おまけ・Ifストーリー「血濡れ百合」

*これは『もしシータがルイスからの求婚を断っていたら?』というIFストーリーです。

 閲覧は自己責任でお願いします。


「あ、これアカンやつだ」と感じましたら、即ブラウザバックして下さい。



𑁍 𑁍 𑁍



「結論から申し上げますと、僕は貴方に婚約を申し込みにきました」


「こっこん……婚約?」


「分からないなら、言い換えましょうか? 君には僕の妻になって欲しいと……」


「わざわざ言い換えなくて良いです!」


 彼の口から放たれた衝撃的な言葉に、思わず立ち上がりそうになる。


「えぇ、貴方もこの家から解放されたいように見えましたし、悪い話ではないでしょう?」


「それでも出会って一日の殿方と結ばれるなど……」


「そんなにご心配なさらずとも、これはあくまで『形式上の婚約』です」


「形だけの婚約ということですか?」


「えぇ、貴方は最低限、僕の妻としての務めを果たしてくれれば、後は好きにすごしてかまいませんよ。競馬でも、オペラ鑑賞でも、もちろん、きてれつな発明でもなんでもね」


「いや、きてれつな発明って……」


「確か……小麦粉で洗髪をなさっていたとか……」


「どうして、それを知っているのですか?」


「実を言うと……ここへ来る前に、買い出しをしているこの屋敷のメイドを見かけましてね。彼女から色々聞いたのです」


(下調べ済みかよ!)


 こんなイケメンに色々聞かれたら、思わずなんでもかんでも答えてしまう気持ちは分かるが、これは笑い話ではない。

 もしここで得た情報で、ルイス――いや、夜烏がノックス家を初めてのターゲットに選んだとしたならば……。


「ね、悪い話ではないでしょう? あぁ、ちゃんとご両親の許可も取りましたよ」


 彼の言う通りだ。

 悪い話ではない。

 もし結婚すれば、彼に直接『悪女シータは純粋無垢な伯爵令嬢になりましたよ』という事実を示すことができる。


 でも本当にそれが正解なの?

 『夜烏』は目的の為なら手段を、選ばない男だ。こんな都合がいい話、裏があるに決まっている……!


「申し訳ありませんが、お断り申し上げます。ほら、まだ私達出会ったばっかりですし……」


 ルイスの顔が一瞬強ばる。

 そして、背筋に寒気が走った。


(この感覚は何?)


「そうですよね。僕の方こそ無理なお願いをしてしまい申し訳ありません」


 再び彼の顔を見ると、ゲームの立ち絵で見慣れたにこやかな笑顔に戻っていた。



𑁍 𑁍 𑁍



「まぁ、どうしてセシル公爵からの求婚を断ったのですか!」


 ルイスが立ち去った後、自室に戻ると鬼のごとき形相を浮かべたマダム・アドラーが待っていた。


「あのまま婚約すれば、お嬢様の未来は安泰だったのに……」


「安泰って何? どうして自分の未来を結婚相手に決められないといけないの?」


「お嬢様――!」


 マダム・アドラーがカツカツとハイヒールの音を立てながら近づいてくる。


「よく聞いて下さい。私は元々、奥様と同じ伯爵夫人でした。しかし、あの夫は王都警備隊に裏金を回して悪事を働いた挙句、私を残して逃げたんですよ。おかげ様で、私は今や働かなければ、生きていけない状態です。貴族の女にとって労働することが、どれだけ恥なのか、お嬢様が一番分かっているはずです。私はただ……お嬢様に、同じような思いをして欲しくないだけなのに……」


「マダム・アドラー……」


 マダム・アドラーが泣き崩れる。


「ごめんなさい。貴方の思いを無下にしてしまって……でも、私には、まだ出会ったばっかりの殿方と婚約する勇気がありません」


「そのうち、お嬢様にも分かりますよ……そのうち……」


 まさか、セシル侯爵の正体が、未来の凶悪犯罪者なんて言えない……。



𑁍 𑁍 𑁍



 結論から言おう。

 ルイスからの求婚を断った結果、家族の私に対する当たりが今まで以上に強くなった。

 母からは「早く私の視界から消えて頂戴」とストレートな暴言を投げつけられ、父は今まで以上に、頬の肉をプルプルと震わせる時間が伸びた。


 辛い、悲しい。

 せっかく転生したのに、どうして毎日こんな目にあわないと、いけないの?


 これならいっそ、あの二人なんか……。

 

 その中で唯一、私に優しく接してくれたのは兄のアーサーだけだった。彼だけが心の拠り所だった。



𑁍 𑁍 𑁍



「お嬢様、表情が暗いですよ?」


 マダム・アドラーが、こちらの顔を覗き込む。


「ごめんなさい。マダム……」


「お気持ちは分かります。もう少しの辛抱ですよ。ほら、昨日もマーレット卿からダンスに誘われたではないですか。これで三回目です。もうすぐ、散歩に誘われるはずですよ」


 彼女が言う『散歩』とは『デート』のことだ。基本的に、貴族の婚活は、ダンスパーティーで出会い、デートと通して仲良くなり、最後には結婚する。


 要するにルイスの求婚は、過程を飛ばしすぎなのである。


「ありがとう。マダム・アドラー」


 無理やり笑顔を作り、彼女の手を取る。

 

 一歩踏み出した先に待っているのは、今宵の舞台となるマーレット家の舞踏室だ。ノックス家の物と比べると簡素すぎる作りだが、使用人によって念入りに、飾り付けがされている。


 緊張間を胸に、舞踏室へ一本踏み入れた、その時――。


「なにがあったの?」

「嘘でしょ?」

「助けて、怖い」

「誰か使用人を連れてきなさいよ!」


 視界が闇に包まれる。

 舞踏室が停電したのだ。

 闇の中から令嬢達の悲鳴が飛び交う。


 恐ろしくなり何か掴むものを、求めて手を伸ばすと、指先に何か暖かいものが触れた。

 男性の手だ。そのまま、体を引き寄せられ、腕の中に入れられる。


 いい香りがする。とても素敵な香り。

 なのに、どうしてだろう。

 胸騒ぎが収まらない。


「大丈夫ですよ。僕がいますから」


(あぁ……)


 私を掴んだ犯人を、確信する。

 そして、その刹那。


「「きゃあああ!!」」


 舞踏室に明かりがつき、人々の悲鳴がこだました。人々が見ていたものは――。


「嘘でしょ……」


 見覚えのある男女の死体だった。

 小太りの男と、痩せた厚化粧の女。

 父と母だ。


 あぁ、鼻につくような錆びた鉄の匂いがする。二人の体から、真っ赤な『何か』が流れ出て。


 声の主――否、ルイスが私の顔を手で覆う。


「あれはノックス卿とご婦人ではないですか。誰があんな酷いことを……あんな物を見る必要はありませんよ。だって、シータはあの二人に消えて欲しいと思っていたでしょう?」


「ちっ、違う!」


 頭が真っ白だった。

 あの二人に憐憫の情など一切感じないが、ただ予想外の自体に頭がついていかない。

 いつの間にか流れていた涙を、ルイスの指が拭った。







「大丈夫ですよ、シータ。これからは僕が守ってあげますから」


 




 永遠に。







――Fine。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【4000pv感謝】推理ゲームに恋愛フラグは必要ありません!~前世知識を駆使して夫の闇落ちを阻止しようと思います 白鳥ましろ @sugarann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ