第64話それぞれの想い
後宮は噂話に敏感だ。
新しい妃の話しは当然、藤壺にも伝わっている。
どこかの煩い女御が謹慎後も大人しく過ごしているせいか、藤壺は静かであった。
誰も来ないことを良いことに
肘掛に凭れ、寝そべっている。
御機嫌伺いに来た時次はそんな
興味なさげの
「こりない人ねぇ」
ぼそりと感想を呟く
間延びした
「右大臣家の者にだけは言われたくない言葉だろうな」
「あら、失礼ね」
「本当のことだ。父上に陥れられて失脚した者は数知れず」
「政治家なら当たり前では?」
「ま、そうだな」
義父の悪い噂は、
悪名高い右大臣の噂を知らない者はいない。
だが、
清廉潔白な人間などこの世にいない――それが
およそ姫君らしからぬ考えだが、彼女の場合は致し方ない。悪意になれている。
(あの事件さえなければな……)
数年前の忌まわしい記憶が蘇るが、ハタッと思い至った。
(まてよ、事件前からこの性格だった)
行動的と言おうか。
姫としての教育の傍ら、武芸を習う。護身のためだといって。
「お転婆が過ぎます」
と、
養父母は笑いながら、「元気が一番だ。お転婆姫とは。はははっ」と笑い飛ばしていた。
時次のことも実子同然に愛してくれた。
枇杷邸は笑いに包まれていた。
「お義兄様?」
「悪い、考え事をしていた」
「悪だくみではなく?難しい顔していましたよ」
失礼極まりない。
時次は苦笑し、話しを変える。
「
「華やかになって良いわ。なにしろ、数が減ってしまったから」
「減らし過ぎだ」
「そうかしら?」
あざとい。
わざとなのか、無意識なのか知らないが。
「
「英断だわ」
「どこがだ」
相変わらず、義妹は一筋縄ではいかない。
帝がどんな思惑で
寵妃と君臨しているが、男女の愛情は双方にない。
互いの利害が一致した、ただそれだけの関係だ。
そもそも、
女三の宮を引き取れれば良かったのだが。
あの姫宮は使える。
時次は女三の宮を利用しようとは考えていない。
彼女の賢さを高く評価しているだけだ。
(
妙に甘いのは、相手が幼児だからだろう。
(ま、どちらにせよ、女三の宮まで右大臣家が取り込めば反発されたがな)
時次は、そっと溜息を漏らした。
「ま、なるようになるだろう」
時次は気にしないことにした。
帝のことだ。何か考えがあるのだろう。
気にしたら負けである。
宣耀殿は静かだった。
腫れ物扱いのまま。
誰もが女御を遠巻きにしている。
「
「ご機嫌いかがですか?」
「ええ。私は元気ですわ」
やはりまだショックなのだろう。
無理もないことだ。
実兄が姪を養女にして後宮に送り込むなど。
大納言の養女なら女御にはなれない。更衣として入内することになるだろう。
「
「何でしょう?」
「
「……はい……」
顔色は相変わらず悪かったが、表情は少し和らいでいるように見えた。
気の強い
仲が良いとは決していえない兄妹。
だが、それなりに気にかけていただろうに。
ひと悶着あったらしい。
良くも悪くも……。
「
「……」
「今は仕方ありませんわ」
「……」
返事はない。
唇を強く噛み、俯いている。
何かに耐えているようだ。
言葉にできない思いがある。
「
この場合、左大臣家もだろうか。
一波乱ありそうだ。
「困ったことにならなければ良いのだけれど……」
誰に言うでもなく、
多くの者たちの思惑が絡み合う、権謀術数の魔宮。
しかし、今、後宮内は不気味なほど静まりかえっていた。
後宮の系譜 つくも茄子 @yatuhasi2022
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