第63話企み

 まずい。

 非常にまずい。


 山吹大納言やまぶきのだいなごんは、頭を抱えていた。

 宣耀殿女御せんようでんのにょうごの猶子の件が白紙撤回されたことで、山吹大納言やまぶきのだいなごんは「可哀想な母子の後見人」の話しがなくなってしまった。

 これも妹の失態のせいで。

 悔しさに、唇を噛み締めていると、「兄上」と声をかけられた。

 振り返ると、そこには弟の姿があった。


頭中将とうのちゅうじょうか。どうした」

「姉上の謹慎が解かれたと聞きましたので」

「ああ。そのようだな」

「ご機嫌伺に参られないのですか?」

「あれに、か……」


 山吹大納言やまぶきのだいなごんは弟の言葉に考え込む。

 宣耀殿女御せんようでんのにょうごの謹慎が解かれたことは知っていた。

 だが、あのような失態を犯したのだ。

 とてもじゃないが、会いに行く気になれない。

 そんな山吹大納言やまぶきのだいなごんの様子を見て、頭中将とうのちゅうじょうはやれやれと笑いながら言った。


「終わったことを考えても始まりませんよ、兄上」

「……」

「仕方がありません。あの母子の後見人に准后さまがなられたのですから」

「あ、ああ……」


 弟の言葉に、山吹大納言やまぶきのだいなごんは顔を引き攣らせる。

 まさか、あの母子の後見人に准后がつくとは夢にも思わなかった。

 父が頼んだのか。

 それとも帝か。

 どちらにしても、頭の痛い話だ。

 母子は五条屋敷から准后の住まう屋敷に引っ越してしまった。


「次を考えるか……」

「それがよろしいかと」

「女御はどうしている?お前のことだ。もう会いに行ってのだろう?」

「はい、お元気でしたよ。いつも通り」

「はっ!そうか。相変わらずか」

「はい」


 頭中将とうのちゅうじょうはニコニコと楽しそうに笑っていた。

 我が弟ながら、あの妹と仲良くできるのだから、とんだ物好きである。


「しかし……どうしたものか。主上おかみの寵愛は尚侍にあるというのに」

「そうですね……」


 弟は、「うーん」と腕を組んで唸る。


「私に娘でもいれば入内させられるんですがね。ま、結婚もしてない身ですから、こればっかりはね。無難なところで派閥内の姫を何人か入内させますか?」


 左大臣家の姫は全員売約済み。

 残るは、派閥の誰かの姫を養女に迎えて入内させるのが無難だろう。

 だが、誰がいる?


「兄上のところに姫がいれば話しは早かったんですがね」


 笑いながら言う。

 山吹大納言やまぶきのだいなごんには、娘がいない。

 男しか生まれなかった。

 弟たちの中に娘を持つ奴もいるが、幼すぎて話しにならない。今目の前にいる弟は結婚すらしていない。この見目麗しく機転の利く弟に娘がいれがな……。

 結婚はしていないが外に多くの恋人を持つ弟だ。探せば隠し子の一人や二人いそうな気もするが。そういう外で産まれた子供は貴族社会の常識を併せ持たないケースが多い。下級貴族ならまだマシだが、没落して明日の米もない状態の場合は碌な教育そのものを受けていないだろうし。実に悩ましい問題だ。

 いや、待てよ。

 確か、下の妹に娘がいたな。


頭中将とうのちゅうじょう、権大納言家に行くぞ」

「権大納言家?もしかして二の姉上のところですか?」

「そうだ!あの子のとこに娘が一人いただろう」

「ああ、そういえば」

「その子を養女にすればいいんだ!」


 山吹大納言やまぶきのだいなごんの言葉に、弟はポンッと手を打った。


「その手がありましたね!早速準備して向かいましょう」

「ああ!善は急げだ!」


 こうして、山吹大納言やまぶきのだいなごん頭中将とうのちゅうじょうは権大納言家に向かうのだった。








 権力に取り付かれた男がそう簡単に引き下がるわけがない。

 山吹大納言やまぶきのだいなごんは、権大納言家の姫を養女に迎えた。


「年内は無理だな。年明けに入内させる」


 大納言家の姫の入内は瞬く間に噂になった。

 叔母と姪で寵愛を競い合うことになるのか、と囁き合う。


山吹大納言やまぶきのだいなごんの実娘ではないのだろう?」

「妹の娘らしい」

「権大納言家の姫か!」

「知っているのか?」

「当たり前だ。両親に似て大層な美少女だと噂になっている」

「そういえば、権大納言は左大臣の二の姫に見初められて婿になったらしいな」

「ああ、そんな話も聞いたぞ。まあ……権大納言は色男なのは間違いない」

「二の姫も当時は美人と評判だったからな」


 権大納言はその美貌を、左大臣家の二の姫と見初められて結婚した経緯がある。

 そんな権大納言家の姫が美しい娘でないわけがないと噂になっていたのだ。


「これはひょっとすると?」

「十分あり得るな」


 新しい妃が寵愛を受けるかどうかで、後宮の争いが活発になることを予感していた。

 右大臣家か。

 それとも左大臣家か。

 勝負はまだこれからだ。



 


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