第五話 「居るのは分かってんだ、観念しな!」
「テラからグラスウェルへ、マスター、聞こえますか? これよりナビゲートに入ります」
「こちらグラスウェル、ザザ・ローリング。聞こえているぞ、ソル。もうすぐで目標に到着する。頼んだぞ」
「はい、お任せください」
ザザ・ローリングが働く銀河法人ロザン職業案内所は、必要なところへ必要な人材を派遣している。その派遣先一位は断トツで軍である。銀河帝国に外敵となる政体は現在では存在していないが、銀河帝国内に火種が無いわけではない。また、地域紛争レベルの諍いに軍を投入するのも馬鹿らしい。そこで、軍は対策本部を設置して指示系統を確立したら、実働は外注するのである。
「目標ステーションを視認した。ソル、使用可能なドッグはあるか」
「はい、マスター……このステーションに管制システムは使われていないようです。マニュアルで接弦する必要がありますが、現在使用可能なドッグは三か所ありました」
軍の依頼を受注するには当然実績と信用を兼ね備えた軍事会社となる。そして銀河系一つにつき軍事会社は一つまでと定められている。そのため、必然的に地域密着--とは言っても銀河は広いがーー型の、従業員数が最低でも億以上の超巨大企業になる。基本的には軍は対象地域に存在する地元軍事会社へ外注することで、円滑な作戦の展開を可能とする。勿論、軍本体が動くよりもローコストで。
「わかった。それでいい。座標をマッピングしてくれ」
「かしこまりました」
しかし軍も、さぁいざ実働を外注しようとしても、該当地域周辺に軍が依頼可能な軍事会社が存在しない場合がある。ザザ・ローリングが出立前に課長へお伺いを立てていた件だ。軍の警邏範囲外かつ周辺にも商用航路やゲート等がない場合、完全に治安から外れてしまうのだ。明確に用事がなければ立ち寄るはずのない場所、それが治安の穴--通称、デッドスポットである。
「まずはステーションを周回してドッグを確認する」
「はい、マスター。マスター以外に航行している機体は居ないようです」
「了解」
そしてどの時代にも、治安の目がない場所で金稼ぎを企む勢力が存在する。奴隷商人、武器商人、臓器売買目当てのもぐりの医者、あらゆる非合法な個人・組織が集まっていき、力で支配される闇ステーションが形作られていく。そして広大な銀河帝国においては治安の穴とは針先よりも非常に小さい穴であるのが事実。銀河帝国に喧嘩を売らない限り、多くの場合は放置されている。
「一通り回ったが、全く動きがないな」
「はい、マスター」
つまり、必要があれば、軍はデッドスポットでも作戦を展開するのである。デッドスポットを対象とした場合、大体は近辺に依頼可能な軍事会社が無い場合が多い。こういったケースにおいて、軍は半官半民の職業案内所へ派遣依頼を行う。ただし、軍事会社へ外注する場合と違って、職業案内所の人材は高度人材--銀河帝国において専門的かつ高度な教育を受けた人材--のため、高くつくのだ。それでも艦隊を動かすよりも安いため、職業案内所の人材を使う。予算を抑えるために最少人数で。
その役割を担うのが、職業案内所の中でも「結婚したくない部署ランキング」として毎年ぶっちぎりの一位を独走する、監督課--ザザは主任として勤めている--である。通常通り軍事会社に依頼すれば数十人で当たる様な危険な依頼を、監督課の人間は一人で熟さなければならないのである。
ちなみに、監督課であっても職業案内所であることには変わりはないので、担当する恒星系内に監督課の人員と同等レベルの人材が居れば、その人材を派遣するだけで済む。当然、銀河法人ロザン職業案内所の開設以降、そんな人材は居たことは一度も無いが。
これが、今現在ザザ・ローリングが一人でーーサポーターは付いているがーー職務に当たっている理由である。
「これは歓迎されているなーーよし。3つ目のドッグがまだ良さそうだ。ビーコンを頼む」
「はい、マスター。グラスウェルからガイドビーコンを射出、該当ドッグへの接弦ラインを設定完了」
ザザ・ローリング専用にカスタムされているグラスウェルにおいて、基本的に遠隔操作が必要なものはすべてソルが担当することになっている。ザザの症状--視覚空間認知能力異常--により、精細な遠隔操作が困難であるからだ。
「助かる。ありがとう、ソル」
「どういたしまして、マスター。ビーコンは自動で回収されますのでお気になさらず」
「了解した」
ソルが射出し展開したガイドビーコンに従って、ザザがグラスウェルをステーションに接弦すると、ガイドビーコンは事前に設定された通り、自らグラスウェルに収納されていく。
「よし、接弦完了。そのうち歓迎されるだろうが、今のうちに始めてくれ」
「はい、マスター。電子調査を開始します……推定所要時間は15分です」
銀河帝国において正式に運用されているステーションとは比べるまでもなく、この闇ステーションのドッグは貧弱な設備である。ナビゲーター用にチューンナップされている軍用アンドロイドのソルの電子能力に掛かれば、セキュリティも暖簾と変わらない。ただ、設備が貧弱ゆえにデータの転送も貧弱である。それも、織り込み済みだ。
「まぁ、そんなもんだろうな。了解した」
「マスター、ドッグを壊さないようにお願いします」
「善処するーーほら、きたぞ」
ザザ・ローリングが視線を向けた先、ドッグとステーションをつなぐ通路から大量のコンバットアーマーが雪崩れ込んでくる。まだドッグに入り切っていない分も含めると、30機以上がここへ向かっていることになる。これには少々、ザザ・ローリングも驚いた。
「おぉ、凄い居るな。旧型やら見知らぬタイプのが混ざっているとは言え、やるじゃないか」
「マスター、感心していないで制圧してください。通信ケーブル切られてしまうと、面倒になりますよ」
「おっと、そうだった。了解した」
コンバットアーマーとは、人型だったり犬型だったり形状は様々だが、戦闘に適した高機動戦闘が可能な機体を指す。大体、パイロットが操作しやすいーーつまりは自分の体に似ているーー形状で作られることが多い。銀河帝国は多種多様な知性体が暮らしている。何なら人間種の比率が一番小さいほどだ。そのため、コンバットアーマーが集まると大概わちゃわちゃしてしまうのはご愛敬だ。
軍艦よりはるかに小型とは言え、戦闘可能な機体は製造するコストが非常に高い。それをこれだけの数、種類を揃えることができるのであれば、このステーション内で内製している可能性が非常に高いことが分かる。それはつまり、ザザ・ローリングのやる気が一段階上がってしまうのも、仕方のないことなのである。
「これはボーナスが期待できる! インフラは課長ポイント高いぞぅ」
課長ポイントーー要は、仕事の成果に対する評価のことである。そして、これだけ大量のコンバットアーマーを製作できる設備となれば、型落ち品だったとしても十分なポイントが貰えるはず、とザザは目論んでいるのである。
「良かったですね、マスター。手加減にはご注意を」
「あぁ、自棄になって自爆でもされたら悲しいからな。気を付けるよ」
これは入所したばかりの頃、実際に体験したことである。
--同じ轍は、二度と踏まない。
「さて、はじめるかーーん?」
ザザがいざグラスウェルを操作しようとしたところ、集まってきているコンバットアーマーの中から一機、前に抜け出てきた。タイミングを外されたザザが様子を窺っていると、コックピットの隔壁が開けられていく。そして見えたのは丸いパイロットスーツに身を包んだーー入れられているとも言うーースライム。
「政府の犬がぁ! そこに居るのは分かってんだ、観念しな!」
ドスを利かせてーーでも実際はスライム特有の少女のような可憐な声でーー叫ぶ、スライム。
「これだけの数にびびってんだろ? 笑わねぇから大人しく出てきな!」
踏ん反り返ってーー関節がないので、あくまでもそのつもりーー叫ぶ、スライム。
「おらぁ! どうしたぁ!」
勢いに乗り更にドスを利かせてーーでも実際はさらにぶりっこのような声でーー叫ぶ、スライム。
「うーん……これは、出れないね」
「はい、マスター。今は出ない方が宜しいかと」
ザザ・ローリングは困惑している。嘗てないほど困惑している。
なぜならスライムはーー銀河帝国の象徴でもり支配者でもある、皇族だからだ。
「おらぁ! おらぁ! 聞いとんのかおらぁ!」
意気揚々とーー子分たちを後ろに控えどんどん気が大きくなってーー更に叫び続ける、皇族スライム。
「参ったなぁ」
何故、優秀な人材ばかりが揃う監督課が、ぶっちぎりで結婚したくない相手なのかーーその最たる理由にザザは直面している。
「これが今回の厄介ごとかぁ」
「はい、マスター。そのようです」
監督課の仕事は厄介ごと遭遇率100%を誇っているのだ。必然的に、監督課の人員と関わると巻き込まれるリスクが跳ね上がる。そのため、ぶっちぎりで結婚したくない相手になってしまうのだ。男女関係なく、である。
「……はぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます