終章:輝く未来のために

 春の柔らかな日差しが降り注ぐ午後、瑠璃と葵は手を繋ぎながら児童養護施設の門をくぐった。二人の胸は期待と不安で高鳴っていた。今日、彼らは2歳の女の子、柚子(ゆず)を迎えに来たのだ。


 施設に足を踏み入れると、優しい笑顔の職員が二人を出迎えた。「お待ちしていました。柚子ちゃんも楽しみにしていますよ」という言葉に、瑠璃と葵は互いに視線を交わし、小さく頷いた。


 施設の明るい部屋に足を踏み入れた瞬間、瑠璃と葵の心臓は激しく鼓動した。そこには、小さな椅子に座った柚子がいた。時間が止まったかのように感じ、周囲の音も遠のいていく。


 柚子は、小さな体に不釣り合いなほど大きな瞳をしていた。その瞳は、深淵で無垢な輝きを放っていた。くりくりとした目は好奇心に満ち、瑠璃と葵を交互に見上げている。柚子の黒髪は柔らかな光を反射し、小さな唇はわずかに開いていた。


 瑠璃は、この小さな生命との出会いに圧倒され、言葉を失った。胸に熱いものがこみ上げ、目に涙が浮かぶのを感じる。これから始まる新しい人生への期待と不安、そして言葉にできない深い愛情が、一度に押し寄せてきた。


 葵は、瑠璃の様子に気づき、そっと肩に手を置いた。その手のぬくもりが、瑠璃に安心感を与える。葵は瑠璃の耳元で優しく囁いた。


「大丈夫だよ」


 その言葉は、まるで魔法のように瑠璃の不安を和らげた。


 柚子は、二人の様子をじっと見つめていた。その眼差しには、不安と期待が入り混じっているようだった。小さな指で椅子の端をぎゅっと掴み、身を乗り出すように二人を見ている。


 瑠璃は深呼吸をし、涙をこらえながらゆっくりと柚子に近づいた。膝をつき、柚子の目線の高さまで体を低くする。柚子の瞳に自分の姿が映るのを見て、瑠璃は優しく微笑んだ。


「こんにちは、柚子ちゃん」


 瑠璃の声は少し震えていたが、温かさに満ちていた。


「私は瑠璃。これからあなたのママになるんだよ」


 柚子は瑠璃の言葉に反応し、小さな頭を傾けた。その仕草があまりにも愛らしく、瑠璃の胸が熱くなる。


 葵も柚子の前にしゃがみ込み、優しく手を差し伸べた。


「僕は葵だよ。君のパパになるんだ」


 葵の声は落ち着いていたが、その目には涙が光っていた。


「ぱぱ……まま……?」


 柚子はしばらくの間二人を見つめ、そう言ってそっと小さな手を伸ばした。その手が瑠璃の指に触れた瞬間、電気が走ったかのように全身にしびれるような感覚が広がった。


 瑠璃と葵は、互いに目を見合わせ、そして再び柚子に視線を戻した。この小さな出会いが、彼らの人生を永遠に変えることを、三人とも深く理解していた。


 部屋は静寂に包まれていたが、その空気は愛と希望で満ちていた。

 新しい家族の絆が、今確かにこの瞬間から芽生えたのだ。


 柚子を養子に迎えるまでの道のりは決して平坦ではなかった。何度も審査を受け、カウンセリングを重ね、時には周囲の理解を得るのに苦労した。同性カップルが子供を育てることへの偏見や不安と向き合い、乗り越えてきた。そして今、ようやくこの日を迎えられたのだ。


 職員たちも温かい目で見守る中、瑠璃と葵は柚子を抱きしめた。小さな体の温もりと、か細い鼓動が二人の心に染み渡る。


 これから先、様々な困難が待ち受けているかもしれない。社会の偏見や、子育ての悩み、柚子の成長に伴う新たな課題。しかし、瑠璃と葵は互いの目を見つめ、無言の約束を交わした。二人の愛があるかぎり、どんな困難も乗り越えていける。そう信じて疑わなかった。


 柚子の小さな手を握りしめながら、瑠璃と葵は施設を後にした。春の陽光が三人を包み込み、新しい家族の船出を祝福しているかのようだった。柚子の無邪気な笑い声が響く中、瑠璃と葵は希望に満ちた未来への第一歩を踏み出したのだった。


 これから始まる新しい生活。喜びも悲しみも、すべてを分かち合いながら、三人で築いていく家族の絆。瑠璃と葵は、愛さえあれば何でも乗り越えられると信じている。そして、その愛は柚子にも必ず伝わっていくはずだ。


 三人の姿が夕暮れの街に溶け込んでいく。新しい家族の物語は、ここからまた始まるのだ。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【百合小説】四季の絆 ~葵と瑠璃二人で紡ぐ愛の物語~ 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ