第61話騒動と決着 弐

「これはどういうことだ、宣耀殿女御せんようでんのにょうご

主上おかみ……!」


 騒ぎを聞きつけたのか、帝までやって来た。

 その瞬間、悲劇のヒロインのような顔で帝の足に縋り付く女御の姿が。


主上おかみ……聞いてください。尚侍が私を非難するのです。私は母親として教育をしていただけだというのに……」


 涙ながらに訴える姿は、とても哀れで。

 日頃の彼女を知らなければ。

 先ほどの言動を見ていなければ。

 

「可哀想に……きっと何か行き違いがあったのだ」と、慰める者もいただろう。


 だが、この場にいる誰もが「こいつ何を言っているんだ?頭沸いてんのか?あ、元からだったな」と冷めた目で見ていた。騙される者は一人もいない。本当に日頃の行いって大事。


「では、先ほど、朕の娘を犬呼ばわりしたのは幻聴だったということか」

「ち、違います!私はそんなつもりでは……」

「では、どんなつもりだったのだ?駄犬呼ばわりしていたが」

「それは……言葉の綾で……」


 帝の追及に、しどろもどろになる女御。

 その姿はとても醜く、浅ましい。

 縋り付く女御の手は震えていた。


「あ、主上おかみ……私は……」

「尚侍。そなたはどう思う?」


 帝に話を振られた蓮子は、女御を見据える。


宣耀殿女御せんようでんのにょうごさま」

「な、何よ」

「貴女がなさったことは、宮さまの教育ではなく体罰です」

「体罰?躾よ!」


 蓮子に言い返されて真っ赤になる女御。

 そんな女御に冷たい眼差しを向けて蓮子は更に続ける。


「躾、と仰るのですね」

「……そうよ」

「では、女御さまの躾を受け傷ついた内親王さまはどうなるのですか。体に傷を付けていないからいいと?心に傷を深く刻み込まれたというのに」

「っ!何を根拠に!」

「何もしていないと?」

「当たり前でしょう!私を誰だと思っているの!」

「それでは、何故、内親王さまの腕には痣があるのです?」


 蓮子の問いに、女御の顔色が真っ青になる。

 そう。女三の宮の両腕には、縛り付けられたような痣があったのだ。


「あ……それは……」

「それは?何です」


 言葉に詰まる女御を蓮子が更に追い詰める。


「何もしていないと仰るのなら、局を調べても問題はないはず。ちょうど、姫松ひめまつ(内侍司所属の男装の女官)もいることですし、調べてみる必要がありますね。主上おかみ、よろしいでしょうか」

「ああ。構わぬ」

「ありがとうございます」


 蓮子は女御の局を調べるように、帝の後ろに控えていた姫松に命じると女御は「嫌!やめて!」と叫ぶ。

 しかし、そんな女御の叫びは無視されて、姫松によって局は調べられていく。


主上おかみ!お助けください!私は何もしておりません!」

「だが、内親王の腕に痣があるのだろう?」

「それは……きっと、遊んでいたのです」

「遊び?」

「はい、縄で縛って遊んでいたんですわ。ええ、そうに違いありません!」

「……縛られてできた痣か。どうして知っている」

「それは先ほど尚侍が……」

「尚侍は『痣がある』とは言ったが、『縄で縛られた痣』だとは一言も言っていない。何故、内親王が縄で縛られた痣があると言い切れるのだ」

「そ……それは……」

 帝に問われて、しどろもどろになる女御。

 そんな女御に帝は吐き捨てるように告げた。


「宣耀殿の女御……。やはり貴女に母親は無理だったようだ。この件は朕から左大臣に伝えておこう」

「お、お父さまにですか!?」

「当然であろう。内親王に危害を加えたのだから」


 帝の言葉にその場にいた誰もが驚いた。

 まさか左大臣にまで話が行くとは思わなかったのだ。

 そんな宣耀殿の面々を見て、帝は呆れたように溜息をついた。


「其方らは本当に愚かだな」

「……っ……」

「ここまで愚かだとは思っていなかったぞ」


 帝の言葉に、誰も反論できない。

 いや、するだけ無駄である。


主上おかみ!お許しを!」

「ならぬ」

「そんな……」


 いつにない帝の様子に、女御は言葉を失う。


主上おかみ、内親王さまを藤壺にお連れしてもよろしいでしょうか」

「そうだな。そうしてくれ」

「畏まりました」


 蓮子の問いに帝は頷くと、蓮子に下がるように命じる。

 そして、宣耀殿の面々に向き直ると冷たい声で告げた。


「宣耀殿の女御……其方らは暫くの間謹慎とする」

「……っ!」


 その言葉に、女御は言葉を失ったのだった。








 ◇◇◇◇◇

 

 姫松ひめまつは、「東豎子あずまわらわ」のこと。姫大夫ひめもうちぎみとも呼ばれますが、この物語は「姫松ひめまつ」呼びです。

 史実でも、後宮の内侍司に所属する下級女官で、「男装の女官」としても知られています。

 物語上、後宮直属の女武官。史実と違って規模も大きく人数も多い設定。官位も男性武官と同格です。


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