二年前
Uさんは、仕事の都合で日付が変わってから帰宅することが多い。
そういうときは、自宅の近くにある二十四時間営業のスーパーに寄って、売れ残りの弁当やカップ麺を買って帰るという。
その日も、自宅の最寄り駅に着くころには十二時を回っており、へとへとの状態でスーパーに寄った。
外に置いてある買い物かごを持って、自動ドアを通って入店する。
その瞬間に、妙な違和感を覚えた。いつものスーパーのはずなのだが、どうも様子が違う気がする。
(なんでこんなにしっくりこないんだ……?)
立ち止まって数分考えたが違和感の正体は掴めず、判然としない気持ちを抱えたまま総菜売り場へと向かった。
そこで品定めをしていたのだが、今度は店内の異様な静けさが気になり始めた。
普段なら、このスーパーには深夜であってもそれなりに客がいる。よしんば客がいなくとも、店員の一人か二人くらいは商品の棚卸しやモップ掛けをしているのが常だった。
ところが今、店内は水を打ったように静まり返っていて、自分以外に人がいる気配がまったく感じられれない。
(……なんか嫌だな)
無人レジが導入されているので、店員がいなくとも一応会計は済ませられる。さっさと帰ったほうが良さそうだと思ったUさんは、最安値の弁当と総菜をかごに入れてそそくさとレジへと向かった。
が、会計はできなかった。無人レジの画面が真っ暗で、バーコードを通しても反応しない。稼働していないようだった。
仕方がないので、店内に向けて大声で呼びかけた。
「すみませーん、会計したいんですけど」
すると
「はい、ただいま」
と、並んだ陳列棚の向こう側、店内の端のほうからすぐに返事があった。
(なんだ、店員いたんだ)
Uさんは、そのまま返事が聞こえたほうを見続けていた。
「お客様、こちらのレジをご利用ください」
えっ、と振り返ると、無人レジに隣接している有人レジに、いつの間にか女性の店員が立っている。
声の聞こえた方向をずっと見ていたが、レジにやってくる人の姿は確認できなかった。それどころか物音一つ立っていない。突然そこに現れた、としか言いようがないのだ。返事をした店員ではない人が来たのかと思ったが、声が同じだった。
(どこから来たんだこの人……?)
ともかく会計を済ませようと有人レジに向かう。
「お待たせしましたー」
Uさんの抱く違和感などどこ吹く風で、女性店員は手際よく商品のバーコードをスキャンし始めた。無音の店内に、ピッピッという電子音だけが響く。
(……こんな人夜勤にいたっけ)
そのスーパーのすべての店員と顔見知りというわけではなかったが、深夜に出勤している顔ぶれはおおよそ把握していた。が、目の前でレジ打ちしている店員は、その顔ぶれの中にはいない。
だが、なぜだか見覚えがあるように感じた。どこかで会ったことがあるような……。
「合計1,089円になります」
「え、ああ、カードで」
「かしこまりました。一括で承ります」
結局、清算を済ませてから店を出るまでに、何も妙なことは起きなかった。
だが、スーパーに対する漠然とした違和感と、あの女性店員に対する奇妙な既視感が、何とも言えない不安感を胸の内に残していった。
帰宅後、何はともあれ腹を満たそうと、買ってきた弁当と総菜をレジ袋から出して、電子レンジで温めようとした。
しかし、最初に温めようとした弁当のパッケージが目に入って、手が止まった。
パッケージの右下に貼られているラベルに書かれている消費期限は、「月日」こそ今日の日付だったが、「年」がなんと二年前だったのだ。
まさか、と思いほかの総菜にも目をやる。
どれも消費期限が二年前になっている。
「どういうこと……?」
百歩譲って、市販されているお菓子や冷凍食品なら、何かの手違いで賞味期限が過ぎた商品が並んでしまったとしても理解できる。だが、店内製造の弁当と総菜で二年も消費期限が過ぎているなどありえるのだろうか?
色が悪いとか、明らかに腐っているなどの様子は見られない。弁当のふたを開けてすんすんと嗅いでみたが、異臭もしなかった。
どうやら、食べられる状態ではあるようだ。作られたのが昨日今日であることは間違いないらしい。となると商品ラベルのほうが誤っていることになるわけだが、陳列時に気付かないものだろうか?
とにかく腹が減っていて疲れていたこともあって、食べられそうならいいか……とも一瞬思った。が、やはり「消費期限二年過ぎている」という情報を一度目にしてしまった以上、そのまま口にするのは流石に気が引ける。
普段なら迷わず商品を交換してもらうところだが、再度家から出るのが億劫なうえに、今「あのスーパー」に戻るのは気が進まない。
しかし、この空腹感とともに寝るのはもっとつらい……。
葛藤の末、背に腹は代えられないと考えたUさんは、買ったものをレジ袋に詰めなおしてスーパーへと戻ることに決めた。
十数分ぶりに入店したスーパーには、先ほど味わったような違和感はなかった。見知った顔の店員が数名、そしてちらほらと客の姿もある。ほっと胸を撫でおろした。しかし、ついさっきレジ打ちしていた女性店員の姿だけがどこにもない。
とりあえず、無人レジの近くにいた店員に声をかけた。
「すみません、さっき買った弁当と総菜なんですけど、なんか賞味期限が二年前になってて」
「え、二年前?」
「はい、多分ラベルのほうが間違ってるとは思うんですけど……」
レジ袋から弁当を取り出して、ラベルを見せる。
「本当ですね……大変申し訳ございません。すぐに新しいものと取り替えさせていただきます……ちなみにレシートなどはお持ちでしょうか」
「ありますよ」
「ちょっと確認させていただきます……あっ」
店員の目線がレシートの下部の方に釘付けになっている。かと思うと、その表情がみるみるうちに青ざめていった。
レシートの下に何が書いてあったっけ、と考えて(レジの担当者名か)と気づく。
「あの、お客様。レジに立っていたのはどのような人物でしたか?」
「女性の店員でしたよ。えーと、身長は多分百五十センチくらいで、黒髪のショートカット……だったかな?」
それを聞いて、店員の表情からさらに血の気が引いていった。
「……少々お待ちください」
と言ってその店員は、商品を陳列していた初老の店員のところへレシート持って駆け寄った。そして、何やらひそひそと話し始めたのだが、思いのほか声が大きく、Uさんの耳に会話の内容がしっかりと届いていた。
「店長、またクロキさんです……」
「え、また? お客様が会ったの?」
「はい」
「はあ……もう二年だぞ……とりあえず商品は取り替えて差し上げて」
(……もう二年?)
消費期限の日付が脳内にフラッシュバックする。
(二年前……このスーパー……あっ)
そこでUさんは、二年前にこのスーパーで黒髪の女性店員が働いていたことをようやく思い出した。だが、すぐに辞めてしまったのか、いつの間にかいなくなっていて記憶にほとんど残っていなかったのだ。
そこから芋づる式に、仕事帰りに寄った際の違和感の正体も明らかになった。壁紙の色が違ったのだ。このスーパーは一年前に内装を一新して、壁紙を薄緑から淡いピンクに変えていた。ところが、先ほどの来店時には壁紙が薄緑色に戻っていた。
見慣れた風景だが違和感があるというのは、それが理由だったのだ。
(いやいやちょっと待て。なんでさっきは壁紙の色が戻ってたんだ? それにあの店員は? 休職明けで復帰したとか?)
「お客様お待たせしました。こちら新しい商品となります。この度はご迷惑をおかけしまして申し訳ございません」
「あ、どうも……ところで、さっきレジ打ちしてた女性の方って」
「すみません、私のほうからよく言っておきますので」
「え、いやあの人二年前に――」
「本日のところはお引き取りいただけないでしょうか……!」
頼むからこれ以上詮索しないでくれ、と目が訴えかけている。額には冷や汗が浮かび、鼻筋や目の横を伝っている。
「あ、そう、ですか……」
気になることは山ほどあったが、自身の空腹感と眠気が限界だったことにくわえて、店員の異様に怯えた様子にも気圧されて、それ以上詮索することはなかった。
それから数日後、クレジットカード会社から電話が来た。曰く、不正利用された可能性があるので確認したいことがある、とのこと。
「何かおかしな利用履歴があったのですか?」
と尋ねたところ、こう返答されたそうだ。
「○○スーパーでのお支払い履歴がいくつかあるのですが、そのうちの一つが二年前の日付になっておりまして……恐らくはシステム側の不備だと思うのですが、念のために確認のお電話を差し上げた次第でございます」
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【短編集】創作怪談集ゆらぎ 久太郎 @kyutarou4251
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