一人でいたくて誰かを照らす。君だけは照らしたい。
縦島ミノル
一人でいたくて誰かを照らす。君は照らしたい。
「照明係は沖に決まりな」
黒板に書いてある照明係の下に
今はうちの中学校の文化祭実行委員を決める時間だ。
それならばと俺は照明係に立候補した。
なぜなら、スポットライトでステージを照らす役割さえちゃんとこなしていれば当日はキャットウォークで1人でいられるから。
他の学校はどうなのかは知らないけど、うちの中学の文化祭のメインは椅子に座ってステージで行われる文化部や、3年生一軍の出し物をひたすら見続けるというスタイルだ。
正直身内ノリとかも相まって見ててキツい、が二度経験した俺の感想だ。
当日はステージ以外の照明は全て消え、2階は黒いカーテンで閉め切られる。
ステージしか見るものがないのだから暗い後方のキャットウォークをわざわざ見る人間なんていやしない。
一人でいるには絶好の隠れ家だ。
いっそのこと仮病か何かでサボってしまえとも思ったが、それが許される環境ではなかったし、そもそも今思えばそんなことする度胸もなかった。
だから、寿司詰め状態で面白くもないステージを見る羽目になるくらいなら、最低限の役割をこなし、空いてる時間は一人悠々と菓子パンやジュースを持ち込んで、最近ハマってるライトノベルでも読んで時間を潰すのがベストだと俺は判断した。
要するに不良になりきれないヘタレの精一杯の浅知恵だ。
「松浦!沖!おつかれさん!明日もよろしく頼むな!」
前日のリハーサルが終わり、1階から生徒指導の先生が大声でなんか言ってきた。
俺は「了解っす……」と軽く会釈しながら答えた。
反対側の人はともかく俺のことは放っておいてくれ。
結論から言うとやること自体はめちゃくちゃ簡単で、持ち込む椅子に座りながらでも出来そうだった。
カーテンを締め切った体育館でもステージからの明かりだけで文字は読めなくはないことも文化祭の台本で確認できた。
これで自分が文化祭を一番自由に過ごせる存在だと心の中で小躍りしてた。
さて、明日のことは忘れて帰るか。
終盤に差し掛かってるゲームが家で待って……
「あ、沖くん!お疲れ〜」
「えっ、はっ!?何!?」
「フフッ、今ビクってなった」
完全に帰宅に頭が支配されていた俺は突然話しかけられて軽くビクついてしまった。
「あ、く、桑原さん……」
「沖くんと話すの久しぶりじゃない?3年になってから話したっけ?元気?」
「え、あ、うん、まぁ」
こんなチビで人を避けてて朝読書の時間にライトノベル読んでるような話し甲斐のない陰キャにわざわざ話しかけてくる女子なんて、隣のクラスの
桑原とは去年同じクラスで、一学期に俺は右奥の席でその隣が彼女。その3ヶ月だけは隣の席同士としてよく話しかけられた。
それだけの関係だ。
それだけの関係。
な、の、に、顔は可愛いし明るいし上記みたいな俺に話しかけてくれるしおっぱいデカいし俺がこけかけて受け止めてくれた時のおっぱいの感触が俺の『ローテーション』で堂々の一軍を張っているしで、落ちかけてる、というかヘタレすぎて勇気も言う気もないので墓まで持っていく所存な想いを抱えている。ほんとに最低だな俺。
「リハ中に見つけてちょっとだけビックリした。照明係なんでしょ?沖くんが何か決める時に手上げてるの想像できないんだけど」
「ま、まぁね……。桑原さんはダンス踊るんだよね。てかリハで踊ってたよね」
「そうそう、ソロでね。あと幕間ゲストでちょっと司会……あ、英二と晴樹ね!と話したりとかかな」
うーん、さすがトップカースト。
あと基本的に人を苗字で覚えてるから下の名前で呼ばれた司会が誰なのかわからない。
知ってる前提で話してくるのちょっと怖いな。
「は、はは……そなんだ。じゃ、じゃあ明日頑張ってね」
「ありがと。明日はバッチリ私を照らしてね!」
そそくさと立ち去ろうとする俺に天然の殺し文句とウインクと胸寄せで追撃する桑原。
今夜彼女が緊急登板したのは言うまでもない。
次の日、出来れば中止になってほしかった文化祭当日。
ステージでは一軍の司会が流行りのテレビで見る特徴的な話し方の人を真似たり旬の芸人のネタや身内ネタを擦ったりしていた。
前者はそれなりに笑いが取れるけど後者は案の定全体の右側の一部からしか笑い声が聞こえてこないぞ。
嗚呼、悪しき因習よ、滅びたまえ。
俺はそんな彼らを心を殺して照らしながら、当初の予定通り何かの影響を受けてマイブームだったメロンパンを頬張っていた。
司会がステージ袖に捌けると同時にライトのスイッチを切る。
次はこっちのスポットライトは必要ないんだったよな。
椅子に座り、コーラを喉に流し込みながら栞を頼りにライトノベルを開く。
次に幕が落ちるまでは至福の時だ。
なんて自分なりには充実しているが文化祭的な楽しみはゼロな時間が続いて、ついにその時がやってきた。
「次のステージはぁ〜っ!3の2のアイドル、ナッチがダンスを踊っちゃうみたいな〜っ!」
俺は軽く舌打ちしながら宴アイテムを鞄に仕舞い込んでライトのスイッチに手をかける。
溜め息と共に心のスイッチを切る。
切ったはずだった。
バカが。
切れるわけないだろ。
頼まれたんだぞ。
あの桑原に。
話しかけられただけで心のどこかでは嬉しくて緊急登板させちゃうくらい なのに。
半端にやる気出しちゃってさ。
本当に現金なやつだな。
ステージの上で、暗闇の中ですら存在感を放つそれにライトを向ける。
イントロが始まって一秒後に点灯だ。
わかってる。
ステージのライトと左右二方向からのスポットライトが一斉に彼女を照らす。
それ以上に桑原は眩しかった。
クラスTシャツに強調されたおっぱい、いつもより一段短く折ったスカート、キレのある流行りのアイドルのダンス、そしていつも通りの輝く笑顔。
俺の目とライトを必死で追わせるには充分すぎた。
たまたまテレビで見た限りだとそこそこ難しいダンスのはずなのに難なく踊っている。
これをマスターするためにあの子はどれだけ練習を重ねたんだろう。
いや、実際は別にそんな練習してないのかも。
わからない。
そう、俺は本当に桑原湊兎のことを何も知らないんだ。
知らないのに、こんなに心を掴まれる。
俺が照らしてるはずなのに、自分が桑原に照らされてるとさえ感じる。
まるで月光で太陽を照らしてるような、そんなこと有り得ないはずなのに起きている不思議な感覚。
なんだよ。
俺いらないじゃん。
いや、どうせどっちも同じなら照らさせてくれ。
頼まれたからとかじゃない。
君だけは照らしたい。
曲が終わり、盛大な拍手が巻き起こる。
俺はその後も幕間繋ぎのインタビューを受ける桑原を照らし続けた。
司会?お前らどうでもいい。
気を利かせて代わりに司会を照らしてる反対側の松浦だっけ?には心の中で一応謝った。
一瞬桑原と目が合った気がした。
俺にウインクもした気がした。
あくまで気がしただけ。
桑原と司会がステージ袖に捌けて再び照明係が必要ない時間が訪れる。
再び
結論から言うとそんなもんじゃ済まなかった。
「コショコショ」(なーるほどね。このために照明係になったのね)
「~~~~~~~ッッッッッッ!!!!!」
コーラを口に含んで椅子から転げ落ちそうになりながら一切物音を立てなかった自分を褒めてほしい。
な、なんで桑原がここにいるんだよ!
(確かに誰も見てないし悪いことするのにはうってつけだねぇ)
(え?いや、え?なんで??????)
(合図送ったでしょ?このまま自分の席に戻ってもつまんないから来ちゃった☆沖くんだってそうなんでしょ?)
あーだめだめ、これはいけません。
(パンとお菓子とコーラに本まで!沖くんって案外大胆なんだね)
(い、いいでしょ別に。それよりお疲れ様。コーラでいいならまだ飲ん)
(あ、いいの?ありがとう!)
そう言いながら桑原は俺の飲みかけのコーラに口を付ける。
一体何が起きてるんだ?
俺の人生今日で終わりだったりする?
(ぷハァーッ!生き返ったぁ。それでなんだっけ?そうそう!沖くん、ありがとね。ずっと私にライト当ててくれたじゃん)
(あ、うん。でも正直いらなかったでしょ)
(いやいやいるって!)
(なんていうか、桑原さんは自分で勝手に輝いてたっていうか、むしろこっちが照らされてる側だったっていうか)
(なにそれ?おもしろ)
(でも、それでも、く、桑原さんだけは俺が……その……照らしたか……った……)
何言ってんだこいつは。
顔を赤くしながら桑原を見るとこっちを見つめて何も言ってこない。
やっぱりキモかったか?
(いやー次の期末テスト沖くん大丈夫そう?私は何個かヤバいかも)
そういや桑原は会話の量とハンドルの切り方がヤバかった。
さっきのは気にしてないのか?
それから暫くは桑原と取り留めのない話をした。
ハッキリ言って今までの人生で一番楽しかった。
そんな時間は当然人生で一番早く流れた。
(あ、そろそろ戻らないとヤバそうかも)
(だろうね。早く戻った方がいいよ)
(あ、そうだ。沖くん)
桑原はそう言うとこちらを見つめる。
え、何?
(さっきの、結構マジで嬉しかったから)
キスされたのだけは覚えてる。
非現実的すぎて記憶が飛んでる。
(またね、沖くん)
これが桑原との人生最後の会話だった。
ちなみに、桑原は文化祭が終わってすぐに告ってきた司会の片割れと付き合ってその一週間後にはヤったらしい。
休み時間に寝たフリしてたらクラスの一軍がそう話してたのが聞こえてきた。
クソがよ。
所詮俺の青春なんてこんなもんだ。
一人でいたくて誰かを照らす。君だけは照らしたい。 縦島ミノル @tatemino
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