忘れさせた光

蠱毒 暦

無題 あいつは知らなくていい


高校での簡単でかつ退屈な授業が終わり、放課後。2人の友達と一緒の帰り道。


(あ…また、来てくれたの?)


「でねー。今日オープンしたカフェが…愛花あいかちゃん?」


「…どうかした?愛花。」


わたしは目を瞬かせて幻影を消した。


「まさかまた…視えたの?」


「…両目の移植手術の後遺症ってお医者が言ってたんだ。もう慣れたから平気。」


「手術当日に家が火事になったり…はぁ。悩み事があるなら、ちゃんと言いなさいよね。」


「ありがとう。本当に困った事になったら、ちゃんと相談します!」


「……大丈夫かしら。」


「ほんと、綺麗な紫紺の瞳で羨ましいなぁ〜クラスの男子とか、他の学年の先輩とかにもモテモテだし…その自覚とかも持ちなさいよね。」


「う…うん。」


(そんな感じじゃないんだけどなぁ…)


「こらバカ蓮香れんか。愛花に失礼でしょ…」


「えっと…蓮香ちゃん。今日もね、血まみれで両目を包帯でぐるぐる巻きにしている知らない男の人がいたんだ。」


「え!?何処に…いたの?ま、まさか…」


「そう。蓮香ちゃんの後ろに…ね?」


蓮香ちゃんはびっくりして、後ろを振り向いた。


「…こ、怖……心臓キュってなったよ……」


「あ。ごめんなさい!!…意地悪しちゃって。」


「気にしなくていいわよ。さっきのバカ蓮香の仕返しとしては、丁度いいと思うから。」


「なんですとぉ!?あたいの事をバカにして〜パフェ奢るまで許さないんだからぁ!!」


そう言って駆け出す蓮香ちゃんを、わたし達は笑って追いかける。


そんな今の生活は…幸せだと思う。



目が視える。わたしにとってそれだけでも幸せで…空も海も山も谷も構造物も…人も食べ物も…携帯も車も電車だって何もかもが初めて見る代物ばかりでわたしを退屈させてくれない。形や色があるだけで、こんなにも楽しいなんて…知らなかった。


——だけど。そうやって日々の日常を過ごしていると段々…わたしの中で大事なものが欠落していくような気がするのは、どうしてなんだろう?




……


………



俺は根っからの不良だった。誰もが俺に恐怖し歯向かう奴はたとえ誰であろうと拳一つで血祭りにあげる。


「ひ。許し…」


「あ?声が小さくて聞こえねえなァ。得物持って雁首そろえて数でやろうとするシャバ僧共に…俺の首が取れる訳ねえじゃろうがァァ!!!!」


「「「「「ふぎゃぁぁ!?!?」」」」」


俺の生き方は絶対に変わらねえ…一人っ子の俺に生まれつき目が全く見えないあいつがやって来て、俺が義理の兄になるまではそう確信していた。


「……あの、おトイレに…行きたいです。」


「チッ…しゃあねえなァ。」


俺が高校一年の時…親が離婚して親父に引き取られて1年後、同じ境遇の女と親父は再婚した。


「…お兄様、いますよね!」


「いるわボケが。待ってるからさっさと済ませろや。」


勘違いしてるふてぇ野郎共がいるだろうから言っておくが、俺は断じて…あいつに絆されて不良を辞めた訳じゃねえし、当時は特に気にも留めてねえからなァァ!!!


「え…本当に、本当にいますよね!?」


「あーー!!!めんどくせぇ!!!!」



——回想


ある日。隣の南高で調子乗ってる総長と裏番…そいつらが俺の高校にちょっかいをかけて来やがったから、すぐに単身でカチコミかけてボコボコにした。


夕暮れ時に風呂場で血を拭っているとぎこちない足音が聞こえて、スロープを伝いながらゆっくりとあいつがやって来た。


「その……お兄様…ですよね?」


「ぁ?来んなよボケが。それに俺はお兄様じゃねえよ!!!」


ポタポタと右腕から血が垂れる。


「ぁ…はい。ごめんなさい…」


あいつはどこか申し訳なさそうに去って行った。


「…チッ。クソが。」


出血が思っていた以上に多く、用意していた包帯では足りずにイラつきながら制服を巻いて止血しようとして…その手が止まった。


「何…しに来やがった?おい…俺は来んなっつっただ…」


何かを置いて今度は足早に去って行った。


「……。」


去り際の不安そうなツラを思い出しながら、あいつが置いて行った…包帯や消毒液を使って右腕の処置をする。


(…何で、分かるんだよ。目…見えてねえ癖して。それに…)


処置を終わらせた俺はすぐに、あいつの部屋に殴り込みをかけた。


「おい、お前ェ!!!」


「は、はい!?…晩御飯なら、冷蔵庫にありますけど…あ!今日はお兄様が好きなハンバーグです。わたしが作ったんですよ?」


「あ?そうか……っ。違えわボケが。そうじゃねえよ…」


俺は机で真面目に勉強しているあいつの両肩を掴んだ。


「何の真似だお前…俺に包帯渡して、何の意味があるんじゃ?おい…」


他の奴なら産まれたての子鹿のように震え上がり軽く失禁する恫喝に、全く怯える様子もなく答えた。


「傷は…大丈夫ですか?」


「あぁ?お前…話聞いとったんか…お前が俺を利用する気なんかと聞いとるんじゃ!!!!」


「利用…わたしが、お兄様を?」


不意にあいつはクスクス笑いやがった。


「何がおかしいんじゃ…おいコラ…言わなきゃお前をここでぐちゃぐちゃに」


「そんな事…しないですよ。寧ろ…わたしはお兄様に恩返しがしたいです。」


恩返しィ……?


「…お兄様は、わたしの為に家にスロープをつけてくれと頼んでくれた事とか…あれ?覚えてないですか?」


「……。あれは何かとふらつくお前が鬱陶しくて邪魔で邪魔しょうがなく親父に頼んでやっただけだ……だから俺の為にやった事じゃ。」


「でも…ここにある家具達も、お兄様がある程度お金を負担して、私の為に用意してくれた特注品…なんですよね?」


俺は不覚にも黙ってしまった。日本中の不良やヤクザからも恐れられている…この俺が。ある意味、将来…大成するかもしれない。


「親父から聞いたのか…クソが。」


「はい。お兄様はバイトもやってるんですね!すごいです!!」


いやバイトじゃねえ。俺はただ都内をひたすら巡って、カツアゲしようとしてる奴らのちゃっちい懐を巻き上げてただけだ……親父はその事を知らないだろうが。


「……」


「…お兄様?」


睨んでも目が見えねえから効果ねえ…っ。やりずれえな。俺はあいつの肩から手を離した。


「邪魔したな。あー高校受験の勉強だったか…頑張れよ。」


「っ!?あのお兄様がわたしを励ますなんて…はい。精一杯、頑張りますね!!」


「ぶっ殺すぞ!!」


俺はあいつの部屋から出ていき、一階にあるキッチンで冷蔵庫からハンバーグを取り出して、レンジで温めた後…よそいでいた米と一緒に頬張った。


「……ケッ。」


腕、上がってるじゃねえか。


——回想終了



…あ?俺があいつに絆されてる…だぁ!?お前ら一列に並べ。今すぐにサンドバッグにしてやるよ。それともつま先から首までへし折られたいか…ここで選べやゴラァーー!!!!


「…ごめんなさい。少し手間取っちゃって。」


「時間かけ過ぎだ!!その所為で、柄にもなく嫌な事思い出しちまったじゃねえかァ!?」


中学3年生にもなって夜な夜な1人で便所にすらいけねえなんて…情けねえにも程がある。


「…行くぞ。」


俺はあいつの手を取って、部屋に誘導した。


「…ありがとうございますお兄様。何だか、怖い夢を見て…い、いつもは1人で行けますよ!?」


「強がんなよボケが。あーまた呼ばれてもクソ程面倒だから、お前が寝れるまでその手ぇ…握っててやんよ。」


「…ありがとうございます。お兄様。」


「チッ。」


俺はあいつが寝た事を確認してから、隣の部屋にある自室に戻り、ズタボロのカレンダーを眺める。


明日は金曜日。そこにはデカデカと赤い丸で囲まれていて、こう書かれていた。


『あいつの誕生日』


「…大丈夫だ。何とかなる…何とかなる筈じゃ。」


荷物の支度をして、俺は夜勤のコンビニバイトへと繰り出したのだった。



……



あの日以降、俺は生活を一新した。


乱歩らんぽ総長!!南高から果たし上がぁ!!」


「…あ?時間ねえから、後にしやがれ。」


「……へ?いやでも、」


「時間がねえつってんだろ!?こちとらバイトがあんだよ!!!」


震え上がる舎弟の1人を無視して、テキパキと服装を整える。


「…暫くの間は俺はやり合わねえからな。そっちにまかすぞ、副総長。」


「嘘ぉ!?僕、喧嘩とか弱弱だぜ?…って、あーあ行っちゃった。」



——今度は合法的な手段で金稼いで…あいつの視力を取り戻す。そうでもしなきゃこのモヤモヤはいつまでたっても消えやしねえ。視力が戻って俺の素顔を見れば…怖がって、きっと不良の俺の側から離れてくれる。そうなれば…後は勝手に幸せになれる。


俺と違ってあいつは、頭がいいからな……馬鹿な俺の後ろばかりをついて来て、一緒の道を歩くべきじゃねえんだよ。



「はぁはぁ…葛城かつらぎ元総長!遅れてしまい申し訳ございま…」


「オメエ!!!…こちとら深夜とはいえワンオペだったんだぞ、口上はいいからさっさと働きやがれ!!!…あ、ありがとうございましたぁ〜」


「は、はい!!」


働く場所が思いつかず俺の母校の前総長に働き口を教えて貰った結果、俺はコンビニ店員として雇われた。


「…本当に感謝します。葛城元総長。」


「はっ。妹さんだったか…義理だけに義理人情とはな…いい面してるぜ、今のオメエはよ。」


「…そ、そうでしょうか?俺はただ…不良の世界に戻りたい一心でして…」


葛城前総長は快活に笑う。


「オメエはいつだって真っ直ぐだよなぁ。俺様がテメェを不良の世界に誘った時から…」


「!?客が来てますよ、葛城前総長…いえ、葛城店長!!」


「こりゃ、いけねえや…ラッシャセー。」



そうしてゆっくりと夜が明けていく。


……



「……?」


目を開けて机に置かれたスマホを取った。


「今日は学校サボるつったろ…奏美かなみ。」


『深夜まで働く勤勉な乱歩君に一つ、急ぎの連絡があってね。』


頭を掻きながら、話を聞く。


『…君の義理の妹の警護についてだ。』


「……何かあったのか?」


『君たってのお願いだからさ。僕も張り切って妹さんが通う中学校にこっちの主力の『熱羅殺隊ねらさつたい』と他校から集めた下っ端達を校内に忍び込ませた。安心しなよ…理由とかはこっちで適当に誤魔化してあるから。』


「…本題を言え。」


『えっーと、それがね…』


気づいたら俺はスマホを握り潰していた。今の時刻は午後16時54分…あいつが学校が終わって、家にいる頃…だが帰って来た痕跡がない。俺は急いで、制服に着替えて外に出る。


「…クソ!!クソがァーー!!!!」


——ごめん。いつまで経っても、妹さんが出て来ないんだ。きっと下っ端の中に間者が紛れこんでいて…連れ去ったんだと思う。


探す当てもなく、俺は叫びながら町を走る。


「よりにもよって……この日に!!!」


走って、走って、走って……走った。

そうして…見つけた。


「おい、どこほっつきあるいてやがっ…」


デケえゴミ捨て場の上で頭から血を流して倒れているあいつの事を。いや、今はそれよりも。


「やれやれ。熱羅殺隊ねらさつたいの『不良の王』でおわせられるお方が狼狽する姿を見れるなんて…ふくくっ。最高ですねぇ。」


「南高の裏番…藤田ふじた 藤四郎とうしろうか。何処から情報が漏れてたかなんてそんなんどうでもいいのう…ここで2度と立ち上がれねえようにボロボロのボロ雑巾になる奴にゃあ、もう関係ねえ話だからなァ…」


単身でかつ左腕がギブスで固定されているのを見て、俺は少し油断した…否。俺はあいつが傷ついた姿を見て、ひどく動揺し焦っていた…だから気づけなかった。


「ならさようならだ。『不良の王』」



——パンッ



どこからか鹵獲したであろう右手に持っていた拳銃の銃弾が俺の左胸を的確に貫いた。


……



殴り、砕き…潰して壊す。俺には…それしか能がなかった。


だから生まれた時から喧嘩が強かった俺は、他者に疎まれるのが嫌で…今から思えば情けねえ事に中学校じゃ大人しくしていようと努力した。それでも現実って奴は無常なもんで、頭の出来も悪かったのもあってか…毎日、路地裏でいじめに耐えて生きていた。



そんな俺を、偶然そこを通りかかった当時、高校2年生だった葛城前総長は叱咤してくださった。


「おい中坊…俺様には分かるぜ。オメエはコイツらみたいなちんけな奴じゃねえ。これからの人生、無様に生きたくなけりゃあ、漢として…立ちやがれい!!」


そうして気がつけば、いじめっ子共は血の海に沈んでいて…腕組みをしてそれを見守っていた葛城前総長はニヤリと笑う。


「オメエはそれでいい。自分に嘘ついて生き方変えるなんざ、クソ喰らえだろ?それじゃあ面白くもねえ。」


「……でも。」


血に染まった拳を見て言った。


「それじゃ…駄目だ。ずっと暴力を振るえばいつか、全員を敵に回す事になる…そうだろ?」


「……ぷっ。」


「…?」


俺がそう言うと、葛城前総長は腹を抱えて笑い出した。


「なにが可笑しいんだよ!?」


「ひ〜腹痛えよ。さてはオメエ…頭悪いだろ?」


「……。」


「その表情…図星かぁ?なら特別レッスンだ。俺様が直々に教えてやんよ。」


内心、警戒しながら拳を構えると…いつの間にか俺の背後から声が聞こえた。


「たとえ全世界を敵に回してもな…それを打ち砕ける圧倒的な強さがありゃあいいんだよ。」


「…っ!?」


後ろを振り返ろうとする前に、足払いされて地面に転がった。


「俺様はもう無理だが…守るもんがねえオメエなら、なれるかもだ。一度現れれば、誰もが怯え、喧嘩もやめて逃げ出しちまう…そんな不良の王に。」


「誰がそんな奴になると…」


「ハッ。何が何でも、一度決めりゃあやり遂げようとするオメエのその実直な心だけは認めてやる。だから勝負しようぜ?」


起き上がり際に放った俺の拳が受け流された。


「シンプルだ。俺様が勝てば、俺様の言う通りに生きろ。オメエが勝ったら…オメエのやりたい事をやり遂げりゃあいい。だがもしお前も…誰かを心の底から守りたいと思える日が来たら…」


「っ…ごふぅ!?!?」



オメエは……勝負の…漢同士の契りなんざ投げ捨ててでもそいつの事を第一に考えて…後悔しない道を征け。


腹を思いっきり殴られて激しく嘔吐しているのに、その言葉は酷く鮮明に聞こえた。



……



「か、奏美かなみ副総長!!!…こりゃあ。」


「言うな…チッ。分かってるからさ。」


間者に居場所について何とか吐かせた後に来てみればこのザマだ。


「…副総長?」


「どうしやすか、この南高の奴ら…もういっぺんシバキましょうか?」



(ばか。また1人で…突っ走りやがって。)



「もう十分、我らが不良の王が始末つけた後だから、今は死にかけのコイツらを病院に運ぶ。恐らくここでのびてる裏番の独断によるものだろうから…南高に貸しが作れるいい機会だね。サツが動く前にさっさと動こっか?」


『ヒャッハァァァアーーーー!!!!じゃあ、誰が一番早く運べるか競争しよーぜぇぇぇ!!!!!』


そんな喧しい叫び声に耳を塞いで再度、辺りを見渡すと、地面に引きずったような血痕がある事に気がついて…気づくと僕は熱羅殺隊と下っ端を置いて先に駆け出していた。


……



周りからざわめき声や叫ぶ声が聞こえる。野次は引っ込んでろよ…殺すぞ。


(……早く…早く……行かねえとなァ…)


ここでの目的を果たした俺は、燃え盛る家を背に、未だに気を失っているあいつを背負って歩く。


………


……


「これが、約束の金だ…これで、早くあいつの目を…」


「少し血で汚れてるが…確かに頂いた。」


後少し…後少し…だ。


「…お金は貰ったが、その子に移植する目のアテはあるのかね?」


「……あ?ここにあんだろ…目の前にな。」


ジジイはわずかに目を見開いた。


「ほっほっほ。そうかそうか…なら、準備にとりかかるとするかのぅ…よっこいせ。」


「正気ですか!?佐々木院長!!その子に彼の両目を移植するなんて…」


「俺が金を払った。いっつもどんな重傷でも治してきたこいつならゼッテー成功する。第一、それは第三者が口を出す事じゃねえ…とか、言いたいんじゃろう?」


俺は何とか起き上がって、看護師の口を黙らせようとする前にジジイに言葉で制された。


「あ…あいつの傷は…」


「今もケロッと生きているのが不思議な位のきみと違って、普通に軽傷じゃから安心せい。傷も残らんじゃろう。」


「なあジジイ。一つだけ……頼めるか?」


「………ほっほっ。世間を揺るがせた不良の悪ガキにしては殊勝な心掛けじゃ…よかろう。」


「……。」


段々と意識が遠のいていく。文句一つ言う元気も出ねえ。



…ドンドンと激しく扉を叩く音が聞こえる。



見知った誰かの泣き叫ぶ声も。でも俺は直接、それに応えてやれそうもねえや。


「あ……奏美に、あいつの事、頼むって…言っといてく…れ。」


残った奴らの事を考えると…罪悪感はある。死ぬってのも、かなり怖い。


(でもよ…漢ってのは一度契りを交わしたら、死んでもそれを守る生き物だからなァ。)


俺みたいな暴力しか取り柄がねえ不良が…最期は誰かの為に…愛花の光になれるってんなら。



俺の全て…ここで投げ出してやるよ。



それが…俺。燃羅ねら 乱歩らんぽの選んだ道で。


『不良の王』を辞めて…『義理の兄』となった瞬間であった。


………


……



何とか追いついて、蓮香ちゃんが行きたかったカフェの店内でスイーツを楽しむ。


「〜んまい!!さっきの事は許すよ♪」


「調子いいんだから。はぁ…でも美味しいわね。内装も綺麗だし、また来てもいいかも。」


「…そうだね。」



苺のショートケーキを頬張る…とっても甘い。



スイーツに舌鼓を打ってから少し時間が経った頃。チャラそうな男達が私達の方へとやってきた。


「おい、嬢ちゃん達〜俺と遊ばなぁい?」


「こんな甘いお菓子よりも、いいコトしてあげるからさぁ〜」


「え?誰…」


「あの、店の人…呼びますよ?」


むぐむぐ。このモンブランも…美味しい。知識では知ってたけどこうして改めて見ると細長くてニョロニョロしている生クリームが…見ていてとても可愛らしい。


「早く行こうって!…おら!!」


「きゃっ…何すんのよ!?」


「ほら、さっさと行こうぜ?俺達がまだ優しい内にさ…この店はもう俺達『ナンパギャング』が占領してんだよ。」


「う、嘘…そんな…」


この紅茶も。きっと良い茶葉を…


「おっ、兄貴…やっと来たんすね!!」


「ふくくっ…あなた…さっきから何をしているのですか。調子に乗っているなら……ぁ。」


奥の席に座っていた私は、強引に体を男に振り向けさせられた。


「むぐむぐ……もう閉店時間ですか?」


モンブランを食べ終えた私は、持っていたお皿にフォークをそっと置いた。


「愛花ちゃん!?そんなに堂々と…」


「えっと。食べる事に夢中で…何かあったの?」


「愛花…よく聞いて。この人達は…」


「黙ってろよぉ。要は俺達、『ナンパギャング』がお前達を連れて行くってこった!!分かったかこのモンブラン女!!!」


(ナンパ…ギャング?)


「こ、こいつ…いい加減、兄貴も何か言って…兄貴?」


私を振り向けさせた兄貴と呼ばれた男は、私の肩を掴んだまま、額から汗を流しながら震えた声で言った。


「…美しいながらも濃密な殺意が練り込まれたようなその紫紺の瞳。お、お嬢さん…名前を教えてくれませんか?」


「…燃羅ねら 愛花あいかです。」


男はすぐに私の肩から手を離した。


「……引き上げますよ。皆にもそう伝えてください。」


「えっ!?いや兄貴…」


「二度は言わせませんよ!?あの瞳は紛れもなく…あの男の……昔折れた肋骨と鎖骨と左腕と右足と左足が疼きます…ですから、だから…」


『兄貴!?ま、待ってくれよぉ〜』


錯乱して逃げるように立ち去る兄貴と呼ばれた男を追って、他の人達もぞろぞろと店から出て行った。


「…どこかに行っちゃったね。」


「「………。」」


残っていた紅茶を飲み干して、私は立ち上がる。


「ちょっと、お会計してくるよ。」


「待って愛花ちゃん…その、怖くなかったの?」


「奇遇ね。バカ蓮香と気が合うなんて…それ。私も聞きたかったわ。」


真剣な表情で言われて、私はどうしようかと少しだけ戸惑ってしまう。


「えっと…昔、そういう人が身近にいた…気がしたから……なのかな?」


「身近に…ねぇ。例えばさ、お兄ちゃんとか?」


「う〜ん。」


窓からふと外を眺めると、遠くで奏美かなみ先輩が私に手を振っていた。


「あ。今日、予定があるんだった。お金ここに置いとくから…また明日ね!!」


「待ちなさい!愛花、まだ私は納得して…」


「ん〜まあ予定ならしゃーないじゃん。明日聞こうよ明日!!余分にお金も貰った事だし…気を取り直して他のスイーツでも食べよ?」


店を出て横断歩道を渡る途中で足を止めた。


(ぁ…ごめんなさい。今、急いでるの。)


そう思って、瞬きをするが…今回は消えずに何かを呟いたような気がした。



——ちゃんと前見ろ。ボケが。



まだ青信号だったのにトラックがわたしの目の前を通り過ぎて行って…血まみれの男が消えていた。



「……お兄様。」



何故かそんな言葉を口走って、急に涙が出そうになるけど…すぐに冷静になる。



(…?奏美先輩が待ってるから、早く行かないと。)


……



——あいつの記憶から、俺がいた部分をなくしてくれねえか?



『不良の王』としての彼の期待は…勝手に死んでしまった事への意趣返しなのか、後に奏美があいつを次代の『不良の王』に祭り上げたことで、裏切られる事になる。



だがしかし、記憶の残滓は残ってしまったものの、たった一つの『義理の兄』としての願いだけは…こうして成就したのだった。


                  了












    




























































































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