終末の世界で魔法少女は

竜田くれは

終末の世界で魔法少女は

 悪の組織の手によって世界が崩壊してから4年。彼らの魔法兵器によってあらゆる建造物は破壊され、生物は死に絶え、大気は魔力で汚染された。僅かに生き残った人類は組織が生み出した怪物の恐怖に怯えながら魔法防御が掛けられたシェルターで生活している。


 分厚い雲で覆われ、日の差さない旧Tタウン。かつてこの国の首都が存在した地域のシェルターに、今日も魔の手が迫る。防壁を破壊し人々を鏖殺せんとする怪物たち。その前に、一人の少女が現れた。周囲に人が居ないことを確認した少女は、ステッキを掲げる。

「光り輝き、聖域来たる。サンクチュアリ・チェンジ!」

 少女は力いっぱい魔法の言葉を宣言する。一昔前に存在したアニメであれば、可憐な変身バンクシーンが入り世の人々を魅了するのだろうが、現実ではそうはならない。

 一瞬で変身を終え、煌びやかな衣装に姿を変えた魔法少女は人々を襲う怪物の前に立ちはだかる。サラサラとした金髪に笑顔の絶えない整った顔。ドレスのような煌めく衣装も相まり、彼女が戦う姿は人類に希望を与えている。

 ……魔法少女は、人類の唯一の希望だ。


「サンクチュアリ・キーック!」

 一撃、必殺。魔法少女が放ったキックは怪物たちを一瞬で消滅させた。近代兵器の効果が薄い怪物であっても、魔法少女にかかれば瞬殺だ。地面に降り立った彼女は、笑顔で人々をシェルターの奥に誘導する。

 剥がれかかったシェルターの魔法防御を補強し終えた後、その場を離れ適当な廃墟の屋根の上に座った。大気中の魔力も魔法少女にとっては回復手段となる為、シェルターには入らず一人休憩を取る。

 

 彼女は周りに誰も居なくなったことを確認して変身を解除し、崩れ落ちるように瓦礫にもたれかかり、深く溜息をつく。取り出した手鏡に映るのは変身前も変わらない整った顔立ちの美少女。だが、手入れされず長く伸びたぼさぼさの髪をしており、笑顔は無く疲れ切った表情。目の下は黒ずみ、顔の血色は悪い。衣服のあちこちには穴が開き、出血している脚部は赤黒く染まっている。傷つき疲れ果てた普通の女の子、それが残存人類の期待を背負う魔法少女の正体だ。



 4年と少し前、ある少女は謎の生物と出会った。

「僕と一緒に世界を救ってみない?」

「は?」

 兎のような姿をした喋るそれは宙に浮き、困惑する少女に話しかける。謎の生物は魔法生物で、人類の味方として悪の組織と人知れず戦っていたという。長い間魔法少女になれる人間を探していて、少女が最後の一人だと魔法生物は語る。


「もう君しかいないんだ。他の候補者は接触する前に全員殺されていた。この世界で魔法少女の資格を持つのは、君一人だ」

「わ、私なんかに戦えるわけないじゃん。適任な人はもっといっぱいいるはずだって。本当に私しかいないの?」

 怖気づく少女に魔法生物は、

「代わりなんていない。人類の希望、救世主たる魔法少女になれるのは君だけなんだ。それに、資格がある君は遅かれ早かれ組織に追われることになるよ」

 告げ、決断しろ、そう少女に迫った。


 少女が選べた選択肢は二つだけ。魔法少女として戦うか、戦わずに命を失うか。魔法生物と契約した彼女は魔法少女となり、悪の組織との戦いに身を投じることになる。初めのうちは魔法少女の強大な力に振り回される日々が続いた。だが、魔法生物の援護や正体バレした親友の応援で戦いに慣れてきた彼女は順調に力をつけ、組織の幹部を倒すほどに成長した。


 魔法少女の急成長を恐れた組織は長自らが出陣し、その力で魔法少女を圧倒した。敗れた魔法少女は始めに親友を失った。魔法少女がとどめを刺される直前、親友は彼女を庇い命を落とした。

「絶対に、許さない……!」

(……私の、せいで)

 親友の死を目の当たりにし、折れそうになった心を強い怒りで無理やり支えて組織に復讐を誓う魔法少女。だったが、彼女に勝利したことで勢いづく組織を止めることは出来なかった。次に家族を失った。組織の生み出した怪物は数を増し、白昼堂々一般人を襲うようになった。父、母、妹も魔法少女が助けに向かうも、間に合わず既に事切れていた。

「……」

(……私の、せいで)

 

 魔法少女の心は折れなかった。折れることが出来なかった。常に傍にいる魔法生物の言葉が、呪いのように彼女を立ち上がらせる。

「君に代わりなんていないんだ。魔法少女が戦わなければ、世界を守れないよ?」

 そんな魔法生物も、消えた。組織が完成させた魔法兵器で世界は崩壊した。その威力から魔法少女を守り、力を使い果たした魔法生物は自身の力と言葉呪いを遺して消滅した。

「君が、世界を救うんだ」

 世界が崩壊してからおよそ4年、世界を救うという使命感と復讐心、そして魔法生物が残した言葉を胸に彼女は戦い続けていた。



 人類の希望のイメージを崩さないよう、魔法少女が人前で変身を解くことは無い。そのため今の彼女は偶像アイドルのように崇拝されているが、変身している少女のことについて詳しく知っている者はいない。そもそも彼女の知り合いは既に死に絶え、外見や名前を知っている者すら存在しないのだが。


 彼女は手鏡に映るボロボロな自分の姿を見て、変身後の私しか知らないみんなが今の姿を見たら幻滅するんだろうなぁ、などと思いながら魔法で止血をする。血が止まったことを確認してから、支給されたタブレットをポーチから取り出して口に入れた。


「うん、美味しい」

 味のしない万能タブレットを表情を変えることなく、美味しいと自分に言い聞かせながら頬張る。一日一食、毎日のルーティンだ。人類側の主戦力である魔法少女には通常より多く支給されているが、全くエネルギーは足りていない。今となっては貴重な水で喉を潤していると、爆発音が響いた。別のシェルターが襲われているところを確認した彼女は、再び変身する。回復し切っていない身体はあちこちが痛み、視界は霞む。だが……


「代わりなんて、居ないから」

 終末の世界で魔法少女救世主は、今日も戦いを続ける。たった一人で。

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終末の世界で魔法少女は 竜田くれは @udyncy26

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