近沢旺志にちょっと変な友達を 3
四月も下旬になると、立花つかさの生態が徐々に明らかになった。宿題は忘れることなく毎回の提出しているし、授業も真面目に聞いている。僕の席からチラリと見えるノートは、板書の内容がしっかりと書き込まれているし、数学の小テストも満点だった。グループでの調べ学習は、相変わらず一匹狼だったが、与えられた作業を文句一つ言わず確実にこなしている。外見と入学式のアレコレがなければ優等生としてクラスメイトから頼りにされそうな存在だ。
立花は僕とは正反対の、「一人でも生きていける証」を持っているようだった。僕は立花を恐れながらも、こんな風に生きられたら……と考えてはため息が出てしまう。
ゴールデンウィークが明けると、僕は見た目の派手な女子に話しかけられることが多くなった。僕の頼りなさが女子たちの庇護欲を掻き立てている……わけではない。
「近沢君。柿田君って彼女いるのかな?」
「柿田君ってどんな女子がタイプなのかな?」
「柿田君ってどんな音楽聞いてる?休みの日は何してる?」
僕が柿田君――瑛斗の友達と知るやいなや、僕に探りを入れているのだ。中には経験人数を聞いてくるツワモノもいて、僕はそのたびに顔を赤くして「そういう話はしないから」と答えるのだ。
琥太朗は聞かれてもうまいことかわすし、翔は尾ひれをつけて周りに言いふらす……顔面人間国宝・瑛斗攻略のカギは僕が握っていると考えた女子たちが、休み時間のたびに僕の席へ入れ替わり立ち替わりやってくる。そして今、僕がトイレから出てきたところを待ち伏せされていた。僕に聞くなよ!いい加減にしてくれ!なんて言えない小心者の僕はいつもニコニコ愛想笑いで相手をしてしまう。
「バカみたい」
怒りもからかいの気持ちもこもっていない、静かで無機質な、夜明けの雪原で鳴る鈴のような小さな、僕の鼓膜だけを揺らすような声だった。おしゃべりに夢中な目の前の女子たちは気づいていない。僕は声のする方を見る。
立花つかさが長い前髪の隙間から冷たい目を覗かせてこちらを見ていた。大して仲良くもない女子に、友達の情報を切り売りしている僕を、立花は軽蔑している。当然だ。だって僕も自分自身を軽蔑しいてるんだから。
事件は五月下旬、鹿高に入って初めての中間テスト前日に起きた。
「ねぇ近沢君、放課後体育館裏に柿田君呼び出して。」
休み時間、今度は廊下で二年生の二人組に話しかけられてしまった。
「え、それは直接本人に言った方がい……」
「それができないから頼んでやってんじゃん。バカなの?」
気の強そうな見た目の先輩からの高圧的なお願い。一年早く産まれただけでバカ呼ばわりするか普通?
「マリは他の図々しい女と違って恥ずかしがり屋なんだよ。柿田君呼び出してよ」
マリと呼ばれた先輩は、つやつやとした長い髪の毛先を摘みながら僕のことを睨んでいる。僕からすればマリとかいう女も図々しそうに見えるけど、なんて口が裂けても言えない。僕は貼り付けた愛想笑いが崩れないように、なるべく波風立てずに穏便に逃げ切れる言葉を探す。
「えっと、あの僕も今日は忙しくてちょっと……」
「何?体育館裏に呼び出せばいいだけでしょ?忙しいとか関係ある?そんなこともできないなんて普通に引くんですけど」
引いてるのはコッチの方なんですけど、なんて言えたらどんなに楽だろうか。友達も、自分さえも守れない自分が嫌になる。
僕の後ろで後ろに冷たい空気を感じた。振り返ると、三歩ほど後ろに立花つかさが立っていた。ジャージのポケットに両手を突っ込み、長い前髪の隙間からまっすぐ僕を見ている。
僕の壮大な勘違いかもしれないんだけど、今だけは僕の味方をしてくれる、そんな気がした。
「……助けて」
情けない。声が出なかった。
冷たい視線は僕に一瞥をくれるとすぐに逸れた。それもそうか。僕のような一人では何ひとつできない情けない奴なんて助けたくないよな。なんて絶望していると、立花はポケットから両手を出して僕の近くに来た。
「人ひとり呼び出すくらい自分でやりなよ」
立花は一歩二歩と二人組に近づき、静かに言った。休み時間、廊下の真ん中――通りかかった生徒たち数人が立花を見ている。
「はぁ?こっちは近沢君と話してんの。関係ない奴は引っ込ん……ぎゃっ!」
僕にはスロー再生に見えたんだけど、実際はどうだったんだろう?立花は上半身を後ろに傾けると右足をぐっと上げて二人組の腹を右から順番に蹴り飛ばした。
へぇ、JKって急に腹を蹴られるとこんなに吹き飛ぶんだ、ぎゃって叫ぶんだ、知らなかった……感心している場合じゃないのは分かっているんだけど、現実感が全然ないんだから仕方ない。
「断れない人間を便利使いするのは良くない。」
立花は吹き飛ばされて尻もちをついている二人組の前にしゃがみ込んで、感情というノイズのない声で話している。
「あんたらの顔覚えたから。次は鼻の骨。ポキッてする」
二人組の鼻頭をつんつんと触りながら立花が恐ろしいことを言っている。僕からは立花の後姿しか見えないが、おおよそ死んだ魚でも見るような目で二人を見ているんだろうことは、二人組の恐怖にゆがむ顔を見て想像がついた。
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