近沢旺志にちょっと変な友達を 4

 いつの間にか僕たちの周りには人だかりができていた。僕は立花を引っ張ってランチルーム前――人のいない方へ避難する。

「あの、立花さん。あ、ありがたいんだけど、その……何ていうか。」

「こんなの暇つぶしにもならないから気にしないで」

 人に暴力をふるっておきながらこの言い草、やっぱり立花は問題児だ。

「いや、あのね、立花さん」

「何?ほかにも殴ってほしい人いるの?いいよ。何人でも」

「そ、そうじゃなくてさ」

「名前分からないなら顔の特徴だけでもいいよ。探すから」

 なんなんだろう、この会話のかみ合っていない感じ。無表情な立花はどういう思惑でこんなことを言っているのか全くつかめない。

「あの、殴って欲しい人なんていないし、それに……」

「分かった。じゃあさっきみたいに蹴り飛ばす?寝技?」

「だから!そうじゃなくって!何でこんなことしたのって聞きたいのっ!」

 僕は話の通じない立花に思わず声を荒げてしまった。

「え?何言ってるの?」

 立花の表情が少しだけ揺らいだように見えた。いや、何言ってるか分からないのはこっちの方だ。コイツ、勉強できる奴だと思っていたけれど、本当はバカなのかもしれない。

「立花さん、僕たしかに助けてって言ったけど、その……暴力とかそういうのは困るっていうか」

「友達のピンチに拳を握る以外の選択肢はないよ」

 立花は、何もわかってないんだねとでも言いたそうに肩をすくめた。

「友達?僕と立花さんが?」

 最強のラスボスのような顔で頷く立花が全く理解できない。僕は立花と友達になった覚えはない。まともに会話をしたのもこれが初めてなのだが。立花は『なにか重大な勘違い』をしている。あ、前世か?前世で僕と友達だったのか?人生n周目ってやつか?いやいやそんなこたないだろ、もう訳がわからない。

「わっ!チャイム!?立花さん、後で話そう?ね。」

 これほどまでに授業のチャイムを心待ちにしたことなんてない。僕たちのやりとりを遠巻きに見ていた野次馬たちの間を早足で駆け抜けて、僕らは教室に戻った。さっきの無礼な二人組はもういなかった。鹿高問題児に関わってしまった僕は今、最高に悪目立ちしてる。

 

「つまり立花さんはお友達が欲しかったってことでいいのかな?」

 その日の放課後、ランチルーム。僕は琥太朗と共に立花の話を聞いていた。

「うん」

 立花はうなづき、よく分かってなくてごめん、と頭を下げた。

 これまで立花には友達と呼べる存在がおらず、友達を作りたいとも思っていなかったらしい。だけれど家族から「高校生になったら友達を作った方がいい」と言われ、自分なりに友達の作り方を調べたところ、困っているときに助け合えばいいという結論に至ったという。先日、僕が床に落ちた立花のペンを拾ってやったのが立花としては「助けてもらった」に当たるそうだ。今日の騒動で立花は僕を助けた――つまり僕と立花は困っているときに助け合った仲だから友達だと思っていたらしい。なんだそれ。

「立花さん面白いねー。ねぇ、下の名前で呼んでもいい?つかさだからつぅちゃんって呼んじゃおー。俺のことも琥太朗って呼んでいいよ」

 琥太朗は机を叩きながら大笑いしている。琥太朗は昔からこういう変な状況をすぐに理解してくれるし、翔のようにふざけ過ぎることもしない。多分、僕と立花二人きりだったらこんなにスムーズな話し合いはできなかっただろうな。

「じゃあコタロー、お前は助けて欲しいことはある?」

 立花は自分の勘違いを正してくれた琥太朗に恩義を感じたようだ。

「んー、今はないかな。あ、助けて欲しいことがあったら連絡するからさ、連絡先交換しよーよ」

「わかった。でも待って。まずは旺志と交換するのが先。旺志、教えて」

 気がつけば僕のことも名前で呼び始めた立花が僕にスマホを向ける。

「え?なんで僕が先?」

 というか僕は立花から友達認定されていることは覆らないらしい。僕の意思は関係ないのか。

「一番最初の友達だから。私の初めては旺志にあげる」

 琥太朗が僕の隣でカフェオレを盛大に吹いた。そして僕も今、琥太朗が吹いた理由を理解して顔が赤くなるのを感じた。初めてを僕にくれるって……なんていうワードチョイスだ。

「つぅちゃん言い方やばー」

 琥太朗が涙を流しながら腹をかかえて笑う姿を、立花は不思議そうに見ている。

「立花さん!もうちょっと勉強以外のこと勉強して!」

 僕はゆでタコになった顔を隠しながらスマホを差し出した。立花はますます分からない、といった顔をしながら慣れない手つきでID登録をしていく。


 その日の夜、僕は自室で今日起きたことを思い返していた。高校三年間はきっと地味に目立たず過ぎていくのだろう、などと思っていたのにひどい目立ち方をしてしまったものだ。腹キックを食らった先輩方は今頃どうしているだろう。クラスメイトはどう思っているだろう。あぁ、もう嫌だなぁ明日学校行きたくないな。もういいや、眠くなってきたしシャワーは朝入ろう。

 ブブブ……枕元でスマホが震える。体半分が夢の世界に引きずられながらメッセージを確認する。

――立花つかさです。友達になってくれてありがとう。明日からのテスト頑張りましょう。ではまた明日。

 夢の中に溶けだした身体が一瞬で現実世界に転移した。


 やばい。明日から中間テストっ!!!!

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