第六話 「行ってらっしゃいませ、マスター」
「ソル、課長に連絡を取ってくれ。幼生体を発見した場合の保護手順の開示要求を帝庁へ至急申請してくれ、と」
銀河帝国が誕生したのは、平均して寿命が精々数百年しかない人間種からすれば気が遠くなるほど昔だ。古代と言ってもいい。何せ数十億年も前である。しかし、惑星の始まりから終わりまで共に生きる様な種族にとっては一世代の話でしかない。そして、そんな人間種からすれば不老と言ってもよい種族は、銀河帝国内においては一般的だ。割と普通にいる。むしろ、銀河帝国全体からすれば地上で頻繁に世代交代を繰り返す様な人間種が、短命すぎるというのが常識だ。
そして、銀河帝国誕生する切っ掛けとなったのが、あらゆる知性体の中で、気が遠くなるほど寿命が長いという訳ではなく、正真正銘不老の種族がただ一つだけ存在する。それが先ほどから叫んでいるこのスライムーー種族名、次元スライムである。銀河帝国においては「全ての個体」が皇族指定されている為、通称皇族スライムと呼ばれている。
「はい、マスター。帝国法に則り、緊急用次元通信を使用して送ります」
「あぁ、頼んだ」
そしてこの次元スライムの特徴として、あらゆる場所--惑星上、宇宙空間、恒星上、ブラックホールの中心などまさにあらゆる場所--で突然新たな個体が誕生する生態がある。更には、次元スライムは「一にして全、全にして個」と指し示されるように、すべての個体がそれぞれ独自の人格を持ちながらも、全てが同じ存在という馬鹿げた生態なのだ。
「マスター。課長からの受諾連絡を受領、メッセージを再生します」
つまり、銀河帝国誕生から現在に至るまで銀河帝国皇帝を現役で務めている個体と、おそらく最近誕生したばかりであろうこのザザに叫び続けているスライムもまた、同一の存在なのである。そのため、銀河帝国においてはいつどこで次元スライムの新個体が発生しても保護できるよう、最上級の優先度で保護するよう帝国法で定められている。
「--うむ、ザザ君。映像を確認した。皇族スライムであられることに間違いはない。済まないが現時点を以て、銃火器の使用を禁ずる。雑草の処理はB兵装のみで当たってくれたまえ。もちろん、御身に手を出すことは厳禁となる」
ただし、発生したばかりの個体が悪用されるのを防ぐために、実際の保護手順は緊急時以外に関係者以外には開示されていない。監督課として常に厄介ごとに首を突っ込んでいるザザであっても、今まで知る機会は無かった。無いままでいたかった。
「御身の保護手順の開示請求は申請しているが、帝庁からの回答には今少し猶予が必要なのだね。頑張ってくれたまえーー以上なのだね」
「--課長からのメッセージは以上となります」
「了解した」
皇族の保護という最上級の事案である。課長の言う通り、帝庁に開示請求が承認されるのに十分も掛からないであろう。とは言え、ならず者達がその間大人しくしていることを期待する馬鹿な者は居ない。となると課長の指示通り、B兵装のみで迅速に片を付ける必要があるだろう。
「マスター、如何されますか?」
「結局、俺のやることは変わらない。俺のやれることをやるだけさ。始まったら、御身の周りだけに障壁展開だけ頼む。一応な」
「はい、マスター。お任せください」
B兵装--正式名称、Beam Assault Knight Attachment。超近接戦闘を主眼とした兵装のことである。基本的に宇宙空間においては、数キロメートルが至近距離とされる間合いで戦闘を行う。艦隊同士ともなれば、数千キロから撃ち合うのだ。その中でビーム式とはいえ、直接戦闘を想定しているB兵装は異端であり、その頭文字から一般兵士にはバカ兵装と呼ばれることもある。
「B兵装のロック解除を申請」
「はい、マスター。B兵装のロックを解除しました。どうぞ、お気をつけて」
「もちろんだ、ソル」
戦闘が可能な機体の全ては、母艦から武装の使用許可を出さなければロックも解除されない決まりとなっている。海賊が第三種兵装を手に入れても碌に有効活用できないのは、これが理由だ。
ところで、ザザ・ローリングの視覚空間認知能力異常は軍人として致命的な筈なのに、それでも国立ロザン軍士官学校にザザが入学し卒業できたのには理由がある。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、マスター」
ザザはドッグとの接弦を解除し、ザザ・マスター専用機グラスウェルは戦闘形態へ移行、すぐさま戦闘を開始した。
「五分で終わらせる!」
ザザ・ローリングの視覚空間認知能力異常。それは本人が「近い」と感じれば感じるほど、つまりは超近接戦闘の範囲においては、ザザ・ローリングの空間把握能力だけではなく、思考時間にも強力な補正が掛かるのだ。
それこそが、軍人として致命的な欠陥を抱えながらも、ザザ・ローリングが一部の実技で異常なスコアを叩き出し、末席ながらも軍士官学校を卒業できた理由である。
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