で寝てるし。……頭にシャンプーの泡つきっぱなしだし。……まったく兄さんってば……」
「え? 人がせっかく気持ちよくなってるのに……って。……もう兄さん。お眠モードは可愛いけど……でも……」
(真っ赤になって焦る妹)
「さ、さすがにお風呂はダメだよう……ッ、……うう」
「だだだって、兄さん、裸なんだよ? ……は、恥ずかしいに決まってるじゃん」
「み、見てない。見てないってば。……もう、いいから起きて、早く出てよ」
「……もう……らちが明かない。……兄さん」
(シャワー音。妹の距離が少し近づく)
「とりあえず、頭の泡だけ流しちゃうから、……頭、こっち向けて?」
(シャワー音。頭にお湯がかかり、髪の毛を妹の指がシャカシャカと梳かす)
「……えと、……かゆいとこ、ある?」
「……このへん、かな? ……えへへ、なんか、美容室みたい。……そだ。せっかくだから、一緒にトリートメントもしちゃう?」
「……口がまわってないね。はいはい」
(ボトルのキャップを開ける音、再び妹の指が兄の髪の毛に触れる)
「……どう、兄さん? ……気持ちいいでしょ?」
「ならよかった。じゃあ、また流していくね?」
(シャワーの音)
「…………」
「……ねぇ、兄さん?」
「……私のこと、どう思ってる?」
「……私、嫌われちゃってるよね」
「……だって私、……起きてる時の兄さんにいつも酷い態度……だから仕方ないってわかってるんだけど……」
「そんなこと、ない? ……優しいね兄さんは。眠ってる時……いつもそう。優しくて、可愛くて、ずっと無抵抗。……でもさ、そんなの当たり前だよね。弱ってる時に訊いた答えなんて、……たしかに嬉しいけど。……でも……」
(妹がシャワーを止める)
「……兄さん、私、怖いんだ。……起きてる兄さんと、向き合う勇気がない。……いつからかな、兄さんに本当のこと言えなくなっちゃったの。……変に緊張して、避けたり酷いことばかりするようになって、……本当は……違うのに」
「ねぇ兄さん、私、どうしたらいいかな。このまま……ずっと私たち、眠い時にしか仲良くできないのかな……?」
(ぴちゃ、と湯船のお湯が揺れ動き、兄の手が妹の頭に乗せられる)
「……ッ、兄さん?」
(驚く妹の頭をそっと撫でる兄)
「……あの、……ッ」
「……そんな水浸しの手で撫でられると、髪濡れちゃうよ、もう……」
(ポタ、ポタと落ちる水滴。構わずに撫で続ける兄)
「……それが、兄さんの本音、なのかな? ……兄さん、私、信じてみてもいい?」
(ばちゃ、と兄の手が水面に落ちる)
「! ……兄さん? ……ってあれ……いつの間に目を閉じてたの?」
「また寝ちゃった……これはもう仕方ないね」
(ふー、と自分の緊張を抑えるように妹が息を吐き、ささやく)
「……兄さん」
「……私、兄さんのこと、信じる……」
「ちょっと可哀そうだけど……我慢してね」
(バシャッ、と豪快に冷水がかかる音。瞬時に覚醒して戸惑う兄に塩モードの妹が)
「――おはよう兄さん、少し……話があるの」
◇◇◇
(リビング。体を拭いて服を着た兄と妹が向き合う)
「……一つ、確認していい?」
「……兄さん、今、眠たい?」
「……そうだよ。私が水かけて……起こした。……え、『気持ちよく寝てる兄にする所業じゃない』? ……それは、そうかもだけど……、でも……」
「……どうしても、話がしたかったの、……起きてる兄さんと」
「……うん。……だから、聞いてほしい。……今日は……ちゃんと逃げないから」
「……あ、あのね、兄さん。……私、その……」
「…………」
「――ね、眠たくなってる兄さんのことが、好きなのッ!」
(ゴン、と座卓に兄が膝をぶつける)
「……あ、あくまで眠たくなってる時だけだよ? ……普段の兄さんは……その、嫌いではないけど……ね、眠たいときの可愛さがギャップ凄すぎるっていうか……」
「好み?とは違うと思うんだけど、なんて言ったらいいのか、……え? 性癖? なな、そ、そんな生々しい言い方しないでっ」
「……恋愛、対象……、っていうか……なんて言ったらいいんだろう、難しいな……」
「えっと、正直、近親相姦とか禁断の愛とか、そういうのじゃなくて。……けど、……眠たい兄さんを見てるとどうしても、胸がきゅうう、ってなって、……我慢できない」
「そ、っそう! 萌え、萌えだよ! 私眠たい兄さんに、萌えてるの!」
「……でも、そんなの言えるわけないし。兄さんだって、もう子どもじゃないんだから、その……、か、彼女とかいたら、迷惑だし……」
「……え、いない? そもそもモテない? そんなことないよっ。私だったら、……や、なんでもない」
「……とにかくね、兄さんを目の前にすると……いろいろな感情がごっちゃになって、なんて言ったらいいかわからなくなっちゃうの」
「……だから私、兄さんが眠たいこと確認してから、……結構、好き勝手してた」
「だって兄さん……眠たいときのこと、覚えてないでしょ?」
「…………!?」
「え? ……わ、割と覚えてる? 思い返すと、たしかに好き勝手してた、って、え、え……」
「~~~~~~ッ!!!!」
◇◇◇
(翌朝の兄の自室。鳥の鳴き声で兄が目を覚ます。ゆっくり体を起こすと、超至近距離から妹がささやき声で)
「…………お、は、よ、う」
(驚いてガタ、とベッドを落ちる兄)
「……兄さん、まだ眠たい? え? なんでベッドにいるかって? ……あれから一晩悩んだんだけど、なんかいろいろ、どうでもよくなっちゃった」
「うん、どうでも。……なので」
(再び兄の耳元に吐息がかかり)
「……好き勝手……することにした♡」
「……何その顔。兄さん、もしかしてヤなの?」
「兄さんが悪いんだよ? 妹に狸寝入りなんて。おかげで私、もうリミッター?外れちゃったかも……」
「で、さっきの質問。……兄さん、私に好き放題されるの……イヤ?」
「……ふーん。ヤじゃないけど、戸惑うね。ふーん、ふーん」
(妹が兄の至近距離でささやき)
「ねー、兄さん」
「朝から兄さんとお話できて、嬉しい……っ」
「……これからもずっとずーっと、甘やかしてあげるから。だから兄さんもー、私のこと、たーっぷり甘やかしてね……?」
「……え、兄さんに彼女ができたら? ふふ、そんなの……知ーらない♡」
(妹が兄の頭を優しく撫でる)
「よしよし。ね、だから兄さん、……おいで?」
【END】
ねむデレ兄妹の甘えあい。~普段は塩シャイな妹が、眠たい時だけ溺愛寝かしつけ~ 或木あんた @anntas
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