第62話騒動と決着 参

 宣耀殿女御せんようでんのにょうごの謹慎が命じられて数日後。

 蓮子は、麗景殿女御の元に訪れていた。

 他の局に遊びに行くなど珍しい。

 どこかの女御が謹慎しているからこそできる行為である。

 

主上おかみに嘆願書を提出なさったそうですが、本当でしょうか?」

「ええ。本当ですわ」

「何故、そのようなことをなさったのですか?宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまが女三の宮さまに危害を加えたことは麗景殿女御さまもご存知のはず」

「そうですわね」

「女三の宮さまの現状を憂いていらっしゃった女御さまが、どうして宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまを庇うようなことをなさるのです?」


 蓮子の疑問は最もだろう。

 謹慎を命じたのは他ならぬ帝である。

 その帝に嘆願書を提出するなど。

 何を考えているのだろうか。

 その前に、女三の宮に同情して宣耀殿の情報を流したのは麗景殿女御だ。

 それなのに、彼女が宣耀殿女御せんようでんのにょうごを庇う理由が分からない。


 困った表情だった麗景殿女御はクスッと笑うと、ジッと蓮子を見据え、静かに目を瞑る。


「……哀れに思ったから、でしょうか」

「哀れ?」

「はい。私は、宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまがあまりにも可哀想だったのです」

「……」


 蓮子は首を傾げる。

 麗景殿女御が何を言っているのか理解ができなかった。

 きっと宣耀殿女御せんようでんのにょうごを「哀れ」だと思うのは麗景殿女御だけだろう。


 はっきりとした理由は分からないままだ。

 麗景殿女御は詳しく話す気はないらしい。


 女御は、ゆっくりと目を開けると静かに語り始めた。


「ここは、貴女さまが思っている以上に恐ろしいところなのです。人の欲望と嫉妬が渦巻く場所……。色とりどりの花が咲き乱れているように見えても、その陰には様々な思惑が渦巻いているものです。浅はかな者は直ぐに呑み込まれて人知れず消されてしまう。ここは、そんな場所なのです」

「……」

「尚侍さまは、お若い。まだ、修羅の恐ろしさをご存じでない。この場所で隠れ住まう鬼の正体も、その恐ろしさも、まだご存じでないのです」

「……」


 蓮子は口を挟まない。

 ただ黙って女御の話を聞いていた。

 そんな蓮子を見て、麗景殿女御は微笑んだ。

 いつもとは違う、仏のような微笑みで。

 修羅を知る女の顔だった。






 


 麗景殿女御が嘆願書を出したためか、宣耀殿女御せんようでんのにょうごの謹慎は三ヶ月で解かれた。

 この三ヶ月の間に、女御は局を徹底的に調べられ、女三の宮を軟禁していたことも立証され、左大臣にも報告された。

 左大臣は自ら職を辞そうとしたが、帝はそれを許さなかった。

 それどころか、「頼りにしている」と左大臣を激励したのだ。

 これには、左大臣も感涙。

 ますます帝に忠誠を誓ったとか、いないとか……。


 女三の宮は生母の元に返された。

 山吹大納言やまぶきのだいなごんの後見人の話しも正式に流れ、宣耀殿女御せんようでんのにょうごの猶子の件も白紙撤回されたので。

 生母は、娘の無事に涙を流して喜んでいたという。

 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは、謹慎が解かれた後も女三の宮に謝罪しようとはしなかった。

 それどころか、「私は悪くない」と宣う始末。

 女御の態度に、左大臣は怒り心頭だった。帝も、宣耀殿女御せんようでんのにょうごの態度に呆れ果てていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る