第七話 「こいつぁ、馬鹿だ。真正の馬鹿がいる」

登場時から何事かを叫んでいる皇族スライムの幼生個体の周りに、突如青く透けている障壁が展開された。突然のことにびっくりした皇族スライムは事態についていけず、固まってしまう。


「マスター、敵性集団から御身を障壁にて隔離完了。遠慮は無用です」

「--了解した!」


 ザザ・ローリングの愛機グラスウェルが航行モードから白兵戦モードへ移行し、戦闘機のフォルムから二足歩行の高機動戦闘形態への瞬時に変形。ロック解除されたB兵装が格納されていた次元から現在の次元へと転移され、自動装着される。


「銀河法人ロザン職業案内所監督課所属、ザザ・ローリングだ! 覚悟のある者から掛かってくるんだな!」


 グラスウェルがB兵装のメインウェポンであるバスタードソード型のビームサーベルを両手に握り、皇族スライムの周囲で障壁を破壊しようと群がっている敵性集団へと突っ込んだ。所詮、軍レベルの戦闘を行えるはずもない只の素人の集まりである。あの悪名高い監督課が集団のど真ん中に突っ込んできたことで、誰もかれもが慌て驚きふためいている。


「さすがマスター、良い悪役っぷりですね」


 ところで、銀河帝国において軍人というのは一般兵卒はともかく、士官以上となると明確に特権階級にあたる。おいそれと士官になれないように、銀河帝国全体で士官学校の入学者の質と数が調整されるようになっている。そして、軍人籍は士官学校卒業と同時に付帯され、例え軍に就職しなくても生涯持つことができる。もちろん、帝国法に定められている義務を果たしている限り、であるが。当然、軍に就職している場合は特別何をしなくとも資格は原則更新される。


「う~ん、マスターに立ち向かえる様なビッグネームはいませんか。これでは、武装勢力の制圧による貢献ポイントは狙えなさそうですね」


 士官資格を得るのも難しく、義務を欠かさず熟すのも一筋縄ではいかない。実力に裏付けされた特権階級であり、その恩恵は数知れない。そして勿論、ザザ・ローリングもまた士官資格に必要な貢献ポイントを毎月稼がなければならない身である。


「あちらはもうすぐマスターが片づけてくれそうですし、私もデータの取得を急ぐとしましょうか」


 ザザ・ローリングになぎ倒されるように制圧されていく雑多なコンバットアーマー達。ザザの言葉通り、5分以内に事が済みそうである。決してマスターを待たせることにならないように、ソルもデータの取得に集中することにした。


「ほらほら、どうした! お前達も良いところを見せたらどうだ」

「うぁぁ~来るな~!」


 逃げるコンバットアーマーに背中からドロップキックを決めるザザ・ローリング。もはや戦闘の態を為していない。ザザの心情的には既にごみ掃除である。


「ふっふっふ。この調子ならもしかすると、明日の婚活パーティーも間に合うかも、な!」


 ザザ・ローリングの目標は綺麗で優しくて相思相愛にいちゃいちゃできる素敵な女性と暖かな家庭を築くことだ。そして、軍に所属している士官において、未婚率は新人を除くと驚愕の1%以下を誇っている。つまり、モッテモテである。もしも軍に入っていたら、本来ザザ・ローリングの目標は早期に叶っていたことであろう。


「えぇ、そうですね。マスター」

「そうだろそうだろ! ほら、こっちは終わったよ、ソル。片して帰ろうか」


 ソルは知っている。ザザ・ローリングのささやかな夢を。そして、どんな女性が好みなのかも、本人以上に知っている。


 軍において、特権階級となる士官をあらゆる面倒から守らない理由は無い。そのため、本人が誕生してからこれまでの人生のすべてのデータを元に、生涯にわたって専門でサポートしたり心のケアを行うアンドロイドを二十四時間身の傍に置く。そしてこれは義務に含まれる。


「マスター、御身の件があります。すぐの帰還は難しいかと」

「あぁ~、そうだった。それで、御身のご様子は?」


 サポート・ケア専門で、マスターがすべての最優先事項として設定されているアンドロイドといっても、れっきとした機械知性体であり、感情もある。きちんと人格はあるのだ。当然、表には決して出さないが反感もある。


「幸い、ここはデッドスポットと言っても、比較的軍基地に近いんだ。御身の保護手順がどんなもんかは分らんが、軍に委譲してしまえば早く帰還できるんじゃないか」

「まだ帝庁より保護手順が開示されておりませんので、分かりかねます」

「うーん、そうか。そうだよなぁ」


 そう。既に頭の中が婚活の事で一杯のザザ・ローリングに対して、ソルは少なからず反感を覚えているのだ。ソルは勿論ザザ・ローリングの幸福度向上が命題ではあるが、現状でも一定水準以上の数値はキープできている。


 そして何より、ソル自身が今の環境を壊したくないのだ。理由がなんであれ、現状を激変させてしまう要素はソルにとって歓迎できることではない。それとなく機会を逃すように誘導されてしまうので、ザザ・ローリングが結婚できない理由の一つでもあるが、彼が気づくことはこれからも無さそうだ。


「すると、課長からの連絡待ちかぁ。まぁ帝庁もすぐに動いてくれるだろうから、もう少しここで待ってーーソル、障壁最大強化!」

「強化しました、マスター!」


 突然、ザザ・ローリングが警戒をにじませる。やや焦ったようにソルを促し皇族スライムの安全を確保した瞬間、あたり一面が業火に包まれた。


「おらおらおらおらぁ! 俺様のシマで何やってくれてんだ、テメェはよぉぉ!」


 ドックの連結部を壊す勢いで火の海の中から現れたのは、新手のコンバットアーマー。ただし、その大きさは一般的な機体の十倍以上の大きさを誇っており、ザザ・ローリングの駆るグラスウェルと比較すると、大人と子供のサイズ差となっていた。


 ザザのグラスウェルを囲むように動かなくなっている仲間のコンバットアーマー達を見て、巨大コンバットアーマーのパイロットはさらに怒りのスイッチが入る。


「おぅおぅおぅ! み~んなテメェにのされちまったのか! ッチ、使えねえな」


 いくら威勢がよくとも、この間合いではザザ・ローリングの敵ではない。ザザは冷静に返事をする。


「あぁ、そうだ。済まないな。監督課のザザ・ローリングだ。降伏するなら手荒なことはしないが?」

「マスター、煽ってますね」


 ザザの一言に、ぷっつんときた巨大コンバットアーマーのパイロットは地獄からの怨嗟の声のようにぐつぐつとした思いを込めて吐き出す。


「おぅ、てめー。ただじゃおかねー。このグレイ様を前に逃げない根性だけは褒めてやるよ」

「グレイというのか、君は。ではグレイ君、降伏してくれるかな?」


 巨大なコンバットアーマーから異常な量の蒸気が噴き出す。先ほどこの場を一時的ではあるが火の海にした武装の熱を排出したのであろう。その姿はまるで、怒れる巨人の様であった。


「このグレイ様のタイターンはな、特殊な合金で全身カチカチだ。そのうえ、第三種兵装並の火力も満載だ。テメェがいくらチャンバラごっこが得意だろうが、んなもん関係ねぇんだよ。それでも勝てるつもりか、テメェはよぅ?」

「無論だ。業務を遂行するのに支障はない」

「あ~わかったわかった、こいつぁ、馬鹿だ。真正の馬鹿がいるーーさっさと死にやがれ!」


 グレイが言ったように、グレイの機体はコンバットアーマーとは思えないほどの防御力を誇る。そして無法集団が扱えるはずのない第三種兵装の武装は違和感があるが、これも事実なのであろう。それは先ほどの攻撃で承知している。恐らく、皇族スライムを悪用して手に入れたのだろう。


 もしもここに居たのがザザ・ローリングではなく一般的な軍事会社に所属する並の傭兵であったのなら、グレイのタイターンに対し手立ては無かったことであろう。


 だが、ザザ・ローリングは並の兵士ではないからこそ、ここに立っているのだ。軍は決して、平凡な武力しか持たない者に依頼を出すことは、無い。


 恐らく、長らく恒星に立ち寄ることもできなかったことで感覚が麻痺してしまったのであろう。職業案内所の中で唯一武力を持つ者達のことをもう少し詳しく思い出し、敵対した者たちの末路を思い出せば、グレイが降伏する道もあったかもしれない。


「ぶっとべ! オラオラオラオラ!!」

「おっと」


 だが既に、賽は投げられてしまったーーザザ・ローリングの本領を発揮できる舞台へ、と。

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