家族ごっこ
サラリーマンのWさんは、ある日の電車通勤時に妙なものを見たという。
急病人対応の影響で、乗っていた電車が駅間の高架上で停止した。
吊革に掴まり立っていたWさんは、電車の窓の外、高架沿いに建つマンションを何とはなしに眺めていた。各部屋のベランダが線路側に面しており、洗濯物が干してあったり、家庭菜園の手入れをしている人がいたりと、生活の様子が垣間見える。
ふと、その内のひと部屋が目に留まった。
その部屋はカーテンを閉めておらず、室内で朝食を取っているであろう一家の様子が丸見えになっている。皿の並んだテーブルに、両親とその子供が向かい合うように座っており、仲睦まじく会話しているようだった。
外から見られて嫌じゃないんだろか。そんなことを思いつつも、その様子がほほえましかったのでそのまま眺め続けたという。
だが、そのうちにあることに気がついた。
テーブルの上に並んでいる皿には、当然料理が盛り付けられていると思い込んでいたが、よくよく見ると何も乗っていないのだ。しかしその一家は、まるで食事を取っているかのように、皿から口へとフォークを運んでいる。
(何してるんだ?)
あまりにも不可解な光景に目が釘付けとなった。そのまま観察を続けると、今度は三人の口の動きに違和感を覚えはじめた。
どうやら、各々が好き勝手に口を動かしているだけで、本当に会話をしているわけではなかったのだ。それぞれが口を開くタイミングがちぐはぐで、声が聞こえなくとも会話が成立していないと分かる。
空っぽの皿と口の間でフォークを往復させながら、ただパクパクと口を開けたり閉じたりしている家族。それだけでも十分に意味不明だったが、何よりも気味が悪かったのは、そんな奇妙なふるまいをしている全員の顔に、屈託のない笑みが浮かんでいることだった。
と次の瞬間、全員の表情から笑顔が消えたかと思うと、Wさんのほうにくるっと顔を向けてきた。
「ひっ……」
無表情で生気のない顔が、ベランダの窓越しにこちらをじっと見つめてくる。
背筋に悪寒が走った。
その時
「えーお客様にお知らせいたします。ただいま急病人対応が完了したため、運転を再開いたします」
というアナウンスが入り、Wさんの乗る電車がゆっくりと動きはじめた。そしてその内に、流れていく風景と共に一家の姿も見えなくなっていった。
それ以降も同じ路線で通勤し続けたWさんだったが、その部屋のカーテンが開いているところは、二度と見なかったそうだ。
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