第三話 「私は好きですよ。可愛いじゃないですか」
「……」
「……ター、……スター」
繰り返すが、ザザ・ローリングは優秀な部類の人間である。超難関の国立ロザン軍士官学校を末席とはいえ卒業していることも、銀河法人ロザン職業案内所就職後に立て続けに功績を残していることも、それを示している。
「……だ」
「……マスター、マスター」
多種多様な知的生命体を要する銀河帝国において、様々な分野に種族的に長じている者達がいる。彼ら彼女らを抑え、より良い結果を残していることは、種としては平凡な能力しか持たない人間としては間違いなく優秀なのである。
本来なら例え国立ロザン軍士官学校を末席で卒業しても、軍や大企業からスカウトが掛からないのは不自然なのである。だからこそ、半官半民組織の銀河法人ロザン職業案内所の監督課の課長の目に留まったのではあるが。
「……に……だ」
「マスター、気を落とさないでください」
そう、入所わずか一年で、銀河法人ロザン職業案内所監督課の主任ーー軍階級では少尉待遇ーーへ昇進することができた優秀なザザ・ローリングには、致命的な欠点がある。それがなければ、国立ロザン軍士官学校の卒業時に序列上位に食い込んでいただろうと教官たちが評価しているほどのものが。
「な……にが……りだ」
「マスター、大丈夫です、マスター。私がいます」
科学が極まっている銀河帝国において、治療のできない遺伝的な疾患というものは原則存在しない。妊娠が発覚したときから、母体が摂取することを義務付けられている調整用医療ナノマシンにより、あらゆる疾患は除去され病原からも保護され安全に健康体へ成長していくからだ。当然、肉体の欠損も生じ得ない。
「なぁにが……むりだ」
「マスター。聞こえていますか、マスター」
事実として、銀河帝国が樹立して以降、生まれながらにハンディキャップを持って生まれたものは只の一人もいない。例え犯罪者が収監中に妊娠したとしても、問題なく調整用医療ナノマシンを摂取することができるほど、福祉が徹底されているからだ。なぜなら、帝国憲法により新たな命の誕生は保障されているのだから。
ただしーーその安全神話は、ザザ・ローリングの誕生によって打ち破られてしまったのだが。
「なぁにが、生理的に無理だってんだー!!」
「マスター、眼鏡です。それも瓶底な眼鏡です」
ハンディキャップを持つ者が居ないということは、当然近視や乱視で生まれてくる者が居ないということである。自然と、不必要となった眼鏡は廃れていく。そして、調整用医療ナノマシンの効果により、老眼となる者も存在しない。例え戦争等で視覚部位を損耗したとしても、一日入院するだけで再生治療で癒すことができる。結果として、現在では一般人が眼鏡を見る機会は、人間種の文化を保全している古代博物館ぐらいしかない。
「これの何が悪いってんだ!」
「見た目です」
そもそも、銀河帝国全体の多種多様な知性体の中で、調整用医療ナノマシンが登場する前から眼鏡が必要だった種など、人間種のみしかいなかったのだ。銀河帝国の中でも、ほんの一握りである。当然、おしゃれアイテムとしても銀河帝国全体へ普及はしなかった。人間種とそれ以外では体の構造が大きく違うのだ、文化として残らなかったのは致し方ない。
「……こんちくしょー!!」
「マスター、マスター」
眼鏡という文化がなく、生まれながらのハンディキャップが存在しない世界では、視覚部位が異種族間コミュニケーションにおいて重要な役割を果たす。その視覚部位を極太の瓶底眼鏡で厳重に隠しているザザ・ローリングは、現代の地球でいうと、目出し帽とサングラスとマスクを常に着用している様なものである。端的に言うとーー見かけたら即通報レベルの不審者である。
「マスター、私は好きですよ。可愛いじゃないですか」
「……ふぐぅ」
ザザ・ローリング。彼は銀河帝国史上、初めて確認された「視覚空間認知能力異常」である。遺伝的・肉体的に問題は無いにも拘らず、彼が視覚的に認識できるのは、彼自身が「近い」と感じる範囲のみ。視覚ナノマシンを通して直接脳に視覚情報を入力しても、それは変わらない。原因は銀河帝国国立研究所の総力を以てしても、解明できていない。
しかし、銀河帝国国立研究所のプライドに賭けて、研究所の総力を結集し対症療法の研究が為され、効果のある手法が一つ見つかった。
「どうして、眼鏡なんだよ。せめて、コンタクトレンズとかいう目立たないものでも良かったじゃないかっ!」
それが、遠方の景色も「近い」と脳に錯覚させる特殊な--特殊すぎて、銀河帝国の科学力を以てしてもレンズが極太なーー眼鏡である。
「マスター、良いんですよ。私はマスターの眼鏡、好きですよ」
「……ソルぅ~!」
ソルに膝枕で慰めてもらっているザザ・ローリングの通信端末には、手配していた装備が搬入口に到着していることを知らせる通知が届いていた。当然、ナビゲーターのソルにも届いているが、もう暫くこのままにしてあげたいと、ザザに知らせることを遅らせるのであった。
「……ふふ」
ザザ・ローリングの婚期はまだ先は長そうだと安心して、ソルがつい笑みを零してしまっている事に、ソルの膝で嘆いている彼が気づくことは無かった。
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