第四話 「俺ができるのは、これだけだ」
「マスター、目的地の宙域近辺のゲートまであと30秒です。操艦を委譲します」
「わかった。I have control」
「You have control」
複数の銀河を擁する銀河帝国においては、長距離移動を行う際は次元圧縮式航法を使って、ゲート間を結ぶ航路を経路に設定する。この次元圧縮式航法の特徴として、使用するゲートは建造したものだけではなく、自然発生した特異点も利用できることだ。勿論、自然発生した特異点が安全に使用できるかは入念に調査された上で、ゲートとして銀河帝国の航路システムに登録される。
そして、ゲートを通過する際は、いかなる場合においても操艦を責任者が保持しておかなければならないと定められている。そのため、ナビゲーターのソルに普段操艦は任せているザザ・ローリングではあるが、ゲート通過時だけは操艦を預かる必要があるのだ。
「ゲート通過、10秒前。……5、4、3、2、1、ゲート通過しました。I have control」
「You have control。あとは宜しくな、ソル」
「はい、お任せください」
実際には操艦はオートメーションなため、ゲート通過時に特別操作することは無い。よって気楽なものである。ゲート通過してすぐ、ザザは現場に少しでも早く到着するために、ソルへ背中越しに手を振りながら格納庫へと向かう。
ザザ・ローリングを見送り終わってすぐ、ソルから優し気な微笑みは無くなり、副長席から即座に艦長席へ向かう。艦長席にある情報端末の差込口へ、指先から出てきたケーブルを繋ぎ、個人認証を難なく突破後、何事かの情報処理を猛烈な勢いで始める。
「あらあら。ゲート通過している間に何を真剣に読んでいるかと思えば……あれだけこっぴどく振られたのに、まだ諦めていないんですね、マスター」
艦長席のモニターに表示されているのは、ロザン法人ーー全宇宙で適用される銀河法人とは異なり、当該惑星のみに適用される法人格ーー第三結婚相談所の相性診断結果レポートと、近々開催予定の婚活パーティーへの招待状だった。
それらのデータを複製したソルは、接続していたケーブルを回収すると思わず笑いが零れてしまった。
「応援していますよ、マスター。次は上手くいくといいですね。ふふふ」
格納庫についたザザ・ローリングは整備デバイスから愛機の最終チェックを行い、問題が確認されなかったことを確かめてからコックピットに潜り込んだ。
「ソル、聞こえるか。こちらザザ・ローリング。発艦シークエンスを頼む」
「はい、聞こえていますよ、マスター。予測発艦先経路に異常なし、発艦シークエンスを開始します」
「頼む」
発艦シークエンスを開始したアナウンスと共に、ザザ・ローリングの機体がカタパルトへ自動で搬送されていく。
ザザ・ローリングはこの瞬間が大好きだ。己の能力を十全に振るって活躍できる場に飛び立つ、この瞬間が。
「カタパルト、異常なし。射出までカウント開始……マスター、お気をつけて。行ってらっしゃいませ」
ソルはこの瞬間が胸が張り裂けそうになるから苦手だ。己の全てであるマスター、ザザ・ローリングが己の元から飛び立つ、この瞬間が。
「あぁ、行ってくる。ナビ、頼んだぞ」
ザザ・ローリングは知っている。大事なナビゲーターが抱える不安な心を。だからなるべく心配させないよう、何でもないかのように振る舞う。
「はい、お任せください……3、2、1、射出します。どうかご無事で」
ソルは知っている。ザザ・ローリングが己の人格パターンを熟知し、この瞬間ソルが不安を覚えていることを知っていることを。心配させないように振る舞ってくれていることも。それでも、溢れる想いを止められず、マスターに気を使わせる事を言ってしまう自分の弱い心を。
「心配するな。俺ができるのは、これだけだーーザザ・ローリング専用機グラスウェル、出る」
流麗なフォルムを持つ宇宙船から、深紅をベースに、銀と黒で装飾された戦闘機が射出された。宇宙船から少しの距離を射出された勢いのまま慣性で進むと、エンジンをフルスロットルにして急速に離れていく。ザザ・ローリングが目的としている宙域までは、ここからならグラスゥエルの航行能力なら一分も掛からないであろう。
「テラ、潜航モードに移行します。ステルス中継子機射出、遮断バリア展開。パイロットのナビゲーション、開始します」
ザザ・ローリングを送り出した流麗なフォルムの宇宙船ーー船名テラーーに残ったソルは、親愛なるマスターの支援に万全を尽くすため、潜航モードで船ごと身を潜める。
彼が向かっている予定活動宙域で通信阻害粒子が散布された場合のために、ザザ機との通信を確保しておくために中継子機も射出しておく。当然ながら子機も発見されないようにステルス仕様である。
一通りの準備を終えた後、船体全方位を多次元干渉拒絶壁ーー通称、遮断バリアーーを展開すると、副長席から伸びてきた複数の情報ケーブルがソルの体へ自動で接続され、ナビゲーションに万全の体制が整った。
念のため周辺宙域の探査を行い問題がないことを確認すると、思考はマスターの安否に繋がっていく。
「マスター、いつまでもお待ちしております。どうか、ご無事で」
もちろん、いざとなれば自身の損傷を厭わず救援に行く備えもしてあるが、それとこれとは別なのである。
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