第八話「き、貴様ぁ! 絶対に許さんからな!」

「うむ、ザザ君。帝庁から連絡があったよ。問題なく御身の保護手順について開示してもらうことができた。今確認してもらえるかね?」

「ちょぉっと後にして貰えますか、課長!?」


 ザザ・ローリングの上司である銀河法人ロザン職業案内所監督課の課長、トーマス・ディ・フランソワはそのコミカルな外見とは裏腹に、自他ともに認める優秀な人物である。往々にして優秀な人物というのはマルチタスクが得意であり、そしてそれが他者も同様だと考えてしまう者が多い。そのため、時として優秀な人物でありながらも空気を読めない、間が悪いと言われてしまうことも残念ながらあるのだ。


「うむ、なにかね、ザザ君。取り込み中かね?」

「それ以外になるがあるって言うんですかねぇ!?」

「おらおらおらぁ! 逃げてばっかじゃ話になんねぇぞぉぉ!」


 そも、監督課の課長は優秀であり、監督課の課長にふさわしい武力の持ち主ではあるが、本領は管理職。生粋のエリートなのである。いくら武力があろうとも、基本的にはデスクワークが中心だ。戦闘の勘が鈍ってしまうのも致し方ないことである。


「では、ザザ君。君のパートナーのソル君にデータを送っておくとするよ。無事に御身を保護して帰還してくれまえ。忙しいところ邪魔したね」

「承知しました課長ぉ!」

「うむ、ザザ君。頑張りたまえ」


 ザザ・ローリングは近接戦闘においてはその特性と弛まぬ訓練の賜物から比類のない実力を発揮できる。だが、彼はデスクワークにおいては平凡だ。学業で好成績を収めることができるのも、暗鬼に強いだけである。決して課長のようなマルチタスクが得意な訳ではないのだ。そして、パイロットのサポートを専門とするアンドロイドは、そういったザザの苦手な領域をフォローするのが本領だ。


「マスター、課長から受領したデータを分析、御身の保護手順に問題はありません。現状の解決にご注力ください」

「助かるぞ、ソル! じゃあ――これからが、本番だ!」


 課長との通信に対応するべく回避に専念していたザザ・ローリング専用機グラスウェルの挙動が一変する。これまでグレイのタイターン機の周囲を飛び跳ねるように動き回っていたのが、一気に距離を詰める動きへと。


「逃げ回るのはおしまいか! 政府の犬ごときが!」

「確かに犬だが、その犬に嚙みつかれても強気でいられるかな?」

「はん! このグレイ様のタイターンに傷一つ付けられるわけがねぇ! やってみやがれってんだ!」


 タイターンの冷却期間が終わった第三種兵装相当の多弾頭ロケットランチャーがグラスウェルをロックオンし、一斉斉射の構えに入る。もしも直撃すれば、如何なグラスウェルとて行動不能に陥ることは避けられないだろう。


「では、お言葉に甘えて。ザザ・ローリング、グラスウェル――参る!」


 B兵装の装備である、両肩に装着されていたビームソードを片手にそれぞれ一本ずつ装着し、両手で一瞬構えを取ったグラスウェルが爆発的な加速力でタイターン機に肉薄する。


「うぉ!? だが、至近距離も射程圏内だ! 馬鹿め! これで終いだ!」


 タイターン機がグラスウェルをロックオンした多弾頭ロケットランチャーを一斉斉射し、タイターン機の周囲が再び火の海に包まれる。


「はん、やっぱり大したことなかったじゃねぇか。こりゃぁ木っ端微塵――なにっ!?」


 火の海から飛び出したグラスウェルは直上に飛び上がり、タイターン機のコックピットが格納されている腹部へ急接近していく。


「すまないが、命の保証はできない。君の悪運を祈っておくよ――疾っ!」

「な、何をした!? ぐ、ぐぉぉぉぉぉ!!!」


 一瞬の余白の後、金切り音を立ててタイターン機の腹部からくり貫かれたコックピット部が火の海へ落下していく。あまりの事態にグレイは混乱の極みだ。これでは、脱出装置も働かない。外殻越しであれば火の海に落ちても何ともなかろうが、くり貫かれたコックピット部だけでは、外殻のない場所が存在する。そこから内部に熱が伝達してしまえば、終わりだ。ザザ・ローリングが言った命の保証はできないとは、そのままの意味なのである。


「き、貴様ぁ! 絶対に許さんからな! 必ず! かならず……」

「いつも大体同じこと言われるんだよなぁ、これが。君たちの様な人達って、ほんと月並みな事しか言わないよね」


 完全に機体から滑り落ちたコックピット部からは通信が途絶し、グレイの声は聞こえなくなった。これで後は監督課から後ほどやってくる、事後のお片づけを担当する掃除部隊に任せてしまえば大丈夫だろう。その時まで命が繋いであれば、ザザが言ったように悪運が強ければ、彼も生き残れるだろう――生き残って重罪になる彼を待っている境遇を思えば、それが幸せとは決して言えないが。


「終わりましたね、マスター」

「あぁ、こっちは予定通りだな。そっちはどうだ、ソル? 無事にデータは取れたか?」

「はい、こちらも問題ありません、マスター」

「そりゃ何よりだ」


 当初の目論見通り、ザザ・ローリングが有象無象を掃討している間に、予定通りデータ取りも問題なく終わったようである。これで、ここへ来たザザ・ローリングの本来の任務は終わりである。


「それで、御身のご様子は?」


 そう、本来の任務は終わりではあるが、これから特大の厄介ごとをどうにかしなければならないのである。そして、厄介ごとは少しでも早く片付けることが、後の面倒ごとを減らす最大の対策なのだ。ザザ・ローリンは経験でそれを知っている。


「はい、大丈夫です、マスター。御身は鎮静状態に入り、現在仮眠中であらせられます」

「そうか、そりゃよかった。そのまま気づかないうちに運んでしまおう」

「かしこまりました、マスター。御身を収容します」


 障壁展開後、誰にも相手されなくなった皇族スライムは拗ねてしまいふて寝していた。だが、ずっと誰に相手してもらえなかったのでそのまま寝入ってしまったのである。


 その間にさっさと撤収するべく、ソルは退避していた監督課汎用母艦であるテラを潜航モードから航行モードに戻し、ザザ達を迎えに向かうのであった。

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