第二話 「ごめんなさい。生理的に無理なの」

  課長との話を終えたザザ・ローリングは、銀河法人ロザン職業案内所オフィス内にある、自分に割り当てられた駐機場へ戻ってきた。勿論、道中に必要な兵装の手配などは端末を通して終えている。


「マスター、お帰りなさいませ」

「あぁ、ただいま。ソル」


 ザザを出迎えたのは、限りなく人に似せて作られた美形のアンドロイドだった。腰まであるロングストレートの艶やかな髪と優し気な目からは、優しいお姉さんといった印象が感じられる。戦闘機乗りは人工知能とパートナーを組むことが義務付けられておりーー通称、ナビゲーターと呼ばれるーーソルはザザのナビゲーターである。


 ザザを出迎えたソルは、サラリーマンが愛用するようなビジネス鞄をザザから受け取り、駐機場内に配置されているザザのロッカールームへ片づけに行く。鞄を仕舞い終わると、同じく駐機場内に配置されている応接用ソファーで一息ついているザザに問う。


「それで、課長のご判断は如何でしたか?」


 本日、ザザが予定している出張先近辺が不穏となっているため、課長へ武装強化の許可を貰いに行っていたのだ。その結果によって、当然ナビゲーターのソルが準備する内容が変わってくる。

 問われたザザは肩を竦め溜息をつき、諦めたように言う。


「まぁ、いつもの通りさ」

「あら、左様でございましたか。それではーー」


 ザザの返答は既に予想していたのか、さらりとソルが視線でザザに問う。


「あぁ、いつも通り、B兵装のみだ」

「分かりました。現物が届き次第、換装しておきます」

「あぁ、頼んだ」


 ここ銀河法人ロザン職業案内所において、一般的にB兵装はメジャーな装備ではない。そのため、必要となるたびに申請を出し、在庫を倉庫から回してもらう必要があるのだ。当然、換装は大概自前--ナビゲーターが専用設備で操作するーーだ。


「第三種兵装があれば、私も十分に支援できるのですが」


 ソルが眉尻を下げ、心配そうにザザに告げる。事実、ザザの機体において索敵・射撃管制をサポートしているソルにとっては、使用できる武装が強力であればあるほど、ザザのサポートが可能だ。万に一つもザザに怪我をしてほしくないソルとしては、問題なく第三種兵装の使用許可が下りれば心配事も多少は減ったのだ。


 ソルの心配性をしっかり理解しているザザが苦笑しながら、横に座ったソルの手を取って安心させるように摩りながら語り掛ける。


「大丈夫さ。あの課長が必要な装備をさせないなんてことは、あり得ない。それは分かっているだろ?」

「それは……そうですが」


 そう、そうなのだ。銀河法人ロザン職業案内所において、ザザの直接の上司である監督課課長、トーマス・ディ・フランソワという男は非常に有能なのだ。銀河帝国において半官半民といえど国の組織である課長職は、軍籍を持つ者しかなれず、軍においては少佐待遇となる。淘汰の激しい銀河帝国の組織において少佐待遇となれる者が、無能である筈がないのだ。


 ソルは戦闘機乗りをサポートする人工知能として、当然のことながらパイロットに付随する関連情報へのアクセス権を持っている。その中には無論、トーマス課長に関してのデータも含まれている。彼が有能であることは分かっているのだ。


 ナビゲーターとしては、パイロットを安心させるように大きく構えないといけないのかもしれない。それも分かっている。ただ、ソルの人格パターンにおいては、ザザへの心配を抑えることは非常に難しい。ザザもそれは分かっている。だから手を握り、ゆっくりさすり、心配することは無いと語り掛ける。


「それに、ほら。いつも通りB兵装は持っていける。課長が予想している通り、今回もB兵装の間合いで事に当たれるなら、何も問題は無いさ。俺の腕は知ってるだろ?」

「それも、そうですが」


 これまでも、そうだった。それは事実だ。B兵装を用いた場面で、ザザが危機的状況に陥ったことは今まで一度もない。だがソルが心配しているのは、B兵装を用いることができない場面が来てしまった場合の事だ。そして残念ながら、当初の想定より該当宙域が不穏なのだ。そのリスクを避けたいからこそ、ザザに第三種兵装の許可を貰いに行くようにお願いしたのだから。


「なら、大丈夫さ。安心してくれ。ソルもサポートしてくれるだろ?」


 そう言われては、ナビゲーターとしての存在意義に関わる。心配を飲み込み、これまでの心配顔から、慈愛溢れる微笑みをザザに向ける。


「--もちろんです、マスター。お任せください」

「あぁ、頼んだよ」


 一安心したザザは、出立前に何か連絡がないかと、通信端末を確認する。そして、特にタイトルも確認せずにとりあえず最新のメッセージを再生した。してしまった。


 通信端末から投影され映し出された、気の強そうなキャリアウーマンの女性の映像が再生される。


 美しい女性にザザの顔は緩み、ソルの顔は変わらず笑顔なのだがどこか凄みを感じる表情となった。


「ザザさん、ですね。この前はお誘いありがとうございました。直接お話できない非礼についてはお詫び致します。誠に申し訳ありません」

「あぁ、いぃさいぃさ。お互い、忙しいもんな」


 待ち望んでいた連絡に、手応えを感じていたザザは上機嫌に返事を返す。勿論、相手はあくまでも映像なので返事しても相手には届かないのだが。


「ザザさんもお忙しいご職務なのは承知しております。早速ですが、お伝えしなければならないことがあります」

「おぉおぉ、こっちの事情も汲んでくれるとは嬉しいね。さっすが、できる女性は違うな」


 凄みを感じさせる笑顔をしていたソルが、ザザを気遣うように窺い始めたのにも気づかず、さらにザザは上機嫌となっていく。


「--ふぅ。すみません、いざお話しするとなると、緊張しますね。お許しください」

「くぅ~! これがギャップ萌え! くぅ~!」


 もはやソルがザザに向ける視線は、これから起こることが分かっていてながらも、本人の為と見守る保母さんである。


 有頂天ザザ、ここに極まる。


「こほん、それではーーごめんなさい。生理的に無理なのどうしても無理なのごめんなさいもう連絡しないでください許してくださいすみませんすみません失礼します」

「……え?」


 ぶつん。そんな音が聞こえてきそうなほど、突然映像が切れる。


「……え?」


 後に残ったのは、現状を理解することを拒んだ、結婚願望つよつよ、絶賛婚活中の25歳ただひとり。


「……え?」


 そっと抱きしめてくれているソルにも気づかず、ただただ、女性が投影されていた場所をいつまでも見つめていた。

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