愛しているなら

姫路 りしゅう

愛しているなら

愛しているなら!?

 恋人の乳首わかるはず!!

  乳首当てゲーム 参加者募集中



◆現在◆


 その広告と、賞金10万円の文字を見た瞬間、俺は参加を即決した。

 これはまるで、俺たちのために用意されたイベントだ。


 複数の人間の乳首だけを見て、自分の恋人を当てる。見事当てることができれば賞金、当てられなかったら罰ゲーム。企画趣旨にはそういった内容のことが書かれている。


「確かに広告見せたのは僕だけどさ、本当に出るの?」

 隣でうつ伏せになって寝ていたリクが恐る恐る聞いてきた。

 一糸まとわない白い背中は陶磁器のように綺麗で、その背中に手を置きながら俺は返す。

「だって俺たちならほぼ確実に10万円が手に入るぜ」

 募集要項をしっかり読み込んでも同性禁止の文字列は見当たらず、問題なく参加できそうだった。


「まあ、ヒデがそう言うなら……」

 リクがうつぶせの状態から体を起こす。

 仄かな匂いが鼻孔をくすぐった。嗅ぎなれたリクの匂い。

 カーテンを閉め切った明け方のワンルームは少し薄暗い。

 そんな俺たちだけのいる部屋に、光が灯った。


 光源は、上半身を起こしたリクの乳首。


 このことは、リクの両親と俺しか知らない。


 井上いのうえリクの乳首は、常にほんのりと発光している。



◆回想◆


 三年前、まだ二十代前半だったころに俺たちは飲み屋のバイトで出会った。

 当時大学院生のリクとフリーターの俺は、たまたま同じ時間帯のシフトに入ることが多く、同い年かつメインがホール同士ということでよく話すようになった。

 とはいえ共通の趣味もなく、基本的には客の話や、シフトが被らなかった日の出来事を話す程度だ。

 その時俺は好きでもない年上の男の家に住んでいて、リクは研究室唯一のM1として真面目に勉学に励んでいた。性格も境遇も真逆で、言ってしまえば住んでいる世界が違っていた。


 しかし、俺は男に疲れ、彼は研究に疲れていた。そんな俺たちはバイトをしている瞬間だけ自分の日常を忘れることができ、いつしかそこが唯一の心休まる場所となっていた。

 二人の世界は飲み屋のバイトという非日常でのみ繋がっていた。


福崎ふくさきさんって、結構遊んでるタイプですか?」

 そんなある日、俺たちの世界は、リクの何気ない相談で一気に交わることとなる。

 珍しくバイト終わりに晩飯に誘われ、二軒目のバーでそんな質問を受けた。

「はぁ? 世間的には遊んでるほうかもしれないっすけど。突然なんですか?」

「いやちょっと相談がありまして……」

 曰く、研究室の後輩の女子学生からサシ飲みに誘われたらしかった。

 前々から好意は感じていたようだが、今回の飲みの誘いで一気に確信を得たと語った彼のテンションはしかし高いようには見えなかった。

「いいじゃないっすか。女の子から誘われるなんてなかなかないっすよ」

「それはそうなんですけど……」

「うーん、可愛くないとか?」

「いや、顔は整っていると思います」

「じゃあどうしてそんな行きたくないオーラを?」

 リクは歯切れの悪い口調で「僕は駄目なんです」と言った。

「ふぅん?」

「ありがたいことに今までも何度か女性からアプローチを受けることはありました。お試しでお付き合いしたこともあります。でも結局長続きしなくて……。今回もそうなるのなら、最初から断ったほうがいいのかなって」


 気付いたら抱いていた。


 自分でもいくつか場面が飛んだか? と思ったほどのスピード感だった。

 もちろんお互い酔っていたのもあるが、何より何度も女性からアプローチされているその整った顔を虐めたくなったというのが大きい。

 リクもどことなく満足そうな顔をしていた。

 明け方にホテルを出た俺たちは、24時間やっているマックでマフィンを食べて、別々の電車に乗った。


 今振り返ると、リクはTシャツを決して脱がなかった。

 性行為中にTシャツを脱ぐタイミングは意外とないので、当時は特に違和感もなかった。



◆現在◆


 乳首当てゲームの会場に辿り着いた俺たちは改めてルールを聞いてから書類にサインをする。

 五名の中から乳首を見るだけで恋人を当てるゲーム。触ったり舐めたりするのは禁止で、見るだけで当てなければならない。

 このイベントは全然普通にAVの企画だったみたいで、もし恋人の乳首を当てられなかったら恋人が目の前で寝取られるというよくあるものだ。


 ただし本イベントはリアリティを追求することを第一においており、ヤラセ一切なし、マジで乳首当てゲームを開催している。正気か?

 成功すれば本当に10万円の賞金を得て帰れるし、失敗すればカメラの前で性交することとなる。先ほどサインした紙が、その契約書だ。


 事前に相談していたとはいえ運営は男性同士の参加にも一切戸惑わず、「そういうジャンルも結構需要ありますからね」と涼しげな顔で言っていた。


 収録直前に改めてセットを見る。

 人間一人が入れそうな、掃除用具入れのような箱に、小さな穴が二つ開いている。ちょうど乳輪くらいのサイズ。

 二つの穴の幅は調整できるようになっており、高さは人が台に乗ることで調整するみたいだった。それにより、乳首の高さから恋人を当てることはできない。変なところで真面目だ。

 このゲームに真っ当な手段で挑むなら、乳首のサイズや色、形などで見極めるのだろう。しかし俺とリクにはそんなこと関係がなかった。

 なぜなら、リクの乳首はほんのり発光しているから。


「他の人とシたくないから、ちゃんと当ててね」

「当てられるに決まってるだろ」

 控室を出る瞬間に一言だけ会話し、リクは収録スペースへと向かう。

 しばらくして、スタッフが俺を誘導する。


 掃除用具入れのような箱が五つ並んだ異様な空間(まだ穴は開いておらず、乳首は見えていない)に通されて、カメラが俺の方を見る。

「乳首当てゲーム、自信のほどは?」

「この企画のタイトルの通りですよ」

「ほう?」

「愛しているから、恋人の乳首くらいわかります」

「なるほど! 自信がおありということで。ですが失敗したら……その大切な恋人が、別の人に犯されてしまいます。覚悟は――よろしいですか?」

 俺はにっこりと笑ってほほ笑んだ。

 さて、10万円獲得だ。


 パタン、と乳首が開いた。


 そこに誤算があった。


「あ……ああ…………」


 照明。


 乳首当てゲームを撮影する以上、主役は乳首だ。

 五人分並んだ十つの乳首は、それぞれまばゆいスポットライトに照らされていた。


 光がかき消される。

 これじゃあ、リクの乳首がわからない。


 俺は下唇を噛んだ。



◆回想◆


「一緒に風呂入ろうぜ」

「それはやだ」

 初めてリクを抱いてから二回目までは少しだけ間が開いた。

 しかしそれ以降は、恋人同士のような距離感でバイトをして、酒を飲んで、ヤッた。

 俺は未だに男の家で暮らしていたし、彼自身もそれに気付いていそうな素振りはあったが、俺たちは恋人同士ではなかったため、リクは何も言わなかった。

 そんな関係が数か月続いた頃に、さすがの俺も違和感を抱き始めた。

 リクは俺の前で決してシャツを脱がないのだ。

 風呂は断られるし、行為中も脱がない。無理やりするのは趣味じゃないし、絶対に上半身を見たいわけでもなかったが、さすがにここまで頑なだと刺青とかが入っているんじゃないか? と疑い始めた俺は、単刀直入に聞いた。

「スミとか入ってんの?」

「いやいや、なんで?」

「お前、絶対シャツ脱がないじゃん?」

 俺としては何気ない雑談の延長のつもりで、「今日の髪型似合ってるね」くらいの感覚で投げた質問だったのだが、リクは真顔になって俯いた。

「ん、ごめん。なんか悪いこと聞いたな」

 とっさに手術の痕か何かがあるのか、と思い頭を下げると「そうじゃないんだ」と沈んだ答えが返ってきた。

「そうじゃないんだけど、ごめん。少しだけ時間が欲しい」

 リクはそう言って、その日は結局何もせずに寝た。


 一週間後、リクから「話がある」とメッセージが届いて、俺たちはホテルに向かった。


「まずははっきりさせるね。ヒデ。福崎英樹くん。僕は君のことが好きです。君は遊んでいるだろうから、こんな告白を受けても困っちゃうと思うけど、僕は君のことを愛しています」

「……」

 ストレートに愛を告白されるなんて、十代の頃以来だった。

 なあなあのまま一緒にいて、既成事実だけが積みあがっていく。そんな恋愛ばかりしていた俺は少しだけ面食らった。

「だから僕は、君に全てを打ち明けたいし、君のすべてを受け入れたい。付き合いたい。交際したい。そう思ってる」

「……」

「君はどうだい?」

「……どう、というのは?」

「わかるだろ」

 わかっていた。

 リクは俺に言わせたいのだ。言質を取りたいのだ。

 そんなのは面倒だと思っていた。なあなあの関係が楽だと思っていた。

 でも、リクと過ごす時間が増えて、リクを抱く回数が増えて、今は少し考えが変わっていた。

 こんなに俺に真摯に向き合ってくれる人には、俺も真摯に向き合わなければならない。

 そしてそれは、全然嫌じゃなかった。


 ならばそれが、答えだろう。


「俺も愛している」

 端的にそう答えると、リクは数秒間俯いた後、躊躇いがちに「話したいことがある」と言った。


「笑わないで聞いてくれる?」

「……内容によるけど、笑える話なのか?」

「客観的に見たらマジで面白いと思う」

「じゃあ笑いたいが……」

「わかった。そうだね。じゃあ逆だ」

「逆?」

「爆笑して聞いてくれる?」

「ああ、いいぜ」

 そんな変なフリの後、リクはTシャツに手をかけた。

「僕が服を脱がなかった理由を伝えるよ。あのね――」

 意を決したように一呼吸置く。


「乳首が、光ってるんだ」


「ぎゃはははははははははははははははははは!!!!!!!!!」

 一生分笑って、俺たちは交際をスタートした。



◆現在◆


 どうする、どうする。

 何かないか考えろ。

 俺は必死に頭を回した。照明が強すぎて乳首の発光がかき消されたのは完全に想定外だった。

「おや、自信満々だったのでは?」

「演出ですよ演出。すぐ当てちゃったらつまらないでしょう」

「いや、正解だったら取れ高ないし、不正解だったらその後の方が本編なので、さくっと決めちゃってほしいのですが……」

 スタッフの本音が出ていた。


 もしこの乳首を触ることができれば、リクの乳首を当てることはそう難しくない。指で触れようとした瞬間に影が生まれるからだ。

 現場の光を指で隠すことで、光源は乳首のみとなる。しかしこのゲームは見るだけしかできず、照明の数も多いため、自分の体を少し近づけた程度では影は生まれなかった。

 他に方法はないだろうか。どうにかして触れずに発光する乳首を特定する方法は。


 光。

 例えばリクの乳首が赤外線を多く含んでいたとしたら、一昔前の携帯電話のカメラを向けることで判別ができたかもしれない。

 しかしこの場に携帯電話はない。


 紫外線を含んでいたとすれば、それはいわゆるブラックライトということになる。

 ブラックライトは蛍光物質を浮かび上がらせる性質を持つため、もしリクの乳首がブラックライトならば、その方法で判別できる。

 テーマパークの再入場の際に特殊な塗料を手の甲に塗られ、ブラックライトで照らして再入場チェックをする、というのが身近な使い方のひとつであるため勘違いされやすいが、ブラックライトに反応する蛍光物質は素人でも用意ができる。

 人間の汗や尿でいいのだ。

 そして中でも一番反応するのは、男性の精液。


 つまり携帯電話のカメラと違い、この場で用意ができる。


「するのか……? ここで?」

 これはAVの撮影だ。俺が突然一人でおっぱじめたとして、それを止める人間はいないだろう。むしろ撮れ高である。

 だが、リクの乳首がブラックライトである保証がない。それに、俺が出し終わるまでスタッフが待ってくれるかどうかもわからない。

 そんなリターンの見込めない状態で、全世界に自分の痴態を晒すべきか。

 だが、リクが他の男に犯されるのは我慢ならない。俺が嫌だし、リクはもっと嫌だろう。

 控え室で別れたときの、リクの表情が脳裏に浮かぶ。


 ――違和感。


 その時俺は、小さな違和感を抱いた。


 今はそんな事を気にしている場合じゃないのでは、と思いながらも、一度思い浮かんだそれは、頭を振っても消えてくれない。


 光る乳首の判別方法は思いつかないまま、俺は違和感の正体を手繰り寄せる。


 俺は、控え室で別れたときのリクの表情を、ことがある。

 何かもの言いたげな、何かを待っているような表情。それでいて、の表情。


 その表情を見たのは、今日と、この企画へ参加を決めたときと、リクから告白された日、俺が「愛している」と言った直後の合計三回だ。


 そこまで考えて、これまで何度か覚えていた違和感が次々に繋がっていき、確信に変わっていく。



 そもそもどうして、AVの撮影でOK

 口ぶりからして普段は男女のAVを撮影してそうだった。それに一般的にはまだ、注意書きのない恋人と言えば男女を指すだろう。だから本企画も男女を想定して組まれているはず。

 そしてこの企画は、俺がすんなり乳首を当てていれば、撮れ高なく次の人に順番が回るはずだ。

 次の人は男女カップルなのか? だとしたら今並んでいるリクを除いた四人の乳首と、外した時に出てくるはずの男優は、俺のためだけに用意されたのか?


 どうしてなんだ?

 これはAVだ。それにNTRモノの。

 恋人だと思って別の人間の乳首を触ったり舐めたりするというのはある種の王道だろう。どうしてそれが禁止されている?



 そしてリクはなぜ今回のイベントへの出場をOKした?

 俺は奔放なタイプだが、リクはそうじゃない。

 ――性格も境遇も真逆で、言ってしまえば住んでいる世界が違っていた。

 そう言ったのは俺自身だ。

 そんなリクが。

 

 10OK


 もし想定通り光る乳首が見分けられていたら、全世界に光る乳首が発信されることとなり、現状のように見分けられなければ、運次第で別の男に犯されることとなる。

 リクにとって、どちらも好ましくないのではないか?


 最期に、

 撮影だからといって、乳首の発光が隠れるほどの強い光を照らす必要はないはず。

 まるで、乳首が光ることを知っていた誰かが用意したような仕掛けだ。

 それができる人間はこの世に四人だけ。俺とリクの両親。そして――。


 俺ははたと気付いた。

 


 これは、だ。



◆回想◆


「だから僕は、君に全てを打ち明けたいし、君のすべてを受け入れたい。付き合いたい。交際したい。そう思ってる」

「……」

「君はどうだい?」

「……どう、というのは?」

「わかるだろ」

「俺も愛している」



◆現在◆



 では、どうしてリクはこんな企画を考えて、実行に移したのか。

 広告を仕込んだところから、人を用意するところまで、きっととんでもない手間だったはずだ。

 そこには強い動機があるはず。

 そして俺は、とっくにその動機に気が付いていた。


 高らかに宣言をする。


「この中に、俺の恋人はいない!」


 スタッフが「大正解!」と言った。

 がこん、と扉が開いて、中から五人の上裸の男性が出てくる。見知った顔は一人もいなかった。

 俺はマイクを奪って、どこかに向かって叫ぶ。


「リク、出て来いよ。意図は全部分かったから」

 ややあって扉が開き、リクが出てきた。

 運営の人たちを帰し、俺とリク二人だけになる。

 二人で椅子に座って、向かい合った。

 


「俺はお前にいくつか謝らないといけないことがある。ごめん」

「何について?」

 俺は過去を振り返りながらゆっくりと答えていく。

「そもそも俺はさ、交際した瞬間のお前の問いに、何一つ答えてなかったんだよな。お前は俺に「付き合いたい」と言った。でも俺は、「愛してる」としか答えなかった。それはもちろん本音だったんだが、お前にとっちゃはぐらかしているように感じたんだな」

「……」

「そしてその後、乳首の件を打ち明けてくれて、交際が始まった。でもこれ見方によっちゃあ、リクの乳首が面白かったから付き合ったとか、リクの乳首の秘密を知った罪悪感で付き合ったとか、そういう風に捉えられるかもしれない」

「……」

「お前が笑えと言ったから笑ったからそこは謝らねぇけど、あの時求められた返事をしなくてごめんなさい」

 リクは何も答えない。でも振る舞いから、俺が的を外していないことはわかる。


「スタートがそんなんだったから、不安が募ったお前は企画したんだ。俺が本当にお前のことを大切に思っているかの、壮大なを」

 試し行動とは、相手の反応を伺うためにわざと行う挑戦的な言動や行動のことである。


 少し間をおいて、リクがぽつりと呟いた。

「そうだよ。君の言う通りだ」

「……」

「はじまりがはじまりだったから、不安だったんだよ。ヒデは誰とでもすぐ寝てきただろうし、僕のことはただのオモシロ乳首としか思ってないんじゃないかって」

「真面目な話の時にそんなワード置くのやめないか?」

「僕は君が思っている以上に乳首をコンプレックスに思っている。夜の露天風呂にはいけないし、昼間だって警戒しないといけない。寝落ちした日なんかは自分の乳首の明るさで起きることもある」

「…………」


 当たり前だが、全くわからない悩みだった。


「初めて君に見せた時、笑ってくれと言ったのは僕だけれど、それでもどこかでモヤモヤしてたみたいでさ。真面目な場を設ければよかったんだけど、君はいいやつだから、真面目な場を設けること自体がある種の制約になるんじゃないかって思って」

「だからこんな場を?」

 ゆっくりと首を縦に振って肯定した。

「本当は広告を見せた時点で真面目な話に移行できるかなと思ってた。でも君は出る気満々になっていたから、僕も後に引けなくなってね。結果的に試し行動になってしまったことは謝る。ごめん」

 リクは深々と頭を下げたまま、言葉を続けた。

「嫌になった?」

「それが不思議と、あんまりなってない」

 本心だった。

 むしろ、不安にさせてしまっていたことに罪悪感すら覚えた。

 その人にはその人の地獄がある。

 他人から見たら笑えるような悩みでも、その人にとっては地獄なことは、よくある。


 俺の乳首は光らない。

 だから、乳首が光る人間が抱える不安や想いがわからない。


 でも、わからないならわからないなりに、慮るべきだった。

 一度笑い飛ばして終わりになんて、するべきじゃなかった。

 今になって、そんな当たり前のことに気が付いた。


「俺はさ、乳首が光るなんてちょっとしたオモシロ話だと思ってたんだよ」

「うん、知ってる」

「たぶん節々に出てたんだろうな。まずその時点でワンアウト。そして今回の企画へ出ようと言い出した時点でツーアウト」

「うん」

「照明は、リクが五人の中にいないことを悟られないため。お前が五人の中にいなかったのは――」

 これはすごく単純な話だった。


 ――このことは、リクの両親と俺しか知らない。


「シンプルに、司会者や撮影者に乳首を見せたくなかったからだ」

「うん」

 これが企画の全貌だった。

 最初から最後まで全部リクの仕込みで。

 もし運に任せて適当に選んでいたら、終わっていただろう。


「で。俺はギリギリ最後の地雷までは踏まなかったわけだけど、この先お前はどうしたい?」

「僕の言いたいことは伝わったと思うし、僕の知りたいことは知れた。そして出た答えは、これからも付き合ってほしいなんだけど、次は君の番だよ。僕は今回、こんな面倒な試し行動をした。そんなことをする僕と、まだ付き合ってくれるの?」

 リクは俯いたまま、目を合わせなかった。

 だから俺はしゃがんで、強引に頭を掴んで、目を合わせた。


「企画のタイトル、いいよな」

 ――愛しているなら!? 恋人の乳首わかるはず!!


「愛しているから、お前の乳首はわかる」

 愛していたから、俺を信頼して曝け出してくれたんだ。でも。


「でも、どれだけ愛していても、恋人の心の底まではわかんねえ。だからさ、これからも教えてくれよ。乳首みたいに、心も光らせてほしい。そんで、これからも傍にいてほしい」

 俺がそう言うと、リクは呆れたように笑った。

「ばか。そういうノンデリなところが駄目なんだよ」

「えっ、今の駄目!?」

「まあ君に言われる分にはいいんだけどさ」

「どっち!?」

 慌てる俺を見てリクは柔らかく微笑んだ。

 俺が最初に惹かれた、整った顔。


 俺とリクは、住む世界が違った。

 性格も境遇も真逆だった。

 俺の乳首は光らない。

 リクの乳首は光る。


 これからも俺たちは、何度もすれ違うだろう。

 別の人間なんだから、そんなの当たり前だ。


 でも俺は、逆なところも含めてリクのことを愛している。


 その気持ちと、相手を思いやる気持ちがあれば、これからもずっといれるかもしれない。


 そんな単純なことを、光る乳首が教えてくれた。



 俺はリクと唇を重ねてから、ゆっくりと立ち上がった。

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